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1.一抹の不安

「うわああああしょこらしょこら!!虫!!虫!!そっちに行ったよ!!!」



家の中に入り込んで来た虫を指差し、アルクが喚く。


「そっちだよ!!早く早く!!早く捕まえて!!!」

「うるせえな!そのぐらいでいちいち騒ぐんじゃねえ!!というか自分で何とかしろよ!!」

「だってあいつら、魔王より速く動くんだよ!!!」

「んなわけねえだろうが!!!」



俺がバシーーーーンと前足ではたくと、ブンブン飛び回っていた小さな虫は呆気なく床に落ちた。



家の周囲に張った結界は、面倒だが半日毎に張り直す必要がある。

今朝はうっかり張り直しが遅れ、結界がなくなった一瞬の隙に虫が入り込んで来たのだ。



「ああ、助かった………ありがとう、しょこら………」

「ったくお前、なんで魔物が倒せて虫が殺せないんだよ!」

「それはさ、何て言うか、次元が違うんだよ!僕は前世の時から虫がすごく苦手で………」





森の中に新居を建ててから、一週間が過ぎた。


俺達はこの一週間、ほとんどどこへも行かなかった。

たまに森の中を歩き回ったり、町へ出て必要な買い出しをしたりするぐらいだ。


これまで忙しすぎた俺達は、今後特別な依頼が入るまで、徹底的に引きこもることに決めたのだ。



さらに新居の居心地の良さが、俺達の引きこもりに拍車をかけている。



「念話でウィルを誘ってみたんだけど、すごく忙しいみたいだ。また落ち着いたら招待してって言ってたよ」



川原にしゃがみ込み、アルクが水面を見つめながら言う。


今朝の虫の騒動が収まってから、俺達は森の中を流れる川へとやって来ていた。

食料の買い出しが面倒なので、川で鮭を獲ることにしたのだ。



「異世界から戻ってから、また徹夜で研究してるみたいだよ。きっと転移魔法を完成させようとしてるんだよね」


アルクはまだ水面に目を落とし、鮭の姿を探している。


「ああ。この一週間であいつ、ジークの部屋に行くためだけに3度も俺を呼び出したぞ」


俺は同じく水面を睨みながら、ブンブンと尻尾を振る。



「また落ち着いたらさ、ウィルだけじゃなくて他の皆も一緒に招待しようね。そうだ、僕の母さんも新居が見たいって言ってたっけ………」



そこまで言うと、アルクはあっと声を上げる。



「しょこら、あそこにいるよ!」



俺は猫耳忍者に変身して川にドブンと飛び込み、一瞬で鮭を捕獲する。

猫の姿のまま水に入るのはあまり好きではないのだ。



「でかいな。今日はこいつだけで勘弁してやるか」



大きな鮭を捕獲した俺達は、歩いて家へと戻る。


元々魔物の少ない森だったが、この一週間でその数はさらに激減したようだ。

俺が手あたり次第に討伐したせいでもあるし、おそらく魔物側が本能的に危険を察知して近づいて来ないと見える。



「これなら結界がなくても問題ないんじゃないか。正直あれを半日毎に張り直すのは面倒だ」

「そうだね。でもやっぱり結界がないと不安だよ。それに虫も入ってくる……」

「ちっ、ウィルの奴に頼んで、結界を持続させる魔法陣でも作ってもらうか」



魔物除けの護符というのも町では売られているが、持続時間は24時間だ。それだって毎日取り換える必要があるし、冒険者が購入する者なので、俺達が買い占める訳にもいかない。


それに魔物除けの護符では、虫の侵入までは防げない。



今は毎日結界を張り直せるが、今後また長期間不在にすることもあるかも知れないのだ。

そう考えると、長時間持続する結界というのはどうしても必要だ。



「まあ、ウィルが落ち着いたら頼んでみようよ。いいじゃない、急がなくても。しばらく引きこもるんだしさ」



そんな事を話しているうちに俺達は家へ到着した。




「しょこらしょこら、しょこらは座ってて。いいよ、鮭は僕が捌くから!!」


俺が猫耳忍者姿のまま包丁を手にすると、アルクは慌ててそれを取り上げた。



新居ができた二日目、俺に料理を教えようとして包丁を持たせたアルクは、それ以降二度と俺に包丁を握らせようとはしなかった。



その時アルクは、俺に肉を切らせようとしていた。



「しょこらしょこらしょこら!!ちょっと!!ストップストップ!!!うわあああああ!!!」



ダアアアアアアン!!!!

ダアアアアアアン!!!!



ナタを振り下ろすように、俺は包丁で思いっきり肉をぶった切る。

勢いよく飛び散った肉片が、床や壁や天井にまで飛び跳ね、調理台は振動で震えていた。



アルクに言われた通りにやっただけなのだが、気に入らなかったようだ。


それ以降アルクは、俺が台所に立つことすら阻止するようになる。




そして今日もアルクは俺を押し返し、自ら鮭を捌き始めた。


「しょこらがやると大惨事になるから……ほら、座ってて………」



まあ、もともと料理など性に合わないのだ。

俺は大人しく猫の姿に戻り、縁側に出て日向ぼっこをする。




その日の夕飯は、鮭の刺身と鮭のスープだった。


満腹になった俺達は、いつものように居間のソファに座り込む。



そろそろ風呂に入ろうかと話しているところで、アルクが突然そわそわし出した。



「おい、さっきから何ゴソゴソしてんだよ」


俺が尋ねると、アルクは焦ったようにズボンのポケットを探りながら言った。


「あれ、おかしいな……。ほら、僕がずっと持ってた、ハルトさんの遺言が入ってた魔石、あれがどこかにいっちゃったんだ。ずっとポケットに入れてたはずなのに……」

「お前な、なんでアイテムボックスに入れておかねえんだよ」

「だって、ずっと近くに持っておきたくて……」



念のためアイテムボックスも調べてみたが、魔石は見当たらない。

アルクの顔色はみるみる真っ青になった。


「どうしよう、ハルトさんの唯一の形見なのに……。きっと森の中で落としたんだ!」



突然サッと立ち上がり、アルクは夜の森の中へ出て行こうとした。

俺はジャンプして、前足でアルクの頭をパシーーーーンとしばく。



「イタっ!なにするんだよお!」

「お前な、こんな夜に探しても見つかる訳ないだろ!明日探してやるからさっさと風呂入って寝ろ!」



アルクは頭をさすりながら、何か言いたげな表情を見せる。

しかしやがて諦めたのか、はあっとため息をついた。



「そうだね。明日探してみるよ。ごめんねしょこら、先にお風呂入っていいよ」




どこか心許ない様子で、アルクは窓の外に広がる暗闇に目を向けながら言った。


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