新天地
リリィはエリナの提案に戸惑いながらも、心の奥底で新たな挑戦への興奮を感じていた。彼女の工房での日々は確かに充実していたが、どこか平穏すぎると感じていたのも事実だった。
「わかりました。カイル様の婚約者として振る舞うこと、そして彼の感情を解きほぐす道具を作ること、どちらも全力で取り組みます。」
エリナは満足げに頷き、リリィに詳細な指示を伝え始めた。翌日、リリィは必要な道具や衣服をまとめ、エルディン公爵家への旅支度を整えた。彼女の相棒であるシェパードの「ソラ」も、興奮した様子で彼女の周りを駆け回っている。
「ソラ、一緒に新しい冒険に出かけるのよ。準備はいい?」
ソラは元気よく吠え、リリィの言葉に応える。彼女にとって、ソラは心強いパートナーであり、どんな困難も共に乗り越えてきた仲間だった。
エルディン公爵家に到着すると、壮麗な屋敷と広大な庭園がリリィの目に飛び込んできた。その美しさに一瞬圧倒されながらも、彼女は深呼吸をして気持ちを落ち着けた。
「リリィさん、こちらへどうぞ。」
エリナに案内され、リリィはカイルの待つ書斎へと向かった。扉が開かれると、そこには窓辺で本を読んでいるカイルの姿があった。彼の横顔は美しくも冷たく、まるで彫刻のようだった。
「カイル様、リリィさんが到着されました。」
カイルはゆっくりと顔を上げ、無表情のままリリィを見つめた。その視線に一瞬たじろぐも、リリィは笑顔で挨拶をする。
「初めまして、リリィと申します。これからよろしくお願いいたします。」
カイルは軽く頷くだけで、言葉を発しなかった。その様子に少しの不安を感じながらも、リリィは自分の使命を再確認した。
その夜、リリィは自室でカイルのための道具作りに取り掛かった。彼の感情を引き出すためには、まず彼の心を理解する必要がある。リリィは彼の好きなものや興味を持っていることを知るため、エリナや使用人たちから情報を集め始めた。
一方、ソラは屋敷内を探検し、使用人たちや他の動物たちとすぐに打ち解けていた。その愛らしい姿は、屋敷の人々の心を和ませ、リリィの存在を受け入れる手助けとなっていた。
数日後、リリィはカイルの書斎を訪れ、一つの提案をした。
「カイル様、もしよろしければ、私と一緒に散歩に出かけませんか?新鮮な空気を吸うことで、気分転換になるかと思います。」
カイルは一瞬考える素振りを見せたが、やがて静かに頷いた。リリィは内心の喜びを抑えつつ、彼を庭園へと誘った。
庭園では、ソラが楽しげに駆け回っている。その姿を見て、カイルの表情がわずかに柔らかくなったことに、リリィは気付いた。
「ソラは本当に元気ですね。カイル様も、あの子と遊んでみませんか?」
リリィの言葉に、カイルは少し戸惑いながらも、ソラに手を差し伸べた。ソラは嬉しそうに彼の手に鼻を擦り付け、そのままじゃれつく。カイルの口元に、かすかな微笑みが浮かんだ。
その瞬間、リリィは確信した。彼の心には、まだ温かさが残っている。それを引き出すための道具作りに、全力を注ごうと。
こうして、リリィとカイル、そしてソラの奇妙な共同生活が始まった。リリィは彼の感情を解きほぐすための道具作りに没頭し、カイルとの距離を少しずつ縮めていく。ソラの存在は、その橋渡しとして大いに役立っていた。