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第23話 : 計画 [2]

 「すぐに私の言葉を信じられないのも、無理はないと思います。第一印象もあまり良くなかったでしょうし、その時のことは、本当にごめんなさい。私にも、ちょっと事情があったんです」

 

 「わかりました」


 「私は人を説得するのが得意じゃありません。でも、ダメでもともとですからね。理由はどうあれ、大事なのは、あなたがその人を知るきっかけになることだと思うんです」


 「あっ、それからもう一つ!」


 「選ぶのは自由ですけど、ちゃんと答えを出してほしいんです。ある意味、これも約束みたいなものですから。相手をがっかりさせないように、しっかり考えてくださいね。たとえ私のことが嫌いでも、それくらいの配慮はしてもらえたら、うれしいです」


 「わかりました」


 桃香は、弘がこの提案を断るはずがないと確信していた。


 「それじゃ、よく考えてみてくださいね」


 少し沈黙があってから、弘が答えてくれた。


 「はい」


 桃香もそれがわかっていたからこそ、落ち着いていられたし、やっぱり、という気持ちになった。


 計画がうまくいったと感じた桃香は、すぐに栞奈に電話をかけた。


 「もしかして、明日って空いてる?」


 「明日ですか?」


 「あ、明日ね。大丈夫だよね?」


 「大丈夫です」


 「ところで、どうして急に? 何かあったんですか?」


 「いや、まあ大したことじゃないんだけど……前に、うちの部室に来てみたいって言ってたよね?」


 「はい!」


 「それが、ちょっと気になっててさ」


 「あ…」


 「だから、もし明日時間があったら、うちの部室に来てみない?」


 「本当ですか?」


 「小説を書くのに忙しいのかな?」


 「あ、いえ。大丈夫です」


 「そう? じゃあ、明日どうかな? 部室で会って、今の進み具合とか、ちょっと話そうよ」


 「はい、楽しみにしています」


 何があるのかはっきりとはわからない。でも、行ってみればきっとわかる気がした。


 翌日。授業が終わったあと、部室に一番乗りしたのは栞奈だった。


 部室に誰もいないのを見て、栞奈は桃香に電話をかけた。


 「あの、今部室に着いたんですけど……どこにいますか?」


 「ごめん、急用が入っちゃって。すぐ行くから、ちょっとだけ待っててくれる?」


 「あ、はい」


 栞奈は電話を切ると、部屋の中をぐるりと見回した。


 ちょうどそのとき、弘がドアをそっと開けて入ってきた。誰かがもう来ていると思っていたからか、少し緊張した面持ちだった。


 弘は部屋の奥に人影を見つけると、そっと声をかけた。


 どこか見覚えのある後ろ姿だった。


 「あの…」


 突然気配を感じて、栞奈はさっと振り向いた。


 弘は栞奈をじっと見つめた。


 栞奈も弘と目が合った。


 「えっ?」と、同時に声が漏れた。二人とも驚きのあまり、言葉を失った。


 しばらく、二人ともどうすればいいのか分からず戸惑っていたが、先に口を開いたのは弘だった。


 「なんで君がここにいるの?」


 「それ、こっちのセリフだよ? じゃあ、君こそ何しに来たの?」


 「私は、会いに来た人がいるから……」


 「それは私も……」


 弘の胸に、嫌な予感がよぎった。


 「まさか……その相手って、君だったの?」


 信じたくなかった。どうか違うと言ってほしかった。


 「相手? 何のこと?」


 栞奈は、何となく察しながらも、わざと知らないふりをした。


 「文化祭で、入部の条件を賭けにした……あのときの相手のことだよ」


 「あ……なんで? 知ってたの? どうしてわかったの?」


 まさかの相手が目の前にいて、言葉を失った。


 「いや……今、君が言ったからわかっただけ」


 「じゃあ、あなたが会いに来た人って、私のこと?」


 「そうだよ。でも、君だけが目的ってわけじゃなかったんだけどな」


 もしかして……君も、私に会うために来たの?」


 「そんなわけ……ないよ。だって、君がここに来るなんて思ってなかったし」


 「……他にも誰かいるんだね。誰に会いに来たの?」

 

