13.真夜中の訪問
「はあ、やっと落ち着いたぜ。本当にありがとうな、二人とも!」
ウィルは疲れた様子でアルクとジーナに礼を言う。
アルク達がダンジョンに到着してから、魔物を一掃するまでに丸二日を要した。
やっと事態が鎮静化して、ウィルはダンジョンの外で地面にドサリと座り込む。
アルクもウィルの隣にへたり込み、息を切らせながら言った。
「ううん。それにしても凄い数だったね。ジーナさんがいなかったら、本当に危なかった……」
ダンジョンに到着した日、入り口から次々に溢れ出る魔物を見て、業を煮やしたジーナは真っ先に中へと飛び込んだのだ。
「出てくる魔物を倒すだけだと焼け石に水だよ!中の奴らを一気に叩くんだ!」
「ええっ、ちょっと待ってよ!一人だと危ないよ!」
ダンジョン内へと駆け込むジーナをアルクは必死に追いかける。
ウィルも呆気に取られながら二人の後を追った。
そして丸二日かけて、何とか地上に流出しない程度に、魔物の数を減らしたのだった。
『このダンジョンの最下層には、ジークが住んでんのにな。本当ならジークの助けも借りられたら良かったんだが……』
ウィルは念話で、アルクにだけ聞こえるように話しかける。
『そうだね。けどジークさんとは念話が使えないから、仕方ないよね……』
以前俺達がバルダン帝国を訪れた際、俺は一時的にジークをテイムした。
しかしそれはあくまで一時の約束であり、帰国後すぐに解除していたのだ。
既に時刻は夕暮れだ。
護衛隊員達は現場から引き揚げ、後には三人だけが残っている。
「なあ、他に依頼がないなら、今日は俺ん家で休んで行けよ。どうせすぐ近くだしさ」
そう言ってウィルはアルクとジーナを誘う。
「ほんと?じゃあそうしようかな……。あ、でもジーナさん、そういえば誰か探してるんじゃなかったっけ?」
ユリアンから念話が来る前に話していたことを思い出し、アルクはジーナに尋ねる。
しかしジーナは笑いながら首を振った。
「いや、もういいよ。それより今は休もう、君達も疲れたでしょ」
そうして三人は呼び出したコクヨウに跨り、ヘイデン大公爵家の屋敷へと向かった。
「なあアルク。あの人、何者なんだ?」
屋敷に到着してコクヨウから降り立ったウィルは、こそっとアルクに耳打ちをする。
ジーナは感心したように、少し離れたところで真っ青な屋根の大きな屋敷を見上げていた。
「ダンジョンでの戦い方、あれは只者じゃねえぞ。S級か、下手すると勇者ぐらい強いんじゃねえか」
「うん、すごく強いよね。……だけど僕は、ジーナさんのこと何も知らないんだ……。でも、信頼できる人だよ」
「そうなのか?まあ、それなら良いんだけどさ。……って、うおっ!」
いつの間にかすぐ背後に近づいていたジーナに気付き、ウィルはビクっと飛び上がる。
ジーナは面白そうにウィルを見つめながら言った。
「ウィル君。君のあの魔法陣、本当に面白いね。ダンジョンの中でも魔素の影響を受けないなんて」
「あ、はあ……。いや、そんな大したことでは……」
「大したことだよ。それに光魔法の魔法陣まで開発するなんて。君は優秀な研究者なんだね」
ジーナに褒められて、ウィルは満更でもなさそうに頭を掻いた。
そしてウィルは二人を屋敷の中へと招き入れた。
既に日は沈んでいたので、夕食を取った後、三人はすぐ部屋へと移動する。
「アルクはこっち、ジーナさんは隣の部屋を使ってくれ。何か不便があったら……」
ウィルの言葉を遮るように、ジーナは突然アルクの肩をがばっと組んだ。
「私はアルク君と同じ部屋でいいよ!」
にっこりと笑ってそう言い放つジーナを、ウィルは一瞬ポカンと見つめる。
そして仰天したようにアルクに向かって言った。
「ええっ、おいアルク!まさかお前ら、既にそういう……」
「そういう、って、どういうことだよ!!ちょっとジーナさん、さすがに今日は……」
「駄目だよ、しょこら君がいなくなってから、アルク君は一人になるとふさぎ込むからね!」
「も、もう大丈夫だから……」
「じゃあね、お休み、ウィル君!」
呆気に取られているウィルを余所目に、ジーナは再びアルクを部屋に引っ張り込み、扉をバタンと閉めた。
その夜、アルクはなかなか眠れなかった。
部屋には一つしかベッドがないのだ。いつもは肌着姿で眠るアルクは、その日は服を着たままだ。
アルクが服のままベッドに潜り込んだ時、ジーナは突然肌着姿になった。
「ちょ、ちょっとジーナさん!!」
慌てて毛布を顔まで引っ張り上げるアルクに構わず、ジーナはそのままベッドに潜り込む。
そして笑いながらアルクを見つめて言った。
「この方が寝やすいよ。アルク君も遠慮せず服を脱ぎなよ」
「な、何言ってるんだよ!!」
ジーナは再び面白そうに笑い声を上げ、そのまま横になる。
そしてアルクの方に体を向け、赤面しているアルクに問いかけた。
「ねえアルク君」
「な、なに……?」
「兄弟と親友なら、どちらの方が近しい関係だと思う?」
何の脈絡もなく降って来たその質問に、アルクは一瞬ポカンとする。
「兄弟と親友……?さあ、そもそも僕には兄弟は……」
兄弟はいないと言いかけた時、アルクの頭にふとハルトの姿が浮かぶ。
一緒に過ごした時間は短かったが、ハルトはアルクに取っては兄のような存在だ。
ハルトとウィルの姿を頭の中で並べながら、アルクは静かに言った。
「さあ、どうだろう。そもそも、比べる対象じゃないっていうか……。というか、何でそんなこと聞くの?」
「いや、何となく。私に取ってアルク君は弟みたいなものだから、ちょっと気になってさ」
そう言われて、アルクは少し頬を赤らめる。
まだ出会って間もないが、ここ最近ジーナと過ごして、アルクも同じような感情を抱いていた。
ジーナは事あるごとにアルクをからかい、面白そうに笑い声を上げる。
しかしそれは決して嫌がらせではなく、むしろ愛情から来る行為だった。
そしてアルクも何となく、それを感じ取ることができる。
そんな事を考えながら、アルクはすやすやと寝息を立て出した。
アルクは疲れ果てていたので、その眠りは深かった。
だからジーナがそっとベッドを抜け出し、部屋を出て行った時も、アルクは全く気が付かなかった。
その時、ウィルは部屋の机に向かい、相変わらず魔法陣を紙に書きつけていた。
例え自分の家でも、常に研究の手を緩めない。
しかしその時、誰かが部屋の扉を叩き、ウィルははたと手を止める。
扉を開けると、そこにはジーナが立っていて、小さく微笑みながらウィルを見つめていた。