明夏の料理 2
「公子! あなたはこの国を害しておられます!」
くわっと衛生が目をみひらき、若 賢星がぎょっとした視線を送ってくる。言うなら今しかないと思った。この機を逃せば処刑されてしまう。そう思えば声にも張りが出た。恐怖より、憤りや怒りが己の内では勝っていた。
「食べることは生きることです! すべての国民は食事を楽しみにしております。とくに料理の見た目は味に作用し、食後の満足感すら変えてしまうものです」
人は「おいしそうなもの」を食べたがる。贅をこらした美しいものや食欲をそそる飾りつけ、素晴らしい香りの漂う一品を求める。「なにを食べたいか?」と訊かれれば、人は真っ先に料理の見た目を連想するものなのだ。まず料理の見た目を思い出し、それから味や香り、食感といったものが想起される。
「食は目から入り、舌で味わうものです。だからこそ料理人たちは飾り料理の技術を磨いてきたのです。料理に美しさを添え、食事体験の満足度を高めるために──そしてこの国の『食』は、ただの行為から文化の高みへと引き上げられています!」
勢いにおされたのか、場は静まりかえった。いきなり何を言い出すのかと全員が唖然としている。それをいいことに明夏は言葉を重ねる。御簾内にいる姿の見えない第四公子に向かって、挑発的に視線を投げた。
「公子はご存じでしたか? 諸外国からの旅人が、町へきて真っ先に尋ねるのは、どこの店の料理がおいしいか、ではなく、どこの飾り料理店がおいしいか、なのですよ? それほどまでに我が国の飾り料理は評判で、人気が高いのです」
慶事や行事があると、どこの家でも野菜や果物で作った飾り料理を出して祝う。貧富の差に関わらず、それはこの国の文化だった。第四公子がおかしなお触れを出すまでは、後宮の厨房でもそうだったはずだ。家族の誕生日や新年など、特別な日には飾り料理を出すものだ。すっかり浸透したその習慣は、国の大きな観光資源にもなっていた。旅人たちの多くは飾り料理を楽しみにやってきて、その技術を盗もうとする富豪たちもいるくらいだ。
「料理から華美さを排することは、国民の食への楽しみを奪い、国力を減衰させることです。食べることは生きること、公子はそこを害しておられるのです。あのお触れが出てから、町の大通りにはすっかり活気がなくなりました。あんなお触れが出たから、うちの料美屋も傾いてしまって──困っているのは、うちだけじゃないんです。お願いです。どうか、あのお触れを撤回してください!」
衛生が蒼白な顔で手をあげる。
「はやく連れていけ!」
指示に従って衛兵たちが動いた。謝りたおす肉まん役人とともに無理やり立たされたとき、言いようのない絶望感におそわれた。第四公子にはなにも伝わらなかったのか。飾り料理の良さや市民の思い、歴代の職人たちの努力、それにこの国の料理文化の素晴らしさを、理解してくれないのだろうか──。
そのとき、真っ白な衣が目の前をよぎった。薔薇園まで案内してくれた青年が、かってに部屋へ入ってきていた。第四公子は野菜嫌いだと教えてくれた青年だ──彼は第四公子のすぐ目の前まで歩いていき、無言でなにかを話しはじめる。身ぶり手ぶりから、必死になにかを伝えていることはわかるが、相変わらずその声は聴こえない。てっきり咎められ、青年はつまみ出されるだろうと思ったのに、衛生は「待て」と明夏たちを連行しかけた兵を止めた。戸口で振り返ると、第四公子が御簾の隙間から白い手で、蒸し饅頭を箸でつまんだところだった。なめらかな動作で饅頭は御簾内へ消え、咀嚼する気配もある。第四公子は躊躇のにじむ手で薔薇茶の杯を取ると、ひと口優雅に飲み、ほうと息をついた。それから箸で蒸篭の薔薇の花をかきわけ、もうひとつ饅頭を探しはじめる。今度はがっつくように口に入れている。ふたつ、みっつと饅頭を見つけては食べ、わさわさと薔薇の花を箸でよけはじめた。どうやら饅頭の影を探しているらしい。衛生がそれをみて「お代わりはありますか?」と聞いてくる。何を言われたのかとっさにわからなくて反応が遅れたが、慌てて首をふった。饅頭はみっつしか入れていなかった。そのみっつすべてを、第四公子は食べていた。あっという間に完食してしまったのだ。まるで極限の飢えのさなかに、天からの恵みを受けとったかのように。
「そうですか」
ため息をついた衛生が兵たちを下がらせる。すこしだけ表情をやわらげた彼は、肉まん役人と、戸口の脇に控えていた若 賢星へ顔を向ける。
「あなた方は退出して構いません。──あなたは残ってください」
「え」
一緒に退出しかけた明夏は凍りつく。ちらりと若 賢星が冷ややかな瞳で、なぜかこちらを睨みつけてから出て行った。肉まん役人は安堵に崩れ落ちそうな笑みで、これ幸いと姿を消した。白衣の青年は部屋に留まり、第四公子に向かってなにかをずっと話し続けている。変わらずその声は聴こえないが、衛生には彼の言っていることがわかるようだった。険しい顔のままだが、かすかに頷いている。兵が扉を閉めたとき、聞き覚えのない声が御簾内から響いてきて、その場の空気を引き締めた。声には若くはりがあり、ひと声で万人を黙らせることができる、威厳と自信に満ちていた。
「さて。聞かせてもらおうか──明夏とやら。貴様はいったい、どこの間者だ?」
御簾を優雅に払いのけ、第四公子が凄絶な笑みとともに顔をのぞかせた。




