小さな工房の朝
小さな町のはずれ、石畳の路地にひっそりと佇む一軒の工房。その扉には、手書きの木製プレートでこう記されている。
「リリィの工房――あなたの心を、ちょっとだけ形にします。」
リリィは朝の光が差し込むキッチンで、焼きたてのパンケーキを皿に並べていた。バターがじんわり溶け、蜂蜜がその上をゆっくりと流れていく。横にはミルクたっぷりのホットココアと、小瓶に詰めたベリージャム。
「いただきます!」
頬杖をつきながら、自分で焼いたパンケーキを一口。ふわっとした生地と甘さが口の中に広がり、思わずほっと息をつく。
リリィの朝はいつもこんな風に、少しだけ贅沢な朝食から始まる。「美味しいものを食べると、いい道具が作れる気がする」というのが、彼女のちょっとした信条だった。
「今日もがんばるよ!」
そう呟いて片付けを終えると、エプロンをつけたまま工房の作業台に向かう。そこには昨夜まで作っていた小さな道具が並んでいた。
気分ランプは朝の日差しを受けて優しいオレンジ色に光り、リリィの目に止まる。「よし、今日も調子がいいね」と笑顔を浮かべると、次は窓辺に置いた小さなオーブンの方へ足を運ぶ。
中には焼き上がったばかりのクッキーが並んでいた。アーモンドを散りばめたもの、バニラの香りが漂うもの、そしてリリィ特製の「ほんのりピンク色」のいちごクッキー。「これを工房に来てくれたお客様に出そう」と考えながら、缶に詰めていく。
工房の扉を開け放つと、路地には爽やかな朝の空気が流れ込む。リリィは手に箒を持ち、工房の前を掃きながら隣のパン屋のおじさんに挨拶をした。
「リリィちゃん、今日も元気そうだな!」
「おはようございます!パン屋さん、いい香りが漂ってますね!」
「そりゃあ今朝焼いたばかりだからな。今日は新作のハーブパンを試してみないか?」
「あ、後で買いに行きますね!」
そんな他愛もないやり取りをしていると、近所の子供たちが駆け寄ってきた。
「リリィお姉ちゃん!今日は新しい道具、作った?」
「ふふ、これなんだけどね。『おはなしボタン』っていう試作品だよ。押すと誰かの耳元に声が届くの。」
「すごい!僕も使ってみたい!」
リリィはにっこり笑いながら、子供たちに説明を続ける。彼女の周りにはいつも穏やかで温かな空気が漂っていた。
しかし、そんな穏やかな朝の裏で、リリィの心には小さな不安もあった。工房は今、経営が厳しく、新しい道具を作るための材料費を捻出するのにも苦労しているのだ。朝食のパンケーキに使った蜂蜜も、実は最後の一瓶だった。
「今日は誰か、注文をくれるといいなぁ……」
一瞬だけ表情を曇らせるリリィ。しかし次の瞬間、彼女は自分に言い聞かせるように頭を振った。
「暗い顔してちゃダメだよね!絶対にいいことがある!」
その瞬間、工房の扉につけられたベルが軽やかな音を立てた。
「お客様……!」
リリィは慌てて箒を片付けると、作りたてのクッキーを手に工房の中へ戻る。そこには上品なローブをまとった女性が立っていた。彼女は整った顔立ちで落ち着いた声を放つと、リリィに向かってこう告げた。
「リリィさんですね?エルディン公爵家から参りました。特注の道具を依頼したいのですが――」
思わぬ大仕事の始まりを予感しつつ、リリィは思わずクッキーの皿を差し出した。
「えっと、どうぞクッキーでも召し上がりながらお話を!」
彼女の一日は、少しずつ特別な方向へ動き出そうとしていた。