12.相棒の頼み
夢の中で女神の声を聞いてから二日後、俺はロッセルと王室の訓練場にいた。
「おら、隙を作ってやってんだから、さっさと斬り込んでこいよ!」
ロッセルを鍛えるために、俺達は朝から訓練場に缶詰になり模擬戦をしているのだ。
「おいしょこら、す、少し休憩しないか……」
「お前が俺に一撃入れられたら休憩にしてやるよ!」
女神が俺に語りかけてきたという事は、やはり魔王に関する厄介ごとが待ち構えているということだ。
これから何が起きるか分からないが、戦力は多いに越したことはない。
そう考えて、俺はロッセルにスパルタの特訓を与えていた。
幸い、魔物の襲撃は一旦落ち着いているので、鍛えるとしたら今しかない。
それに、無暗に王宮内や町中を探ってみても、もはや目ぼしい情報は得られないのだ。
「くそう、これならどうだ……!!」
「言っただろ、魔物は人間より俊敏だぞ!簡単に距離を詰めるな、まずは隙を作れ!!」
「ぐほおっ!!」
降り下ろされる剣をかわし、俺はロッセルの腹に猫キックで一撃を与える。
ロッセルはよろよろと腹をかかえて後ずさりした。
「しょ、しょこら、すまないが少し休憩を……」
「ちっ、仕方ない。5分休んだら再開するぞ」
だだっ広い訓練場の壁にもたれかかり、ロッセルはぜえぜえと息をする。
そして隣に座り込んだ俺の姿を見下ろした。
「おいしょこら、何だか様子がおかしいぞ。なぜ急にそんなに焦っているのだ?」
俺はすぐには質問に答えず、ただじっと考え込む。
俺はロッセルに対して、女神についての話をしていない。言ったところで信じるかどうかも分からないし、そもそもロッセルは俺自身が勇者であることすら知らないのだ。
だが俺の頭の中には、途切れ途切れに聞こえる女神の言葉がまだ響いていた。
「……と従魔契約を……。あの子の事は……配しないで」
よく聞こえなかったが、あれはこの国の誰かと従魔契約を結べという意味だろう。
そしてそれは、これまで行動を共にしているロッセル以外には考えられない。
だが従魔契約はテイムとは異なり、基本的には一個体としか結べないのだ。
つまりロッセルと従魔契約しようとすれば、アルクとの契約を解除しなければならない。
従魔契約は、勇者である俺が一方的に解除する事が可能だ。
以前アルクが、ミーシャにより王宮に囚われた際、俺はアルクを助けるため一度契約を解除したことがある。
しかし俺には、アルクとの従魔契約を解除する気など毛頭なかった。
アゼリア国の現状が分からない今、契約を解除することでアルクの身に危険が及ぶかも知れない。
だがそれ以上に、勝手に契約を解除すると、アルクが泣き喚くに違いないのだ。
その姿が俺には容易に想像できる。
「ひどいよ、勝手に契約を解除するなんて……!!しょこらはもう僕のことなんか必要ないんだ!!」
あるいはアルクは俺が死んだと思って泣き喚くだろう。
俺はそれを想像しただけで、契約を解除するなど問題外だと思った。
「おい、しょこら。何を考えているのだ?」
いつまでも返事をしない俺に向かって、ロッセルはやや気遣うように尋ねる。
しかし俺は何事も説明しなかった。
「気にするな。さあ、もう回復しただろ。再開するぞ」
立ち上がってスタスタと訓練場の真ん中に向かう俺の姿を、ロッセルは黙ってじっと見つめた。
その日の夜、夕食を終えた俺達は、自分達の部屋へと歩を運ぶ。
もちろん俺には一人用の部屋が用意されているので、ロッセルとは別部屋だ。
「なあ、少ししょこらの部屋で話をしないか!これまであまりゆっくり話す時間がなかっただろう……」
「断る。俺は疲れてるんだ」
「そう言わずに、一晩くらい良いではないか……」
その時俺はふと、廊下の向こうから視線を感じる。
帝国兵と思われる男が二人、遠目にじっと俺の姿を見つめていた。
「どうした、しょこら?……あれ、何だあいつらは。しょこらに用でもあるのか?」
俺の視線を辿ったロッセルも兵士達の姿に気付く。
しかし兵士達は何も言わず、しばらくするとただ無言でその場を歩き去った。
「何なのだろうな?……もしかすると、しょこらに礼を言いたいのかも知れないぞ。ここまで魔物の被害を抑えられたのは、しょこらのおかげなのだからな!」
能天気に話すロッセルの隣で、俺は何となく不穏な空気を感じていた。
ついに俺の部屋まで付いて来たロッセルは、部屋の扉の前でピタリと止まる。
「おい。中には入れねえぞ。お前もさっさと寝ろよ」
俺がじろりと睨みつけると、ロッセルはいつになく真面目な表情をしている。
そしてしばらく逡巡した後、はっきりと言った。
「なあ、しょこら。私に何か隠していることがあるだろう」
「何の事だよ」
「いや、私には分かる!しょこらは昨日から何だか様子がおかしい!何か焦っているようだし、常にじっと考え事をしているではないか」
ポンコツだと思っていたが、人の(正確には猫の、だが)変化には意外と鋭いようだ。
「なあしょこら。私は頼りないが、それでも今は相棒だと認めてくれているから、私のことを鍛えるのだろう。私だってしょこらの力になりたいのだ。頼む、何も隠さず私に話してくれないか」
ロッセルは強い眼差しで、猫の姿の俺をじっと見下ろす。
俺はそこで腹を決め、誰にも盗み聞きされないよう、ロッセルを部屋へと引き入れた。