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暴露

「ふた月前、華麗様のお食事に毒が混入されたのです」


 とっさに華麗を窺うと、呆れたという風に肩をすくめてみせる。華麗はなんでもないことのように、続きを自ら引き取り、話した。


「少量しか口に入れなかったから、軽い症状ですんだ。たいした話ではないがな」


 衛星がくわっと目をみひらく。


「一週間も寝込むことになったのですよ? 熱に嘔吐、頭痛にあれほど苦しまれたのを、軽い症状だったと?」

「ああ」


 衛生は華麗を睨みつけたが、視線を引きはがすようにしてこちらを向き、ため息をこぼした。


「由々しき事態でした。毒見役ですら、そのときは気づかなかったのです。毒見役は役目を怠り、料理の細部までは調べていませんでした」


 後から加えられた料理飾りにその毒は仕こまれていたという。毒見役は料理本体は調べたが、飾りまで注意を払わなかったのだ。話しながら衛生は責めるように鳥酔を睨んだ。彼が身をすくめたとき、明夏はその「毒見役」が鳥酔だったことに気がついた。鳥酔は弁解するように無言でなにかを話していたが、華麗はうるさげに首を振っている。

 つまり、こういうことだろうか? 第四公子の料理に毒が盛られた。そしてその毒は、料理飾りに巧妙にしこまれていた。だから華麗は「料理から華美さを取り除け」と命じた……?


「あのお触れはじゃあ、そのために?」


 料理飾りに仕こまれた毒で、華麗が殺されかけたから?

 料理飾りをすべて調べるのは、たしかに手間がかかるだろう。鮮度や素材の問題で、口に入れる直前に飾りを仕こむことは多い。言われてみれば、料理飾りは毒を潜ませるのにうってつけかもしれない。けれど、あのお触れひとつで市井の生活にどれだけの影響が出たと思っているのだろう。明夏の実家のような飾り料理店は再起不能に近いほどの損害をこうむった。市井の普通の料理屋ですら、提供する料理の彩りには怯えたように気をくばっている。町の屋台には活気がなくなり、住人たちもどこかよそよそしく暮らすようになった。味気ない料理の見た目にため息をつく日々。たかが料理だが、されど料理で、それは日常生活にとっての一大事だ。毎日三食かならず食べるものから楽しみを奪われた影響は大きい。それをこの人たちはまったくわかっていないのだ。非難の色がつい顔に出ていたのだろう。衛生が苦悶の表情で口をひらいた。


「あのお触れが、そこまでの影響をもたらすとは考えておりませんでした。正直、気が回っていなかったのです。華麗様は無理をおして平気な顔をなさいますし……これまで同様、何事もなかったようにしろと、無茶ばかりおっしゃって。そのくせ、お食事をほどんと召し上がらなくなってしまいました──今では拙のつくる料理しか胃におさめられません。それも毎日ではなく、時々、空腹に耐えかねて召し上がるぐらいなのです」


 ふと、若 賢星が先ほど言っていたことが思い出された。


『そちらの羹は長期間の絶食や、極端に食が細い方の弱った胃腸にもやさしく、消化を助ける効果があります。たまたまではありますが、いまの第四公子には最適かと──』


 若 賢星は気づいていたのだ。華麗が食事をほぼとっておらず、体を弱らせていることを、その姿を軽く一瞥しただけで読み取ったのだろう。そう考えると恐ろしい観察眼の持ち主だ。


「衛生」


 余計なことを言うなと、華麗が鋭く目を細める。あらためて第四公子を見てみれば、その手や首筋は肉付きが薄く、驚くほど脆そうだった。気丈さと傲慢な態度で隠されてはいるが、食の細さからくる不調の影はあちこちにみえる。目の下の隈、肌つやの悪さ、疲弊の滲む瞳──華麗は疲れたように微笑み、言った。


