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細工師リリィ  作者: いち
8/14

洗礼

煌びやかな装飾が施された大広間。貴族たちが笑顔を交わしながら談笑し、美しい音楽と香ばしい料理の香りが空間を満たしている。

そんな中、リリィは周囲の視線に耐えながらカイルの隣に立っていた。


「まあ、あれがカイル公爵の婚約者だなんて」

「あら、ずいぶんと平凡な方ね。公爵家には相応しくないわ」


遠慮のない囁き声が背後から聞こえる。リリィは俯きたくなる気持ちを抑え、精一杯背筋を伸ばした。

カイルは一瞥しただけで何も言わない。それが余計にリリィの孤独感を強めた。


ダンスの時間になると、貴族の令嬢たちが次々とカイルに話しかけた。

「カイル様、この後ぜひ私と踊っていただけませんか?」

「ええ、私もお願いしたいですわ!」


リリィの存在を無視するかのような態度に、彼女の胸はちくりと痛んだ。


「婚約者なのに、踊らないのかしら?もしかして踊り方をご存じないのかも?」

近くにいた令嬢が小声で笑う。リリィは拳を握りしめながら耐えるしかなかった。


そんな中、夜会の余興として、歌を披露する時間がやってきた。

「それでは、次はアリア侯爵令嬢の歌をお楽しみください!」

司会者が声を上げると、アリアが優雅な足取りでステージに上がった。


「でも、伴奏が必要ですわね……あら、そういえば」

アリアは舞台からリリィを指差し、にっこりと微笑んだ。


「リリィ様、バイオリンがお得意だと伺いましたわ。ぜひ私の歌に伴奏をつけていただけません?」


会場がざわつく。リリィは驚き、咄嗟に答えられなかった。バイオリンを弾けることなど、誰にも話したことはないはずだ。それでも、アリアの目は確信に満ちている。


「まあ、できないなんてことはないでしょう?公爵家の婚約者たる者、皆様の期待に応えるのは当然ですものね」


リリィは言い返す暇もなく、周囲からの冷たい視線に押されて、ステージに立たざるを得なくなった。


アリアに渡された譜面は、決して簡単なものではなかった。だが、リリィは母との思い出を胸に、覚悟を決めた。

母は身分は低いが、古い貴族の出身で古き良き貴族を体現しており、その教養を余すことなく娘に伝えていた。


バイオリンを構え、音を奏でると、澄んだ旋律が会場に響き渡った。観客たちは息を飲み、静まり返る。

アリアの歌声とリリィのバイオリンが見事に調和し、美しい音楽が生まれる。


曲が終わると、一瞬の静寂の後、拍手が巻き起こった。しかし、その中には冷たい視線も混じっていた。


曲の後、リリィが席に戻ると、一人の貴族の男が声をかけてきた。

「素晴らしい演奏でしたね。さすが公爵様のお気に入りだ」


男の目はどこか品のない光を帯びていた。

「私の屋敷で、楽器を鳴らしていただけませんかね?」

男の言葉には、まるでリリィを愛妾として扱うかのような響きがあった。

そもそも、楽器を弾かせるためだけに貴族を呼ぶなど、無礼だ。普通は茶会を催しゲストとして招待し、歌や演奏を披露してもらうのが一般的である。


「失礼ですが、彼女はそのような暇人ではない」

冷たい声で遮ったのはカイルだった。男は一瞬たじろぎ、苦笑いを浮かべて去っていった。


「……カイル様、ありがとうございます」

リリィが礼を言うと、彼はわずかに眉を寄せて答えた。

「俺の婚約者を軽んじられるのは不愉快だ。それだけだ」


その言葉に、リリィは少しだけ救われた気がしたものの、自分が直面している現実の厳しさを痛感せずにはいられなかった。


夜会が終わり、屋敷に戻る馬車の中。リリィは疲労と緊張でぐったりとしながらも、カイルに小さな声で尋ねた。

「私……どうするのが正解だったんですかね?」


カイルは短く息を吐き、淡々と言った。

「お前が何を感じたかは知らない。ただし、この場に出続ける覚悟があるなら、今日のようなことは何度でも起こる。それに耐えられるのならな」


やはり高位貴族社会は好かないと、リリィはのびのび育った子供時代を思い返していた。

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