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15.面影

ヘイデン大公爵家に滞在した翌朝、アルクとジーナは再びコクヨウを呼び出した。



「もう少しゆっくりしてっても良いんだぞ。……と言ってもまあ忙しいよな。また暇があれば来てくれよ」


ウィルは二人を見送るため屋敷の前に立っていた。

あまり眠っていないようで、寝不足の目をこすりながら二人を見つめた。



「ウィル君。話せて良かったよ。また機会があれば会えると良いね」



ジーナはウィルの目を見て、穏やかに微笑む。

するとウィルも意味ありげな目をジーナに向けて、こくりと頷いた。




コクヨウで飛び立ち、ヘイデン家の屋敷を眼下に望みながら、アルクはジーナに問いかける。

地上ではウィルがまだこちらに目を向けて手を振っていた。


「ジーナさん、ウィルと何か話したの?」

「いや、大した話はしていないよ。それより今日は女王様からの念話はあったのかい?」



またいつものようにアルクの腰に腕を回して、ジーナが尋ねる。

ぎゅっと抱きしめてくるので非常に距離が近い。


どうやら反応を面白がられているようなので、アルクは努めて意識しないようにしていた。



「うん。今のところこの近辺での依頼はないみたい。少し長旅になるけど、エド町周辺に向かってほしいって」



ちなみにこれまでユリアンは極力、コクヨウで数時間以内に駆け付けられる範囲の依頼をアルクに回していた。

転移魔法が使えない今、移動時間の浪費は避けたかったからだ。



「にしてもユリアン女王様はすごいんだね。国中のどこでどんな魔物が出現しているか、一瞬で把握している」

「ああ、それは、ウィルが前に開発した地図のお陰だと思うよ」

「へえ……。彼は本当に優秀だね。私と一つしか歳が変わらないのに」



ということはジーナは現在17歳で、アルクの二つ上ということになる。

アルクが得た数少ないジーナの情報だ。



二人はそこから、ミストラル北部の森にある、俺とアルクの新居へと立ち寄ることにする。

どうせエド町に向かう道中にあるので、少し家の様子を見たいとアルクが言ったのだ。



「忙しくてすっかり忘れてたけど、もう結界の効果はとっくに切れていると思うんだ。魔物達に潰されちゃってないかなあ……」


不安げに呟くアルクの耳元で、ジーナは笑って答える。


「大丈夫だよ。魔物は本能的に人間を襲うものだ。中に人がいれば家を襲撃するだろうけど、誰もいないただの建造物を襲う理由はないよ」

「本当!?良かった……。ジーナさん、魔物の生態に詳しいんだね」



ジーナはそれに対しては特に答えない。

だが、いつものように「大したことはない」と否定する声が、アルクの頭に響いてきた。




途中休憩を挟みながらも、丸一日以上の飛行を経て、翌日二人はミストラルの森に降り立つ。



家が無事に残っていることを確認し、アルクは安堵の声を上げた。


「ああ、良かった!ジーナさんの言った通りだ……」



ジーナは丸太でできた家を見上げて感心したように言った。


「へえ、ログハウスにしたんだ。いいね、君達らしくて。……ねえ、どうしてこの森を選んだのかな?」

「それは……。ここには良い思い出があるから」



そう言いながらアルクは、はっと思い出す。

魔物の騒ぎが起きる前、この森の中でハルトの魔石を落としたのだった。



「ジーナさん、少し家で休んでいてよ。僕、探し物して来るから……」



アルクはそう言って一人、森の中へと駆け出した。

ジーナは何も言わずに、そんなアルクの姿をじっと見送る。




アルクは俺と一緒に鮭を獲った川の周辺まで出て、そこら中をぐるぐる探し始めた。


夢中になって地面に目を落としていると、その時、誰かの声が耳元を通り抜けていく。



魔石探しに集中していたアルクは、すぐにはその声に気付かない。

そして気づいた時には既に手遅れだった。



それは本来海に生息するはずの、セイレーンの歌声だ。


魔王復活の前触れとして、魔物が本来いるはずのない場所に現れる。

以前ハルトからそう教わったことをハッと思い出したと同時に、アルクの意識は遠のいていった。






「………ルク君。アルク君!!」


誰かが呼ぶ声が聞こえて、アルクはそっと目を覚ます。



目の前にぼんやりと浮かぶ光景の中に、明るく茶色い髪色が揺れていた。


「……ハルトさん……。ごめん、僕また……ゲホッ………」



咳き込むアルクの口からは水が流れ出た。

どうやらセイレーンの歌声に誘われ、またも自分から川に飛び込んだらしい。



目の前の人物はアルクの背に手を回し、アルクが上体を起こすのをそっと支えた。



次の瞬間、はっと気づいたアルクは、慌ててジーナの顔を見る。


「ご、ごめん、ジーナさん。間違えた……」



アルクはそう言いかけて言葉を止める。


ジーナはハルトが浮かべていたような優しい笑みを浮かべて、アルクのことを見つめていた。



「起きられるかい?セイレーンはもう始末したから、大丈夫だよ」


しかしアルクの体はすぐには動かない。

ジーナはしばし沈黙した後、アルクに向かって手をかざした。


そして治癒魔法により、その体を完全に回復させる。




「……ありがとう、ジーナさん」


やっと立ち上がったアルクは、自分より少し背の高いジーナの顔を見た。

ジーナは再びふっと笑った後、くるりと後ろを向いて歩き始める。


「さあ、少し家で休んだら出発しよう。今日中にはエド町に着けるように」



その後ろ姿を見送りながら、アルクはこれまで考えないようにしてきたことに、思いを馳せる。



『ジーナさんは、光魔法も使えるんだ』


アルクは頭の中で考える。


『勇者以外で、こんなにたくさんの属性が使える人はいない。それに……』



それに、と頭の中で言いかけて、アルクは躊躇する。



その明るく茶色い髪色は、以前どこかで見たことがある。


髪色だけではない。にっこりと笑う笑顔も、その博識さも、アルクをからかう様子もだ。



しかしアルクは、そこで考えを止めて首を振る。



「僕は、自分に都合の良いように現実を解釈しているだけだ」



自らにそう言い聞かせ、アルクはジーナの後を追って走り出した。


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