実況の聖女様と解説のシェフとにぎやかしの王様
「次はクッキー盛り合わせ!
料理人の得意料理です。おっと、クッキーは料理ではないとクレームがつけられていますっ!
あ、そこ置いておいて。
うん、今日もおいしいレーズン入りクッキーに文句をつけるなんて! 却下です。お菓子だって料理だっ!」
機嫌よく実況しているのは聖女だ。
皆が楚々とした、あるいはおしとやかなと思っていた聖女の実情がコレと知って度肝を抜かれている。ライオットは初期から知っていたが。
なぜか同じテーブルにいる王と顔を見合わせて苦笑してしまう。
ライオットは出されたクッキーを手に取る。曰く付きのチョコチップクッキーはちょっと上質になって戻ってきた。もうほんとにさーとぼやきながらも試作していたことを知っている。
「では、解説をどうぞ」
マイクと言われた道具をライオットに向けられた。
「苦めのチョコレートと控えめな甘さ、上質なバターの組み合わせで大人の味。ほんのわずかな塩が味を引き立てている」
「うむ。東国からの素材、抹茶入りもよいな」
王も機嫌よく味見している。意外と食うなこの人、とライオット初めて思った。そういえば、若い男性と同じ量を盛っても平らげるし、夜食要求もあった気がした。仕事に付き合わされる従者用と思っていたが違ったのかもしれない。
「この苦いと甘いのコントラストがわかるなんて、陛下、すごい!」
「うむうむ」
乗せられてる。
自分の父親のような世代は味の差なんてそんな気にしていないと思っていたが、個体差はあるらしい。
「あのおむらいすとやらは食べられんのか?」
「あれはお腹が膨れます。ほかにもおいしいもの出るかもしれないので最後にしましょ」
こそこそ話しているのが楽しそうである。
対して、実際食べている側は大変そうだ。そんなぱさっぱさなもんだすなーという叫びが聞こえた。お茶請けなのだから飲み物がある前提の食べ物だ。
彼らは彼女の怒りをいまさら思い知っているに違いない。前菜はまだ優しかった。ローストビーフも厚切りでおいしそうだった。その時には余裕じゃないか? という雰囲気さえあった。
もうすでに罠がとこぼしたのは聖女だった。食べ放題を渡り歩いた私が言うのだから間違いない。となぜか自信満々だった。
肉というのは意外と噛む力が必要で後々にダメージがくる。蓄積された顎の痛みを感じているところにやや硬めのクッキー。
ほんのわずかの慈悲もない。
「気持ち的には食べられる気がするのよねー。おいしいわーと思って一口も入らないとか地獄のようなものだわ」
そう言いながら聖女はうんうんと頷いている。
くっと呻きながら1チームが脱落していった。残ったクッキーを戻そうとすると土産にくれと訴えていたので味は気に入ったらしい。
大食いに参加するくらいには食い意地が張っていてよいことである。
強制参加させられた側よりはずっと。
リタイアした人たちを回収するために一時、料理の提供が止まったため、聖女はマイクを置いた。きちんと音が出ないようにしているようだ。
「ご子息を応援しなくていいんですか?」
「いらんだろう。
自分で蒔いた種だ。これで懲りるといいが」
「私としては陛下も懲りていただきたいんですけどねぇ」
聖女の目が笑ってない。
「もっとしっかりしてくださいね。つぎはありませんよ。
私だけでなく、シオリに傷でもつけようもんなら、不能にしてやりますよ」
「肝に銘じよう」
「ライオット殿もね? ちゃんと自分で、自分の名誉を守ってほしいんですよ。
謙虚であるのはいいですが、不当な扱いにはダメだと言わねばいけません。
まったく、ごはんを軽んじるなどありえない」
「……もしかして、聖女殿も怒っていた?」
「あったりまえでしょ! 私のおいしいごはん係を何だとおもってんの! と思ったし、どっちが優れてるって話でもないでしょって」
「いつの間に、私のごはん係に?」
「おっと、うっかり。シオリには秘密ね。
もう、終わった関係だし」
「意味深だな……」
嫉妬どころではない修羅場が待ってそうな言い方である。
王がちょっとおろおろしているのが面白い。いつもは修羅場を作る側であって、修羅場のときに巻き込まれる側ではないからだろうか。
「仲良しなのか?」
「全然」
王の問いに二人はほぼ同時に否定した。
「こんな煮え切らない男は勘弁してほしい。そりゃあ、料理の腕はいいけどそれ以外は無理無理。私の大切なシオリを任せるなんて不安過ぎるけど仕方ないじゃない。この人がいいっていうんだからぁ」
「曖昧、優柔不断の自覚はあるが、俺の立場で年下の女性相手にぐいぐい行く方がどうかと思う」
「……確かに。紳士で良識的だった。守るべき一線は超えてない。そこは認める。煮え切らないけど」
「それから、私の、じゃない」
「くっ。寝取られた感がすごいある」
「おかしいな、俺のほうが先に会っていたし、付き合いが長い」
「あーもーはらたつーっ!」
「再開したようだぞ」
ひどく冷静に王が指摘する。
「……あー、こほん。
次はホットケーキ? え、えぐくない? ふわ、しゅわ、しそうなスフレパンケーキ、フルーツ載せ」
「ふわふわにするには卵白の泡立てが必要だ。大変な労力を払うくらいには余裕があるということだろう。人も減ったしな。
弱火で蒸し焼きにするのがコツ。しぼむ前に触感を楽しんでもらいたい」
ただ、食べる側が楽しむ余裕はなさそうだ。
もう一つのチームが脱落していった。
残っているのは後には引けない王族を含む2チームだけ。どちらもギリギリそうである。
ただ、アザールと王太子は温存されている。というより出さなくてもいけると思っていたのだろう。
一方料理を出している方は余裕そうである。
こっちに手を振ってくるくらいに。
「あの二人は、完膚なきまでに叩きのめされたことはないのだよ。立場的にそうできるものはいなかった。アザールはライオットやレイドがいたから多少耐性はあるだろうし、時には謝罪もできよう。
だが」
王は少しばかり心配そうではある。
「王太子殿下は無理そう。
でも、謝るまでやめないというシオリに喧嘩を売ったのが間違い」
くくっと邪悪な顔をする聖女がそこにいた。
この大食い大会は、
・全て試食し、ノリノリで実況する聖女。
・全部は食べないものの料理のすべてに解説をつけるシェフ。
・ちょいちょいつまんでは鋭い意見を述べる王様。
の三人でお送りしております。