5.助け舟
アルクが王都に着いたのは、ウィルと念話をしてからほぼ丸一日経った頃だった。
転移魔法が使えないアルクは、念話でコクヨウを呼び出した。
そしてほぼ休息をとらず、全速力で飛ばし続けて王都へと辿り着いたのだ。
「も、もう、わしはもう駄目じゃ………」
まだ子供のくせにじじくさい話し方をするコクヨウは、地面に降り立つなりふらふらとよろめく。
そしてズウウウゥゥンと重々しい音を立てて地面に崩れ落ちた。
「ごめんねコクヨウ。無理させちゃって……。ほら、回復魔法をかけてあげるから、もう好きな事してていいよ……」
アルクはコクヨウを回復させ、もうこりごりだと言わんばかりの勢いで飛び去るその姿を眺めた。
しかし気の毒なことに、次に移動する時はまた呼び出さなければならないのだ。
気を取り直して王宮へと向かい、アルクはユリアンの執務室へと通される。
念話で事前に伝えていたので、ユリアンは俺がいない事実を既に知っていた。
「本当に心配ですね。しょこら様、無事だと良いのですが……」
ユリアンも不安げな表情で、顎に手を当てて考えている。
「だけど、念話も使えないなんて、一体何があったのでしょう……」
「しかし生きていることは間違いありません。ウィルギリウス様の言うように、従魔契約もテイムもまだ有効なのですから」
ユリアンの傍に控えているミーシャが横から口を出した。
「しょこら様は簡単には死なないと信じるしかありません。それよりも目下の問題は、激増している魔物についてです」
「そう、そうよね……。すみませんアルク様、お呼び立てしてしまって。アルク様もしょこら様も休暇中だと思い、これまでは遠慮していたのですが、どうしても人手が足りなくて……。本当はしょこら様の捜索にも人員を割きたいのですが……」
ユリアンの話によると、ここ最近、ちょうど俺達が引きこもり始めた頃あたりから、突然魔物の出没頻度が増加したとのことだ。
そして対応に追われている最中、バルダン帝国からも同様の事態にて、救援の要請が入ったらしい。
「ですが妙なのです。今はこちらも手一杯なので、落ち着き次第兵を派遣するとの書状を送ったのですが、それが届かなかったのです。それに最初の救援要請以降、バルダン帝国からの連絡は一切ありません」
なお、この世界の書状は簡易的な転送魔法で送られる。
転移魔法とは異なり、物体を高速で移動させるもので、専用の魔道具を使うのだ。
「書状はバルダン帝国に届かず、私の元に戻って来ました。途中で何等かの障害が発生したのだと思います。そしてあちらからの連絡も途絶えたとなると……、かの地で何かが起きているのかも知れません」
ユリアンはさらに考え込んで、眉の間に深いしわを寄せる。
「ですが今は、隣国のことを心配している場合ではありません。申し訳ございません、アルク様。まずはここから西にある森へと向かい、そこに出現したワイバーンを討伐していただきたく……」
哀れなコクヨウを呼び出してすぐに現地に向かったアルクは、苦戦しつつも一人でワイバーンを仕留めた。
以前俺がしたように、コクヨウの背中からワイバーンに飛び乗り、その背中の急所に思いっきり雷魔法を食らわせたのだ。
「ありがとうございます、勇者様!!」
「来ていただけなかったら、もう我々は駄目でした……」
先に派遣されていた王国騎士団が、アルクに向かって礼を言う。
「いえ、そんな。でも、ワイバーンなんて、大陸北部にしかいないはずなんじゃ……」
アルクは地面に倒れた巨体を見つめながら呟く。
すると騎士団長のルノーという男が、同じようにその死骸を見つめながら言った。
「全くその通りです。ここ最近の魔物の様子はどうもおかしい。まるで、魔王が復活したかのようですよ」
「そんな。魔王が復活なんて、まさか……。だって魔王は、二百年に一度しか……」
ギイイイエエエエェェェェェ!!!!!!
その時背後で、けたたましい咆哮が響き渡り、アルクとルノーは驚いて振り向く。
そこには、さらに二頭のワイバーンが襲来し、残った団員達に襲い掛かっていた。
「なっ……まだ残ってたのか………!コクヨウ、どこ!?早く、もう一度飛んで……」
「勇者様、お気をつけください!!」
ズシャアアアアァァッ!!!!
アルクに向けて空中から振り下ろされた棘だらけの巨大な翼は、盾になったルノーの体を直撃する。
ルノーはそこから数メートル吹っ飛ばされ、木に激突してズルズルと崩れ落ちた。
「騎士団長さん!!……うわあっ!!」
一瞬気を取られたアルクに、再び巨翼が降り下ろされる。
アルクは間一髪のところで地面に転がり、その直撃を避けた。
そして転がりながらも空に向かって手をかざし、思いっきり熱光線を発射する。
ギャアアアアァァァォォォ!!!!!!
熱光線が直撃した巨体は痛みに悶えるが、それでも倒れない。
急所である背中以外は、全身固い鱗に覆われているのだ。
「くっ……やっぱり空を飛べないと不利だ。コクヨウ、どこ!!お願い、早く……」
しかしその時、アルクの目に飛び込んで来たのは、数メートル先の地面に横たわるコクヨウの姿だった。
おそらくワイバーンの攻撃を食らい、気絶しているようだ。
「そんな、コクヨウ………くそっ!!」
再び攻撃を仕掛けてくるワイバーンの翼を掻い潜り、アルクは走り出す。
何とか背後に回って、急所に攻撃を当てるしかない。
もう一体のワイバーンは、騎士団員数人が取り囲んで相手している。
しかし団員達は次々に吹っ飛ばされ、全滅するのも時間の問題だ。
「どうしよう、このままじゃ……。僕がしっかりしないと、皆が………。うわあっ!!!」
団員達の様子を気にしたその一瞬、ワイバーンは再びアルクに向かい、今度はその鋭い鉤爪を振り下ろした。
僅かに反応が遅れたアルクは、態勢を崩して地面に尻もちをつく。
「くそおっ!!!」
夢中で空に向かって手をかざし、火炎魔法を発射しようとした、その時………
ガキイイイィィィン………!!
誰かがアルクの前に飛び込んで、その攻撃を剣で受け止めた。
アルクはポカンと口を開けて、その誰かの姿を見つめる。
「こっちで引き付けておくから、早く!!」
その人物はワイバーンの前足を剣で押し返しながら、アルクに向かって叫ぶ。
アルクはすぐに立ち上がり、ワイバーンの背後に回った。
そしてその巨体の背中めがけて、高火力の火炎魔法を噴射する。
ギャアアアアァァァァァオオ!!!!!
何度目かの咆哮を上げ、ワイバーンはついに地面に崩れ落ちる。
そして残る一体も、同じ手際でなんとか討伐に成功したのだった。
「はあ、はあ……」
地面に座り込んで息をつくアルクの前に、ふと誰かの影が落ちる。
先程助けてくれた人物が、目の前に立ってアルクを見下ろしていた。
「大丈夫かい?」
どこか勇ましい響きを持つその声は、女性のものだった。
アルクが見上げると、その人はアルクに向かってにっこりと笑い、手を差し出していた。




