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第二十七話:父との再会と精神の枷

 ルドルフが、重々しい音を立てて、鉄格子の扉を開く。

 その向こう側には、上階へと続く、狭い螺旋階段が、闇の中に口を開けていた。私たちは、頷き合い、ルドルフを先頭に、その階段を上っていく。一歩、また一歩と、父の気配が強くなっていくのを感じる。私の心臓は、期待と不安で、大きく、大きく、波打っていた。


 やがて、私たちは、塔の最上階、一つの分厚い木製の扉の前にたどり着いた。ここだ。この先に、父がいる。

 ルドルフが、扉の鍵を、ゆっくりと、しかし確かな手つきで開錠する。


 ギィィィ……と、長い間、開かれることのなかった扉が、まるで嘆くかのように、軋みながら開いた。

 中へと足を踏み入れた瞬間、ひやりとした、寂寞とした空気が、私たちの肌を撫でた。

 そこは、牢獄というよりは、全てを剥ぎ取られた、簡素な隠居部屋といった方が、近かった。壁際には、硬そうなベッドが一つ。部屋の中央には、小さなテーブルと、椅子が一脚だけ。そして、窓には、分厚い鉄格子がはめられ、その向こうには、どこまでも続く、北の荒涼とした山々と、鉛色の空が広がっているだけ。

 床に積もった埃の厚さが、ここで流れた、孤独な時間の長さを物語っていた。


 そして、その窓の外を、一人の初老の男性が、静かに眺めていた。

 椅子に座るその後ろ姿は、私が知っている父よりも、ずっと小さく見えた。豊かな黒髪には、雪が降り積もったかのように、白いものが目立つ。かつて、国の誰よりも屈強だと言われたその肩も、今は、頼りなげに落ち込んでいる。


 逆光で、その表情は窺えない。

 けれど、その痩せた肩のライン、椅子に置かれた手の形、そして何より、そこに漂う懐かしい気配に、私の心臓は、鷲掴みにされたように、きしりと痛んだ。


 一歩、私が中に足を踏み入れる。その微かな物音に、男が、ゆっくりとこちらを向いた。

 現れた顔は、記憶の中の父よりも、遥かに多くの皺が刻まれ、頬はこけ、その威厳を失っていた。

 しかし、その瞳。

 私に向けられた瞳の奥に宿る、あの頃と何も変わらない、理知的で、何ものにも屈しない気高い光を見た瞬間、私は、もう、立っていることができなかった。


「……父上……」


 喉の奥から、ようやく絞り出した声は、自分でも驚くほど、か細く、震えていた。

 その声に、父の瞳が、信じられないものを見るかのように、大きく、大きく、見開かれる。


「……リリアーナか……?」


 その声は、長い間の孤独のせいか、ひどく、かすれていた。


「本当に、お前なのか……? 夢では、あるまいな……? 私の、愛しい娘……」


 父が、椅子から、よろめくように立ち上がる。

 その姿を見た瞬間、私の目から、堪えていた涙が、堰を切ったように溢れ出した。


「はい、父上! 私です、リリアーナです! お迎えに上がりました!」


 私は、駆け寄った。父もまた、震える腕を広げて、私を迎え入れてくれる。

 私は、父の胸に顔を埋めた。父の体は、以前よりずっと細くなっていた。けれど、その温もりは、紛れもなく、私の知る、優しい父のものだった。父の背中に回した手は、ゴツゴツとした、骨の感触がした。この人は、ここで、どれほどの苦しい時間を……。


「おお……おお、リリアーナ……! よくぞ……。よくぞ、生きていてくれた……! 無事で……本当に、よかった……!」


 父は、私の髪を、私の頬を、何度も、何度も、確かめるように撫でた。その手も、声も、わずかに震えている。追放されてから、ずっと、一人で戦ってきた。決して涙は見せまいと誓っていた。だが、この温もりに触れた瞬間、私は、ただの娘に戻って、声を上げて泣いた。


 しばらくして、私たちは、ようやく落ち着きを取り戻した。私は、父に、カイさん、ゴードン、そして、新たに仲間となってくれたルドルフを紹介した。父は、その一人一人に、深く頭を下げ、心からの感謝を伝えていた。その姿には、公爵としての威厳が、確かに戻っていた。


 だが、その時だった。

 父が、ふっと、よろめいたのだ。彼は、こめかみを押さえ、苦しげに顔を歪めた。


「すまない……少し、目眩が……。近頃、こうして、思考が霞むことがあるのだ。……年のせいだろうな」


 父は、そう言って、力なく笑おうとする。だが、その笑顔は、ひどく、痛々しかった。

 その様子を、カイさんは、鋭い目で見逃さなかった。


「閣下、失礼ながら、少し拝見してもよろしいでしょうか? 薬師としての心得が、多少ございますので」


 カイさんは、そう言って、父の前に屈み、その手首を取った。脈を診るふりをしながら、私は、カイさんの指先から、微かな魔力が、父の体へと流れ込んでいくのを感じた。彼は、呪具師として、父の体の状態を、「読んでいる」のだ。

 私の鋭敏になった感覚が、カイさんが探っているものを、朧げながら感じ取る。父の生命力に、まるで、黒く、棘だらけの茨が、幾重にも巻き付いているような、禍々しい気配。


 やがて、カイさんは、父の手を離した。

 そして、私の方を、ゆっくりと、振り返る。

 その表情は、私が今まで見たこともないほど、厳しく、そして、冷たい怒りに満ちていた。


「リリアーナさん……覚悟して、お聞きください」


 カイさんの、低い声が、静かな部屋に響く。


「クラウゼル公爵閣下のお体は、ただの衰弱ではありません。これは……呪いです」

「呪い……!?」

「ええ。アネット妃が仕掛けた、非常にたちの悪い呪いです。対象の思考を縛り、記憶を混濁させ、そして、生命力を、日々、僅かずつですが、確実に奪い続ける……。ただ殺すのではなく、その精神と尊厳を、ゆっくりと、確実に蝕んでいくための、陰湿な呪い。我々は、これを『精神の枷』の呪いと呼びます」


 その言葉は、冷たい刃となって、私の胸を貫いた。


 再会の喜びは、一瞬にして、奈落の底へと突き落とされた。

 父を、この物理的な牢獄から連れ出すだけでは、救えない。彼の精神は、魂は、もっと深く、陰湿な牢獄に、囚われたままなのだ。


 本当の戦いは、まだ、始まってもいなかった。

 リリアーナは、父の、以前よりずっと細くなってしまった手を、ただ、強く、強く、握りしめることしかできない。

 その手の、あまりの冷たさが、これから始まる戦いの、本当の困難さを、何よりも雄弁に物語っていた。

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