 「桃香先輩だよ。あのとき、私を選んだ人ってことは、君をここに呼んだのも、まさか……」


 「えっと……“相手を見せる”って言ってたし。じゃあ、君もこのために来たってこと?」


 「そうそう。謎が解けたって感じ。なんか怪しいと思ってたんだよね。理由も言わずに呼び出されたし……。きっと、君に私が相手だって知らせたかったんだろうな」


 「でも、君はすごく落ち着いてるね。私なんて、相手が君だってわかったとき、頭の中、真っ白になっちゃったよ」


 「そうだね。さすがに2回目だったから、前よりはましだったよ。なんか……再確認するような気持ちっていうか。私も最初に知ったときは驚いた。表情をごまかすの、本当に大変だった」


 「2回目? ってことは、もう知ってたの? いつ?」


 「昨日」


 「昨日?」


 「そう。昨日、教室で君が言ってたよね、小説を書くって。文化祭で作品を出して、賭けに勝ったら文芸部に入るって話。まさか、あんなにすぐ気づくとは思わなかったよ」


 弘はその言葉に、昨日の自分の発言を思い出した。


 はっきり覚えている。


 「ああ……確かに、そんなこと言ったな。じゃあ……どうしてあのとき言わなかったの? 自分が相手だって分かってたのに、どうして知らないふりしてたの?」


 「いやいや、あの場面でどうやって言えっていうのよ? あの雰囲気、そんな話できる空気じゃなかったでしょ? 言わなくて正解だったと思うよ。あそこで私が相手だって言ってたら、驚いて転んでたと思うし」


 弘は返す言葉もなくなってしまう。たしかに、そうだったかもしれない。


 「……」


 「まあ、よかったじゃん。正直、このやり方はちょっと子どもっぽいかもしれないけど、でも、こうしてちゃんと話せる機会ができたんだから、悪くなかったと思わない?」


 「……」 弘はやっぱり黙っている。


 「桃香先輩、待ってるの? でもさ、私たちがここに来た理由って、もうわかってるでしょ。お互いちゃんと話せって、そういうことだと思うよ。誰が来るかまではわかんなかったけど、こんなに気を遣って用意してくれた機会、無駄にはできないよね?」


 「そうか……」


 「で、どうだった? あんなに会いたかった相手を目の前にしてさ、どんな気分? 」


 実際、うまく言葉にできそうになかった。何を言えばいいのかもわからなかった。


 「それが……」


 自分で質問しておきながら答えようとするのは変だけど、弘が言い淀んでいたので、つい言葉を先に出してしまった。


 「複雑? それとも……微妙?」


 「たぶん、君も同じ気持ちなんじゃないかなって思う」


 始業日に小説を渡してくれた栞奈が、文芸部に入るきっかけをくれた。けれど、実際に入るには、その栞奈を相手にすることになるなんて——。


 弘は静かに深呼吸して、決意を固めた。


 「あのとき、ちゃんと答えられなかったこと……今なら、ちゃんと伝えられそうな気がする」


 栞奈は、弘の目がどこか決意を帯びたように変わったことに気づいた。


 「何の返事?」


 「君の小説を読んで、感想を聞かせてほしいって言われたこと」


 「えっ、本当? あのときとは違う答えってこと? ちょっとワクワクしてきた!」


 「いろいろ考えてみたけど……やっぱり、面白かったって思ったんだ」


 期待してたのに……結局、それだけ?


 「え、それって……結局同じことじゃん。なんかもっと特別なこと言ってくれるのかと思ったのに」


 栞奈の反応にかかわらず、弘の声は揺らがなかった。


 「うん。あのときの返事、そのままだよ」


 「うん、だから……」


 「でも、今ならはっきり言えると思う。本当に単純なことだけど、それが、こんなにも時間をかけて頑張りたいって思えた理由なんだ」


 「あのとき、本当に時間を忘れるくらい夢中で読んでた。読み終わってからは、自分もこんな面白い小説を書いてみたいって思ったんだ。だから、本気で文芸部に入りたい。小説に惹かれたのは、理屈じゃなかった。ただ、やりたいって気持ちが湧いてきたから。その気持ちを強くしてくれたんだ」