「まあ、そういうわけだ。我には今すぐ信頼できる料理人が必要なのだ。なにしろ、この衛生は麺しか作れないのでな」

「……拙は料理人ではありませんので」


 憮然とむくれた衛生に華麗が呆れ顔になる。

 事情はわかった。お触れを撤回してくれるなら、こちらとしても文句はない。けれどあとひとつ、どうしてもわからないことがあった。


「公子の料理人として働けるなら、とても光栄なことなのですが。なぜ私なのです?」


 すぐれた料理人ならたくさんいる。自分より先に料理を持ってきた者たちは、ずっと美味しいものを作っていただろう。宮廷料理の技量に関してなら、言うまでもなく若 賢星のほうがすぐれている。明夏は料理に毒を入れることはないが、向こうからすれば信頼できる要素はひとつもない。それなのに、なぜ信じてくれたのだろう? 華麗は見惚れてしまうほど豪奢な笑みを浮かべていた。


「理由は色々あるが、小鳥がわめいたのだ。お前は『信頼に足る』とな」


 そうだろう? という風に華麗が見上げた先で、鳥酔がなにかを熱心に喋り出す。鳥酔は華麗のほうを向いていて、声も聞こえないので反応に困ってしまう。すると、しかめ面の衛生がそっと近寄ってきた。真横に並んだ衛生は、思わず身を引こうとしたのをみて苦笑を浮かべる。武骨な手のひらがそっと差し出され、そこには雫形の石が載っていた。磨かれつるんとした黒石が、手の上にころりと載っている。

 衛生の催促するような視線は、この石を取れ、と無言で告げているようにみえた。ためらっていると、渋面になった衛生に左手をとられ、手のひら同士を重ねられる。真っ黒な石をはさみ衛生の右手が下に、自分の左手が上にある形だ。冷たい石に触れた瞬間、もうひとり別の声が部屋内にあるのが聴こえた。それは恐ろしく軽薄で、春風みたいにふわつく声だ。華麗よりは年上だが、衛生よりも若い声。間延びしたちゃらついた響きが、延々とまくしたてている。


「──だからぁ、僕は若 賢星ちゃんのほうがいいと思うんだよねぇ。すっごく可愛いし。薬膳の知識だってあるんだよ? そばに置くなら君だって可愛い子のほうがいいでしょ? たしかに明夏は面白い料理を作るけど、奇抜な料理に走りすぎるんじゃないかって。料理馬鹿みたいだから毒は入れないだろうし、その点は信頼できるかもね。でも、どうせそばにつけるなら、若 賢星ちゃんみたいな可愛い子のほうがいいかなぁって。君もそう思うでしょ? 考え直すなら今だよ。何事にも見た目は大事だって、明夏も言ってたじゃない? その点、若 賢星ちゃんは綺麗だし、君の食欲だってそっちのほうが回復するんじゃ──あれ」

「聞こえていますよ」


 衛生が渋い顔でたしなめる。「あはは~」と鳥酔に軽く手を振られ、開いた口が塞がらなくなる。これまで白衣の青年、鳥酔の立ち居振る舞いには、神聖さを感じることすらあった。茶色の猫毛は陽の光に光って綺麗だったし、金色の瞳は物語の中に出てくる黄金飴のようだと思っていた。なにか優しくやわらかで、大型犬のように素直な性格をしているものだとかってに想像していた。それが──どうだろう? 口をひらいてみれば、想像と中身は苺と唐辛子ぐらいに違っていた。人懐っこい笑みは、先ほどまでは「優しそう」と好印象だったのに、今では「軽薄でしまりのない笑み」にしか見えない。よほど愕然とした顔をしていたのだろう。こらえきれないとばかりに華麗がふきだした。


「どうだ? 雫石でこやつの声をはじめて聴いた感想は?」

「……ふ、ふわふわの砂糖菓子みたいですね」


 軽く、風に漂うほど自由で、しまりがなさすぎる。鳥酔は「ありがと~!」とにっこり笑ったが、衛生が「褒めてはいないと思いますよ」と淡々と言う。華麗はそれをみて笑い崩れている。腹をかかえて涙をぬぐい、華麗は息を整えてから言った。


