19.安堵と労り
「……アルク君。アルク君!」
その呼びかけに、アルクはやっと我に返る。
ジーナは正面からアルクの肩を掴み、小さく揺さぶりながら何度も呼びかけていた。
しばらく反応しなかったアルクは、やっとの思いでその乾いた喉から声を出す。
「ジーナさん、どうしよう……しょこらが……」
「しょこら君が、どうかしたの?」
「しょこらが……もしかしたら、しん……」
死んじゃったかも知れない、と言いかけて、アルクはそれ以上言えなかった。
言葉にするとそれが現実になってしまう気がしたのだ。
しかしジーナはアルクの言わんとする事をすぐに察する。
そして毅然とした態度を崩さずに言った。
「どうしてそう思ったんだい?」
「じ……従魔契約が、切れて……」
すぐに、分かったというようにジーナは頷く。
そしてアルクの肩に手を添えたまま言った。
「分かった。しょこら君は、テイムができるよね。この近くに、しょこら君がテイムしている友人はいるかい?すぐにその人に会いに行こう」
「テイム……。ど、どうして……」
衝撃を受けているアルクは、頭がうまく回らない。
「君との従魔契約が切れても、他の友人とのテイムがまだ有効なら、しょこら君は生きているということだ。ただ何等かの事情があって、一時的に君との契約を解除したんだよ。さあ、確かめに行こう。泣くのはそれからでも遅くない」
ジーナはそう言って立ち上がり、今にも泣きだしそうなアルクに手を差し出した。
アルクはぐっと喉に力を入れ、ジーナの手を取り立ち上がる。
二人はそれからすぐ、エド町の兵舎へと向かった。
既に夜は深まっているが、アルクはリーンがどこに住んでいるかを知らない。
まだ兵舎にいるかも知れないという望みを抱え、アルクは兵舎の門前に立つ。
二人が見上げると、まだ兵舎の窓からは明かりが漏れていた。
「しょこら君がテイムしている友人は、ここにいるんだね?」
「うん。でも正式な護衛隊員じゃなくて、訓練に通ってるだけだから、もう帰っちゃってるかも……」
しかしその時、うまい具合に兵舎の建物の扉が開く。
そして中から、相変わらず剣を大事そうに抱えたリーンが姿を現した。
リーンはアルクを見つけると一瞬ピタリと動きを止め、すぐにこちらへと駆け寄ってくる。
「どうしたんですか、こんな時間に?ああ、魔物の討伐が終わったんですか」
そう言いながらリーンは、ジーナの方に視線を移す。
ジーナは何も言わずにリーンの顔を見つめていた。
「あの、リーン。今、誰かと念話してみてくれる?誰でもいいから……」
「念話?……はい、ちょっと待ってください」
不思議そうな顔をしながらも、リーンはしばし無言になる。
アルクはその様子を見守りながら、自分の心臓がどくんどくんと脈打つ音を聞いた。
ほんの一瞬のはずが、その間がアルクには非常に長く感じられる。
「えっと、ユリアン女王様に繋がりましたが。何か伝えますか?」
「繋がった!?よ、良かった……!!」
アルクは安堵の息をついて、思わず右手で顔を覆う。
そして、今まで飛び上がっていた心臓が元の位置に復するのを感じた。
アルクの肩に、ジーナがポンと手を置いた。
「よかったね。とりあえずしょこら君は無事みたいだ。……そうだ君、アルク君は事情によりしばらく念話が使えないから、ユリアン女王様にそう伝えてくれないかな?」
「はい、分かりました……」
リーンはじっとジーナの顔を見つめていたが、すぐに言われた通りした。
「伝えました。あなた達がエド町にいる間は、エド町のギルドを通して依頼を送るらしいです。本来はそれが正式なやり方だからって」
アルクはリーンに礼を言い、夜間の突然の訪問を詫びた。
するとジーナが突然、リーンに声をかける。
「自己紹介が遅れたね。私はジーナだよ。よろしくね」
差し出された手を、リーンはそっと握る。
するとジーナはその手を離さないまま、改めてリーンの顔をじっと見た。
「えっと、……何ですか?」
リーンが訝し気に尋ねると、ジーナはふっと笑って言った。
「君はこんなに遅い時間まで、訓練しているんだね」
「はい。護衛隊に入りたいので」
「そうなんだね。……でも夜道は危ないから、あまり遅くならないようにね」
そう言うとジーナは、リーンの手をそっと放した。
リーンは少し驚いた様子で目を見開く。
その目は心なしか輝いて、ジーナの顔を見つめ返していた。
それから、別の護衛隊員に付き添われ、リーンは帰路につく。
その姿が遠のき、路地を曲がって消えるまで、アルクとジーナは見送った。
ジーナはくるりと振り向き、アルクに向かって微笑みかける。
「良かったね。これで、しょこら君が生きていると分かった。きっと事情があるんだよ。信じて待つしかない」
「うん。ありがとう、ジーナさん……」
アルクもやっと、ジーナに向かってにっこりと微笑んだ。
その時ふと、アルクは頭の中で、何かが引っかかる感覚を覚える。
ジーナとリーン、アルクはその二人を改めて思い浮かべた時、記憶のどこかが突っつかれているような気がした。
しかしその曖昧な感覚は、すぐに頭の隅に追いやられる。
「じゃあ、宿屋に戻ろうか」
ジーナはそう言って、町の灯りの中を歩き出す。
アルクもすぐに追いつき、二人は肩を並べて歩き始めた。