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明夏の料理

「次はお前の番だ。はやくしろ……!」

「っ、はい」


 蒸篭の乗った盆を第四公子のいる机へ運ぶ。蓋を取ろうと手を伸ばした衛生を、慌てて制した。


「お待ちください。祈りをこめますので」

「祈り?」

「はい。お料理を気に入って頂けますように──おいしく召し上がって頂けますように、と──」


 蒸篭の蓋の上に手を乗せ、ぽんっと軽く叩く。衛生をみて、できるだけ自信満々にみえるよう微笑んだ。すこしでも料理を魅力的に感じてもらいたくて、胸をはる。


「お願いがございます。こちらは公子ご本人に開けて頂きたいのです。お祈りは公子のために行いましたので」


 衛生が首をかしげる。「理解できない」と眉間にしわを寄せている。第四公子と衛生は、肉まん役人の味見の際に蒸篭の中身を遠巻きに見ている。なんの面白みもない蒸し菓子が入っているだけなのに、どうしてそんなにもったいぶるのかと思っているだろう。そのとき、第四公子がすっと手を伸ばした。頼みを聞き入れ、蓋を取る気になってくれたらしい。蓋が取られた瞬間、はっと息をのむ音が聞こえた。


 あざやかな赤い薔薇の花が、蒸篭のなかに広がっていた。蓋に薔薇を入れ、飴細工で軽くおさえた接着部が、蒸篭の蒸気と熱で溶け、先ほど叩いたことで落ちたのだ。薔薇の香気がむわりと広がった瞬間、仕掛けがうまくいったことを知り、ほっとする。部屋は夏の雨上がりの薔薇園にいるようにみずみずしい芳香につつまれていた。ぱさり、とこぼれるほどつめられた花びらのなかに、蒸し饅頭はすっかりうもれている。第四公子は、予想外に現れた真っ赤な色に、陶然と目を奪われていた。蓋を取った状態で茫然としているのが、紗幕の影の動きからわかる。

 仕掛けが成功し、第四公子の興味を引けたとわかって、こっそり安堵の息を吐く。飾り料理はまず、その美しさで食すものを魅了しなければならない。料理に興味をもってもらい、普通の「食事」ではなく、体験としての「楽しみ」を提供すること──それが、飾り料理の究極の使命ともいえるだろう。


 蒸篭に仕込んだ薔薇の花びらは新鮮で、もちろん食べることもできる。本物の薔薇をみたのは今日が初めてだったが、食べられる植物のひとつとして、明夏はその扱いを心得ていた。常日頃から食材についての書物を読みあさり、食べられそうなものについて片端から知識を叩きこむことを繰り返してきたおかげだ。


 薔薇は木苺や桜と同族の植物だった。花には心を安らがせる香りがあり、美容効果も期待できる。実際、明夏も試食してみたが、口に入れるとどうしても青々しさが残ることがわかっていた。飾りなので食べなくてもいいのだが、せっかくなので、そこにも趣向をこらしておくことにした。花びらをおさえるのに使った飴には、木苺をつぶしたものと蜂蜜を混ぜてある。木苺を混ぜたのは、食用花は同系列の食べ物との組み合わせが一番、味に調和をもたらすからだ。用意された食材のなかに、薔薇と同族の木苺があったのは本当に幸運なことだった。さらに、飴には蜂蜜を加え、味の相性も整えた。薔薇を飴の甘さとともに食せば、ある程度の青々しさは隠しておけるだろう。口当たりもよくなっているはずだ。


 蒸し饅頭のほうはそれでよしとして、薔薇の花が余っていたので、ついでに「薔薇茶」も作っておいた。薔薇を一輪、丸ごと透明な茶器に入れ、頃合いをみてお湯をそそいだ。お手軽なのに見た目は美しく、心を安らがせる香りを存分に堪能できる。今回用意した料理はどちらも、美しさと効能を兼ね備えた一石二鳥の趣向だった。はじめて扱う食材で不安もあったが、見た目も味も申し分ないものを用意できたと自負している。全員が言葉を失っている隙に、明夏はそっと口をひらいた。


「蒸し饅頭には蜂蜜を使い、底に粒状の砂糖を敷きつめてあります。やさしい甘さと食感の違いをお楽しみいただけます。それから──」

「愚か者が!」


 肉まん役人が喚きながらすぐに飛んでくる。無理やり跪かされ、頭をぐいっと下げさせられた。肉まん役人の声は大きく震えていた。


「申し訳ございません! このような料理……なにか手違いがあったようで、とんだお目汚しを」


 突然のことに唖然としていた明夏は、慌ててに肉まん役人の手を振り払う。


「手違いなんかじゃありません。私は公子に飾り料理を」

「黙れ!」


 蒼白な顔の肉まん役人が、無言で「命が惜しくないのか」と問うていた。衛生が強張った声音で兵を呼び、殺人者をみる目つきになったとき、ようやく自分の置かれた立場を理解し、唖然とする。衛生から、必要があれば今すぐ斬り捨てるという視線を向けられて、首筋に氷をあてられたようだった。自分はただ飾り料理を出しただけだ。なにも第四公子を殺そうとしたわけじゃない。衛生の態度はあまりに過剰だ。まるで、料理に毒を盛られでもしたように──第四公子のお触れに真っ向から逆らったせいだろうか? 皇族に逆らうことは、厳罰と死を意味する。けれど、本当にそんなことが? ただ飾り料理を作っただけなのに──……? 衛生の声は非情さを感じるほど冷ややかだった。


「華美な料理は禁止と、そう厳しくお触れを出しておいたはずです。(わん)膳師(ぜんし)、これは貴方の責任ですよ?」

「わ、私は何度も言いきかせました! 料理に飾りはならぬと……! こやつが勝手に、っ、ご、ご覧になったでしょう!? わざわざ飾りを隠してまでこのような」

「言い訳はけっこう! 誰か、このふたりを内待官へ連れていけ」


 鎧を着た兵たちが足早に入ってくる。若 賢星が部屋の隅で怯えたように身をすくめている。部屋から引きずりだされそうになり、とっさに叫ぶしかなかった。


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