過去の真実
カイルは、石造りの冷たい地下牢にいた。そこに響くのは、絞り出されるような苦しげな声と、水が滴る音だけ。
暗殺者の一人が鉄の椅子に縛り付けられ、荒い息を吐いている。顔には汗と血が滲み、痛みに耐えて震えていた。
「さぁ、そろそろ吐いてもらおうか。」
柔らかく囁いたのは、カイルの幼馴染であり副官である男だ。彼は拷問の手練手管を心得ている。人が死なないように、だが決して逃れられぬ苦痛を与え続け、やがて死んだ方が楽だと錯覚させる。
「お前たちは、何のために動いていた?」
低い声で問いかけながら、彼は手元の細工用のナイフを弄んだ。肌を裂くには十分な鋭さだが、それだけで命を奪うほどのものではない。
「……っ!」
男は奥歯を噛み締める。だが、長くは耐えられない。
一方で、もう一人の暗殺者は別室に収容されていた。こちらは拷問ではなく、厚遇という手段を使う。清潔な寝床、上質な食事、優しい言葉をかける看守──信頼を生む環境を整え、ゆっくりと心をほぐしていく。
どちらが先に口を割るかは賭けだったが、結局、両方の手段を駆使することで全貌はすぐに明らかになった。
黒幕は──最有力貴族、侯爵。
やはり、というべきか。ここからは、慎重な動きが求められる。侯爵に手を出すには、王の許可がいる。
そのためにカイルは、ある人物に会いに行くことを決めた。
──先王。
引退し、穏やかに余生を送るその王は、かつて宮廷で巻き起こった騒動の中心にいた。リリィの血筋に関わる、重要な人物。
王宮に書簡を送ると、思ったより早く返事が来た。
「見せたいものがある? ふむ……では、会おう。」
余生は静かなものだったのか、それとも単なる興味なのか。
──いずれにせよ、会談の場が設けられた。
先王の離宮にて。
静かで落ち着いた部屋。古びたが風格ある調度品が並び、窓の外には庭園の美しい花々が揺れている。
そこに座るのは、白髪交じりの先王。かつての威厳はそのままに、しかし穏やかな雰囲気を纏っていた。
カイルはリリィを伴い、静かに頭を下げた。
「お目にかかれて光栄です、陛下。」
「……久しいな、カイル。そして、君が……リリィか。」
先王の視線がゆっくりと彼女を捉えた。
「……」
一瞬、その目がわずかに揺らいだ気がした。
そして、彼は静かに、ある名を口にした。
「……ルシア。」
リリィが驚いて目を見開く。
先王は椅子にもたれながら、静かに言葉を紡いだ。
「よく似ている。あの子に……」
ゆっくりと視線を下ろし、机の上の茶器に手を伸ばす。湯気が立ち上る茶を一口含むと、遠い目をした。
「気が優しく……宮廷には馴染めぬ子だった。騒がしい権力争いには向いていなかったよ。」
その声音は、どこか懐かしむようでもあり、悲しみを帯びてもいた。
「……だから、信頼できる貴族に託した。厳格で誠実な、堅物の男だったが、あの子を守るには最適だった。彼の妻を、お前の乳母としてそばに置いたのだ。そして……」
茶をひと混ぜしながら、続ける。
「誰にも悟られぬよう、ある程度の年齢になったら、養子に出した。王宮に戻すことは叶わなかったが……」
ふっと微笑み、カップを置く。
「お前たちに、何もできなかった父を、許せ。できるなら、お前の育ての親もルシアも、守ってやりたかった。」
リリィは、言葉を失った。
彼女の中で、長らく封じ込めていた疑問や憤りが渦を巻く。
──なぜ、家族と似ていないのか。
──なぜ、自分は孤児として生きることになったのか。
だが、今、その答えを聞いても、胸がすっきりすることはなかった。
ただ、静かに問う。
「……本当に、それが最善だったのですか?」
先王は、静かに微笑んだ。
「お前の命だけは、守るつもりだった。」
「……」
彼の顔には、確かに後悔の色が滲んでいた。
それでも──
「命など毛ほどの重さもない権力争いを経てなお、君が生きて、ここにいる。それだけで、私の選択は間違いではなかったのだろう。」
静かな室内に、茶の香りが漂う。
先王はまた、一口、ゆっくりとお茶を飲んだ。




