おいしいオムライスをどうぞ
オムライスには派閥がある。
でも、私は古式ゆかしき巻くオムライスが好きだ。
「ん-、きれいにまけた」
最後の一品は、渾身の美しいオムライス。つやつやピカピカ。ケチャップもいいけど、今日は、特別製のデミグラスソース。
今回だけは私がテーブルに運ぶ。
「どうです? お味は」
二人の王子に笑って尋ねる。げんなりとした顔を一瞬するが、涼やかなに微笑み返すあたりプロだ。
「意外と頑張りましたね。部下に丸投げかと思ったのに」
「私に申し込まれた決闘だ。逃げも隠れもしない」
「では、その意気でこいつも平らげてください」
ことんと目の前にオムライスの皿を置く。
絶句した二人に観客席からは無情な応援が響く。
のろのろとスプーンを入れ、口に運ぶ。ここまでくると意地であろう。今までこんなに爆食したことないだろうに。
「アザール閣下はこういうの結構食べられますね」
「嫌味か?」
「違いますよ。
ビーフシチューってお好きですか?」
「……冷えてなければな」
「いつから、温かく食べられたか覚えてますか?」
怪訝そうに視線を向けられたが、あっさり答えを言う気はない。
「私、この前、お城に泊まった時、毒入りのお茶もらったんですよ」
もぐもぐしているタイミングを計ったため、何か言われることはなかった。ちょっと詰まったみたいだけど。
「対処してもらってますけど、ああいうのわりとあるらしいですね。嫌がらせで毒物とかどうかしてますよ。
そういうの、前は食事でもわりとあったとか。いつから、ちゃんと普通に食べられるようになったんですか?」
「それは」
そう言ってアザール閣下は黙った。
「10代の殿下たちは本当によく食べますね。怖いものが入ってるなんて思ってないように。それから上の方々は少しばかり警戒して毒見は欠かさない。その違いを考えたことあります?」
「毒殺してもうまみがないからだろう」
「そうですね。
聞いたところによると、食事による毒殺はこの10年ない。
毒見で亡くなった方も」
考えたこともなかったのだろう。驚いたような顔の王太子殿下に私は苦笑いする。
「少し、考えてみてください」
オムライスは半ばで残された。
アザール閣下のほうが早くリタイアし、優勝者は王太子殿下のチームということになった。出来レースではなくガチらしく、アザール閣下がものすっごい悔しそうだった。
その後、表彰式の予定だったが、皆が食べ過ぎて転がっていたので後日行うことになった。
そこからは用意した材料を使い切るべく観衆にもふるまい夕刻までお祭りの雰囲気は続いた。
「あんまり勝った気がしませんね。
まいったと言わせたかった」
皿洗いしながらぼやく。
料理を振舞うほうに回りたかったが、裏方を振られてしまった。無限にオムライスが出荷されていくので手は足りているらしい。
自分で連れてきて言うのもなんだけど、それ、ほんとに出荷して大丈夫? ねぇ。あれ、なんなの?
「後日、何らかの連絡はあるだろう」
シェフも隣でお皿を拭いている。
「そういえば、解説席、楽しそうでしたね」
「わがまま放題の二人の相手が疲れた」
「……確かに」
しかし、王と聖女にツッコミを入れられるというのは、ものすっごいことじゃないだろうか。
じっと見上げても怪訝そうに見返されるだけだ。
なんか、手元に置いておきたいというのはわかるかもしれない。臆せず苦言を呈することができる人は貴重だ。
あげないけど。
「ライオットさん、あのですね」
「ん?」
「その……」
なんていえばいいのか。
勝利のあとのなんかご褒美的ななんかをですね、と要求するのも違う気がするが、察してもらうのも難しい。
なんだろうと首をかしげるあたり普通に全く気がついてない。
「ご、」
「こんなとこにいたっ!」
聖女様のご乱入です。
うっかり洗ってた皿を落としそうになった。
「な、なに?」
「陛下がお呼び」
「まだ帰ってなかったの!?」
「警備の都合上、王子様たちと同時回収なんだって。帰りたくないわがままだと思うけど」
「……まだ動けなさそうなんだ?」
「限界を超えるとなぜか、急に動けなくなるの。なぜか立てなくなる」
厳かにそう聖女様が言う。経験者は語るとテロップが出そうだ。
王様のお呼びとなれば、応じたほうが良さそうだ。
「ちょっと行ってきますね」
と軽くいったら、シェフもついてくることに。おや?
聖女様の呆れたような顔はなんなのか。
疑問はありつつもエスコートしてもらい王様の元へ。最初はがやがやしていた広場がなぜかしんと静まりかえる。
「今日の功労者シオリ殿、こちらに。
彼女とその弟子がいなければこれほどの催しを行うことはできなかった」
ぱらぱらと始まった拍手が、大きくなるのには時間がかからなかった。
びびってる私。にやにやしている聖女様、予想ついてたな。ひどい。
「それゆえ、彼女の労をねぎらうとともに、その栄誉をたたえたい」
引きつった笑顔で歓声にこたえておく。注目されるの苦手なのにっ! 誰かいないの? 押し付ける相手!
