お触れ
ことの発端は、二か月前に出された意味不明なお触れだった。
『料理に華美さがあってはならない 記 第四公子』
そのお触れが大門に大きく貼りだされたとき、町の人々はどよめいた。首を傾げはしたが、反抗はしなかった。王宮からのお触れは絶対だ。破れば捕まるし、最悪死罪になってしまう。数日もすると、町からすべての「飾り料理」が消えた。美しい飴細工や、工芸じみた野菜の飾り切り、あでやかに色付けされた焼き物──これまで当然とされてきたそれらが一斉に消えたのだ。屋台や料理屋に並ぶのは、茶と黒の料理だけ。味気なく地味な料理ばかりで、ため息をついたのは観光客ではなく、むしろ市井に暮らす町民たちのほうだった。元々、この町は飾り料理が有名だった。祝い事の席では、どれほど貧しい家庭であっても特大の飾り野菜を発注するのが常だ。「食卓には華があってこそ」というのが市井の文化だった。明夏の実家も、そのような町の文化に貢献している──繊細な野菜の飾り切りや、美しい飴細工などの発注を受ける、飾り料理専門の「料美屋」だ。けれど、あのお触れがすべてを変えてしまった。
『料理に華美さがあってはならない 記 第四公子』
すべての飾り料理の発注がぴたりと途絶えたとき、家は廃業の危機に立たされた。これまで家族全員で「料美屋」をやってきたが、それでは立ちいかなくなり、兄たちは出稼ぎに出ていった。長兄は遠方の料理屋へ、次兄は手先の器用さを買われて細工屋へ。三兄は市井で屋台の手伝いをし、日銭を稼いでいる。両親は「すこし待てば、あのお触れはなにかの間違いと撤回されるかもしれない」と、希望を抱き料理屋を続けている。けれど、元々「料美屋」をしていたせいか、普通の料理を提供しても客はよりつかなくなってしまった。「すこしでもお触れに逆らうような真似をして罰されたくない」と、みな考えているのだろう。この町に飾り料理専門店は他にもあったが、そのほとんどは閉業してしまっている。うちは町で一番有名な飾り料理店だから、余計に敬遠されているらしい。
そろそろ廃業し、別の道へ進もうかと話し合っていたところへ、ひと筋の光がもたらされた。「後宮料理人募集」のお触れが広く出されたのだ。募集対象は十代から二十代の男子で、役所での面談を経た後、後宮にて実技試験が行われるという。この面談に双子の弟・明秋が合格した。家族はみんな喜んだが、次は後宮で行われる実技試験と聞いたとき、明夏は不安になった。弟はおそろしく不器用なのだ。真面目そうにみえるから面談には通ったかもしれないが、ひとたび包丁を握らされれば、じゃかいもひとつ剥けないのがばれてしまう。その点、明夏は家族のなかでもとりわけ器用だった。料理の腕も優れているし、兄たちより技巧を凝らした「料美」を作ることだってできる。そこで一計を閃いた。
──弟のかわりに私が後宮料理人になろう。後宮で名をあげれば、あのふざけたお触れの元凶、第四公子にもきっと会える。
もしかしたら、第四公子に会えばお触れを撤回させられるかもしれない。
『料理から華美さを取り上げる』なんていうお触れを、どうして出したのか。そのお触れにいったい何の意味があったのか。理由を突き止め、分からせてやりたいと思った。料理から美しさを取り除くのは、とんでもなく馬鹿げた行いだってことを──……。