「さて。お前を選んだのは、この小鳥が保証したというのもあるが、それ以上に──お前の料理を、我がこらえきれずに食べてしまったからだ」


 机に残された蒸篭と薔薇の花びらに目をやり、華麗は惜しむような顔をする。


「思わず口にしてしまった。衝動的に、考えもせずにな。『食は目から入る』とお前は言ったが、その通りだな。もうずっと……なにかを口に入れるのを恐れていたのに」


 華麗は毒を盛られてから今日まで、食べることに恐怖をおぼえていたという。先ほどの試食の際、料理に向き合う彼の姿はたしかに怯えていた。箸を持つ手は震え、拳を白くなるまで握りしめていた。人間は毎日、きちんと食べなければ死んでしまう。彼だってそんなことはわかっていただろう。それでも生理的な拒否反応のせいで食べ物に手をつけられなかったという。極度の空腹と飢えに襲われるたびに、衛生のつくるわずかな野菜料理と麺類で空腹をごまかしていた。ときにはそれすら口に入れることができないような状態だったそうだ。けれど、彼は己の不調をひた隠しにしていた。毒を盛られたことすらおおやけにはせず、これまで通り何事もなかったように食事を運ばせていたというから驚きだ。いったいどうしてそこまで不調を隠したかったのか知らないが、華麗は表向きはいつも通り食べている風を装っていたという。日増しに体調が悪くなり、もはや限界だと衛生が考えるまでは。今回の後宮料理人の募集をかけたのは衛生で、そういう経緯があってのことだったそうだ。

 今日の試食の際も、華麗は実際、何度も食事を口に入れようと試みたという。毒見もすませているし、おかしな飾りもついていないから大丈夫だと言い聞かせ、箸を握ったそうだ。けれど食べ物を口へ運ぼうとするたびに、あの毒をもられたときの苦い感触が舌に思い出されたそうだ。もしこの料理にまた毒が含まれていたら──? そう考えると、どうしても口をつける気になれなかったという。


「それがどうだ? お前の料理を前に、我は歯止めがきかなかった。無意識に食べることを望んだ。だからお前に頼むことにしたのだ。唯一食べたいと思った料理、それを作ったお前にな」


 華麗はまっすぐに瞳をみて話していた。まるで目の奥から考えを覗きこまれているようだ。その視線は苛烈で強欲で、我がままさがきらりと光っていた。


「我はもっとお前の料理を食べてみたい」


 かぁっと頬が熱くなった。それは熱烈な口説き文句だ。料理人にとって、料理の腕を褒められることはなによりの賛辞だ。おずおずと頷けば、華麗はぱっと顔を輝かせる。緊張が解けたのか、素のままの笑みは同年代の少年らしく幼くみえる。


「よし。さっそく今晩の夕飯からお前に頼もう。汪膳師に言って、お前を我の専属料理人にしてもらう。今日からお前は正式に後宮料理人だ。他の料理人たちとともに寮へ入り、修練を積むがよい」

「えぇ? それはまずいんじゃないかなぁ?」


 そこでなぜか声をあげたのは鳥酔だった。華麗はむっと眉をしかめる。


「なんだ。お前がこやつは安全だと、そう言ったのだろう?」


 鳥酔の声は歌うように軽やかだった。 


「そうじゃなくて。後宮料理人はみんな相部屋で生活するだろう? 男ばかりの、あのむさっくるしい部屋でさ。おえ。想像するだけで吐き気する」

「……それがなんだ?」


 本当にわからないと華麗が首をかしげる。言いがかりをつけられたと思ったようだが、明夏ははっとした。まさか。まさかまさか。そのまさかを、鳥酔はあっさり口にした。


「だって、明夏は女の子だよ? 風呂も寝る場所も男まみれの生活なんて、どうかと思うけどなぁ」


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