周囲を見回して目があった弟子に近づく。お前も道ずれ。
「お、俺はいいっす」
「いや、ししょーがすごいんだって」
「弟子たちの尽力あっての私」
最終的に6人ほど捕獲しておいた。残りはどこかに隠れやがった。
そういう努力も功を奏し、ほどほどのところで引っ込むことができたのは良かった。なんか褒美とか言われなくてほんと良かった。
そうして、第一回大食い大会は終幕した。
それからしばらくして新装開店となった。ほんともう寝る間も惜しんで開店準備やったよ!
勝利の余韻とかないよ! いちゃらぶイベントも発生してないよっ! なんでなの。私が忙しすぎるせいなの?
という気持ちを押し殺していたつもりが、一部呪いのように漏れていたそうだ。
そのおかげか、開店半月後、三日お休みができた。弟子たちに色ボケだの恋愛脳だの言われたけど、知らん。今が一番楽しいとこだよねって不吉な予言もいらん!
なお、シェフもシェフで普通に忙しいので会うところでもない。なんで!
どうにかこぎつけた新装開店日。開店前から並ばれて、整理券を配ったり、早めの品切れになって急遽追加で作ったり色々あった。それでも早めの閉店になってしまった。
明日の仕込みなどしたらいつも通りの時間になってしまったけど。
また明日と弟子たちを送り出す。怒涛の一週間無休予定なので頑張ってほしい。私は半月やすみないんだけどね……。体力温存したいところではある。
「はぁ、疲れた」
厨房でお茶をのんでようやく息をつけた気がした。
「お疲れ様」
今日はシェフもお手伝いに来てくれた。来客の多さにとても驚いていたようだ。いつもの倍以上来てますと説明はしたがそれでも多いと思ったらしい。
「明日も明後日も大変です。甘やかされたいです」
……。
疲れた脳みそが反乱した。
頭、なでなでされた。そうだけど、そうじゃないんだ。
「早く辞められたらいいんだが、あと二か月は無理」
「いいですよ……。ちゃんと引き継ぎ大事です」
死亡事故とか起きて欲しくないし。
あれからシェフはちゃんと騎士をやめる話になった。爵位の返上は承認され、退職と同時に騎士でなくなる予定である。
一応、厨房の主であるので爵位はもっといたほうがクレーム対応しやすいというところらしい。
次の副料理長に騎士爵は引き継がれるそうだ。今度の料理長は、王族なので……。
あの日、寄宿学校でぶっ飛ばした偉そうなやつが、料理に傾倒し、そこまで至るとは何があるかわからんもんである。
あの時は悪かったと言われたときにはびっくりしたけど。
王家の誰かが今後も厨房に入って監視することになりそうなのだという。
「お休みはあわせて忘れずもぎとってきてください。
三日、お休み。楽しみ、なにしようかな」
「一日目、爆睡」
「え」
「二日目、買い物」
「そ、」
「三日目で遊びにいけるか?という感じではないか?」
「否定できないです……。
早く一緒に住みたい」
またしてもよしよしとまた撫でられてしまった。
「なんで、そんな、撫でるんですかっ」
愛玩動物的に撫でられているような気がしてくる。触ってると癒しとかなんかあるやつ。
それはそれでいいのかもしれないが、私、恋人(仮)。別の愛で方して!
「……かわいいから?」
「疑問形で返答しないでください」
「ほかに触れていいところがわからない」
意外なことを言われた。
シェフを見ればかなり気まずそう。
「どこ、触ってみたいんですか?」
「手、とか」
「どうぞ」
最近よく握ってるのに。あ、でも、歩いている時とかだから、何もなく触れないのかも。
壊れものに触れるみたいなそっとした扱いは、変わらない。大事だと言われているようでこそばゆい。なんとなく重ねられた手は温度が違う。厚みも指の長さも。
その手が優しいことも、恐ろしいことも、私は知っている。
二度と誰かを傷つけなくてもすむようにと願っている。
「君が、好きだ」
……。
不意打ちよくない。心臓止まるかと思った。
「隣を歩む権利が欲しい」
「そ、そんなの、ずっと前からありますよっ」
「この先も?」
「お互いに愛想をつかすまで、ですね。永遠なんて語りません」
「愛想をつかされないよう努力しよう」
「私も気をつけます」
神妙な顔で見つめ合って、笑ってしまった。
触れていたはずの手はいつしか離れていて、頬を撫でていた。
「キスしていい?」
「こういう時は黙ってやってください。照れます」
ごめんと小さく謝罪された後。
軽く触れられて、足りないとつい煽ってしまい酸欠状態まで追い込まれるのであった……。




