作戦開始
カイルは、自室で膨大な書類を広げながら、苦い顔をしていた。リリィの商品を王室に献上し、各方面への根回しを進めてきた彼だったが、敵対する貴族たちの妨害が尋常ではなくなってきていた。彼らの仕掛ける刺客や嫌がらせは、公爵家の威光をもってしても簡単には抑えきれないものとなっていたのだ。
そんな中で行われた茶会。カイルが企画したこの場は、表向きには社交の場だったが、裏では敵対貴族の動向を探るための策略が仕込まれていた。そして、その成果は見事に実を結ぶことになる。
庭園で開かれた茶会は、陽光が降り注ぎ、上流階級の貴族たちが贅を尽くした装いで集っていた。長いティーテーブルにはリリィの工房で作られた新作のティーセットが飾られ、その芸術的な細工が参加者の注目を集めている。
「なんて美しい仕上がりでしょう。この細工、見ているだけで価値がわかるわ」
ある令嬢がカップを手に取り、感心したように声を上げた。
その隣では、別の令嬢がリリィを値踏みするような目で眺めながら言った。
「貴族といえど職人男爵ですものね。どこまでこの品が長く支持されるのかしら。カイル様の目利きだけで保たれているように思いますわ」
その皮肉にリリィはわずかに表情を曇らせたが、平静を保ちながら返した。
「物が語る価値は、使う人の心に響けば自然と広がるものだと思っています。そうして、この場に招かれたことを光栄に感じております」
その毅然とした態度に、令嬢たちは面白くなさそうに鼻を鳴らしたが、次の瞬間にはカイルが微笑みを浮かべながら割り込んだ。
「皆様、特別に用意した菓子とお茶をぜひお楽しみください。私の信頼するシェフが心を込めて作ったものでしてね」
その言葉に令嬢たちは喜び、さっそくテーブルに並んだ茶菓子や紅茶に手を伸ばし始めた。シェフが作り上げた焼きたてのハチミツタルトや香り豊かなハーブティー。そこには、リリィが作った「特別な自白ティー」がたっぷりと使われていた。
カイルの甘い誘導と、菓子やお茶の魅力にすっかり気を緩めた令嬢たちは、気がつけば思いのほか軽々と口を滑らせてしまう。
「最近、うちの父も大変で。ほら、あの家に資金を貸していて……」
「ええ、知っているわ。私の家も。かなりの額ですもの。でも見返りはちゃんとあるから」
カイルは微笑みを崩さぬまま耳を傾けた。何気なく交わされる会話の中に、確実に貴族たちの金の流れが垣間見えた。
茶会が終わり、カイルは手に入れた情報を部下とともに整理していた。
「やはり、資金の流れが暗殺集団と繋がっている……」
カイルは険しい顔をして書類を読み込む。そこに記されていたのは、王国内で活動する暗殺集団への莫大な資金提供の痕跡だった。さらに調査を進めると、その集団こそ、過去にカイルの父を殺した犯人たちである可能性が極めて高いことが判明した。
「次の標的はリリィ、か……」
カイルの胸がざわつく。王室への献上品や茶会の成功で、リリィの存在は大いに注目を集めた。隠して置けないなら、いっそ目立たせて人の目の中に置く方がいい。だが、それは同時に彼女を敵の目にさらすことでもある。
「リリィを守るためにも、こちらの手を緩めるわけにはいかない」
カイルは公爵家の暗殺者部隊を動かし、情報をさらに深掘りするよう命じた。同時に、リリィを餌にするという危険な作戦も頭をよぎるが、迷いを振り切るように彼は手元のグラスに口をつけた。
その夜、リリィはカイルに呼ばれた。
「話がある」
カイルの表情はいつになく険しい。
「何があったんですか?」リリィは疑問を抱きながら問いかけたが、カイルは言葉を濁したまま話を進めなかった。ただ、「お前にはしばらく目立たないようにしてもらう必要がある」とだけ告げられた。
リリィは納得できずに抗議しようとしたが、カイルの真剣な眼差しに言葉を飲み込む。彼の隠された思惑が、自分を守るためにあることは薄々感じていた。それでも、次第に巻き込まれていく陰謀の深さに、彼女の心は揺れ動いていた。