 「本当にすごいと思ったよ。こんなふうに心をつかまれるなんて。君も言ってたよね? “時間を忘れて読むようになるよ”って」


 「君には、どうしてもお礼が言いたかったんだ。“面白い”って感じることに、こんなにも意味があるんだって、君の小説が教えてくれたから」


 ……そういう答えなの? ちょっと、思ってたのとは違ったかも。


 「あ……そう。そういうことなんだ。君の考えって、そういうことだったんだ」


 「そうだよ」


 「うん、わかった」


 「もう言ってもいいんじゃない?」


 「何を?」


 「あの本、どうして私にくれたのかってこと」


 「実はね、あの物語に込めたメッセージを、君に気づいてほしかったんだ。それが、私があの本を君に渡した理由だったんだ」


 「メッセージ? 何のメッセージ?」


 「君に伝えたいことがあったんだけど、言葉にするのがすごく難しかったんだ。だから、あの本を渡したの。私の代わりに、きっと伝えてくれるって思って。私が考える小説の価値って、誰かにメッセージを届ける“媒介”なんだよね。わかってほしい気持ちはある。でも、それを言葉にするのって案外難しくて……何て言えばいいかもわからなくて、口に出すとうまく言えなかった。でも、物語を通じて伝えるなら、届くことがあると思ったの。もし、読んだ人がその気持ちを受け取ってくれて、書いた人と心が通じたら……それって、小説を書くうえでいちばん嬉しいことじゃないかな」


 「そうなんだ…」


 「小説を読んでて、何か感じなかった? 春が過ぎて夏が来ると、桜は散っていく。でも、その散る桜に、自分の気持ちを重ねる人もいる。ある人は悲しくなって、ある人は希望を感じる。当たり前の風景なのに、人の心が揺れるなんて……ちょっと不思議で、まるで魔法みたいだと思わない?君は、桜が散るのを見て、どんな気持ちになった?その魔法のような魅力、ちゃんと感じ取れた?」


 「正直に言って、君のメッセージなんだって、もう打ち明けてもいいんじゃない?

 桃香先輩も、こうして私たちに話す場を用意してくれたんだし。今この瞬間より、もっといいタイミングなんて、そうそうないと思うよ?」


 「ううん、ダメ。それじゃあ、小説を渡した意味がなくなっちゃう。物語を通じて、気づいてほしかったんだ。正直に言うとね……直接言葉にするのは、ちょっと恥ずかしかった。まるで、手紙を書くみたいな気持ちだったんだよ。それを読んでもらって、物語の中にある気持ちを感じてもらえたら、もっとちゃんと届くと思ったの」


 弘と栞奈が会話をする光景を見ていた祐希、桃香、紗耶香が部屋の中に入ってくる。


 最初に言い出すのは祐希だ。


 「ごめんね。少し遅れたね」


 「少しじゃないと思うんですけど、先輩」


 祐希は栞奈と目を合わせるのを避けながら頭を掻く。


 「あ、実は…」


 「やっぱり……見てましたよね?」


 見え透いた言い訳は必要ない――誰がどう見ても、聞いていたことは明らかだった。


 紗耶香が、ためらう祐希に代わって飄々と答えた。


 「二人とも真剣そうだったし……割って入るのも、ちょっと気が引けてさ」


 桃香もまた栞奈の視線を避けながら、ぽつりと一言添える。


 「入ってくるタイミングをうかがってた、って感じ?」


 弘は、特に気分を害してはいなかった。もともと、こうなることを見越して呼び出したのだから。


 「まあ、気になってこっそり聞いてたってところです」


 桃香にとっては、こんな形で出会わせること自体にこそ意味があるのだと思えた。


 「それでもう願いが叶ったの? 誰が相手なのか知りたいと言ったじゃない?」


 驚かせるのが目的だったとしたら、大成功だ――弘はそう思った。


 「はい、でもこんなやり方だとは思いませんでした」


 「別に嘘なんかついてないよ? 電話のとき、ちゃんと言ったじゃん。会わせてあげるって」


 今さらどうでもいいことだ。それより、この機会があったおかげで、相手のこともはっきりしたし、感想を伝えるっていう古い約束も果たせそうだ。むしろ、ありがたいくらいだ。


 「まあ…… 分かりました」

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