倉田さんの古傷
夜1時26分。
警備室のモニターに映る、地下駐車場のエレベーターが、何の操作もなく「開いた」。
無音でスッ…とドアが開き、誰も乗り込む様子もなく、数秒後にまたスッと閉じる。
その直後、上階へと動き出した。
「……佐々木」
倉田が低く呼びかけると、となりでカップラーメンをふーふーしていた佐々木がびくりとした。
「は、はいっ! ちょ、ちょっと待って、今ちょうど3分で……」
「監視カメラ、巻き戻せ」
「うぇっ、またですか?前も似たようなの——」
モニターに映る映像を逆再生していくと、エレベーターのドアの前に、数十秒だけ“黒い何か”が映っていた。
ひらひらと揺れる布のようなもの。姿は映らない。だが、確かに人が“いた”ように見える。
佐々木が唾を飲む。
「これ、幽霊ってやつじゃないスか……?」
「行ってくる」
「え、えっ!?やめたほうが良くないですか!?僕はちょっと、あの、その……」
「留守番」
言い残して、倉田は無表情で立ち上がり、警備室を出た。
足音すら吸い込まれるような静けさの中、地下へ降りていく。
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地下駐車場。
エレベーターの前に着いた倉田は、ドアに手をかけず、わずかに傾いた天井の監視ミラーを見上げた。
反射した自分の背後。
……何もいない。
だが、風が通るはずのない地下に、「かすかな衣擦れの音」が漂っていた。
倉田はジャケットの内ポケットから、小型のLEDライトと、極細の針金の束を取り出した。
そしておもむろに、エレベーターの呼びボタンパネルを指で押さえたまま、脇の小さなスリットに針金を挿し込む。
——カチ。
すると、内部の制御盤がわずかに開いた。
「やっぱり」
彼の目がわずかに鋭く光る。
中には、本来ないはずの“追加基盤”が差し込まれていた。
そしてその端に、小さな送信機のような装置が。
誰かが外部からエレベーターを遠隔で操作していたらしい。
倉田は無言でその送信機を引き抜く。
警備室へ戻る途中、倉田の頭の中で、十数年前の記憶がよみがえる。
某国のスラムでの任務中、
敵の本拠地に忍び込むため、電力制御盤をハッキングし、送電を数分だけ止めたことがある。
あのとき、無関係な市民が1人亡くなった。完璧主義者な性格のせいで
しばらく気が立ってしまった。
その時期、倉田の住まい5kmの範囲の住民は謎の頭痛に悩まされ
病院が繁盛したとかしないとか……
自戒をこめてその日から倉田はエレベーターに乗らないことを決めたくらいだ。
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警備室。
佐々木「誰かいたんですか??」
倉田「ヒラヒラ映ってたものはゴミ袋だった。あとこれ。古いモデルだ。おもちゃのドローンとかに使われる。送信機だと思う」
佐々木「送信機って……誰が何のために……」
倉田は拾い上げた送信機の裏を指差す。そこには、**「YAMA-FES 2023」**と印刷されたステッカー。
「たぶん、夏の野外イベントか何かの配布グッズだ。そこらのガキが拾って遊んだんだろう」
佐々木「……ええっ、幽霊でもなんでもなく……?」
「人間のやることは、だいたい雑だ。これは持ち帰る」
倉田は基盤をロッカーに置き、静かにその場を立ち去った。
佐々木はしばし絶句した後、思わず笑ってしまった。
「やっぱ、倉田さんって何者なんですか…」
───────
倉田
佐々木には、ああ言ったが送信機の設置にも内部の協力者がいたはず……
この会社について探るべきか。
基盤裏のステッカーなんか素人にしては見つかった事を想定して施してるし、
………………いや、めんどくさい。
事件になりそうな予感はする。
だが、関わりたくない。
うん、様子を見て判断だな、うん。
───その日の日誌───
>特に以上なし。
倉田 佐々木