遊戯
盤面の上にある駒は3種。攻撃、防御、占拠。駒がなくなった時点で、占拠地が多いほうが勝ちになる。
簡単なゲームではあるが戦略性があり、貴族のたしなみといわるようなもの。
ライオットはこれが苦手だった。苦手すぎて守りを重視して占拠が少なくなりがちだ。剣筋とは違うなと笑われることもあった。
あれほど、攻めていくスタイルなのにと。
「おや、今日はよく攻める」
「そうですか」
ライオットはぱちりと駒を音を立てて置く。相手はふむと呟いて長考に入ったようだった。いらっとするが、席を立つわけにもいかない。
対戦相手は国王だった。
滞在していた部屋を出て、自分の部屋に戻り着替えた後、是非にと呼ばれた。彼女へ使いを出すことを条件に応じたのは、相手が王であったからである。
政治的に口出しをできないというルールはあるが、それは権力がないということではない。己が意思を通すために、他人を使うことを躊躇しなければいくらでもやりようはある。
そして、この国王は人を使うことにためらいなどない。断っても別の方法で呼ばれるだけである。
「焦ってもよいことはない」
そう言って王はぱちりと駒を置く。
「そうですね」
ライオットは気のない返事をして、ぱちりと駒を置いた。
「うちの息子たちが迷惑をかけた」
ライオットは、そんなことは、と言いかけて、やめた。
そういう態度が現状を招いている。国に忠誠を誓った騎士は、もういないのだ。愛国心がないわけではないが、昔ほどのものはもうない。
ライオットは王へ視線を向けてはっきり言うことにした。
「とても迷惑しています」
「君を信頼しているのだよ」
「使える駒以上ではないでしょう」
「あれでも、親しみはあるつもりだろうよ」
「殿下は、公私分けるタイプですよ。親しいからって、役に立つ、使えると死地に送り出すことはためらわない。
独り身ならつき合ってもよかったんですが、泣く人がいるのでここからは無理です」
おそらく、彼女は泣くより、じゃあ、私も行きますね! と言い出す。それさえ含んで立案されるなど許容できない。そういう血にまみれたものは、自分だけで十分だとライオットは思う。
王は苦笑したようだった。今度は考えずに駒を置く。
「女のために、すべてを捨てるのかと驚愕するだろうな」
「なにも捨ててませんよ。あるいは捨てたのはもっと昔の話です。
俺は、騎士でいることが好きではありません。
たまたま適性があって、周囲がそう望んだからいただけです」
「羨むものから聞けば贅沢な話だ」
「栄光の代わりに俺は死にかけました。戻ったところで、今度こそ死ぬだけです」
「いつか人は死ぬ」
「それならば尚更、愛しい相手に時間を使いたい」
ライオットは駒を置き、あと二つと内心呟いた。
「…………そ、そうか」
驚いたように言った王は、駒を置く。
「そもそも今の俺でいいという婚約者と過去に捕らわれている元上司など比べるものでもないでしょう」
「幼馴染としての情は」
「昔はありました。今はありません。黙って辞めさせてくれれば、私的な付き合いはしてもよかったのに」
「剣の才を惜しんでのこともあるし、悪かったと思っている補填として」
「いらないと言っている相手に押し付けるようなところは、本当に、腹が立つ」
ライオットは王の言葉を遮った。無礼どころではないが、これ以上聞いていると盤をひっくり返したくなってくる。
「あなた方からの提案を断れる者がどれほどいると思ってるんですか。
俺が断るのは、結局実家が権力があり、殿下たちと長い付き合いがあって、断る選択が許されていたからに過ぎない。内心はどうあれ、喜んで受け取らねばならない立場を考えない傲慢さにつき合いきれないですよ」
ライオットはぱちりと駒を置く。
盤にもう隙間はない。
「俺の勝ちです」
「強くなったな」
「本当に、そう思いますか」
ライオットはこのボードゲームが苦手だ。手加減というものがうまくできない。
「……接待されてた?」
やや呆然とした声にライオットは笑う。
「どうでしょうね?」
王は盤を睨みつけ、少しばかり唸る。
「……まあ、勝ちは勝ちだな。
褒美をやろう」
「中立の立場で、決闘を見守ってください」
「味方しろ、ではなく?」
「公平であるべきでしょう。
国王陛下ならばお判りでしょう?」
「味方せずとも勝てると」
「当たり前です。
不正は名誉にかかわります」
「わかった。
公平に同等の関りにすることにしよう」
「ご配慮ありがとうございます」
ライオットは席を立つ。
「もう少しいてもよかろう?」
「用が他におありで?」
「出禁がいつ解除されるのか、新店は祝いの花とか送ってよいのか」
「……話しておきます。断られると思いますが。
それから、狩猟の森と避暑地の別荘はもう持っているのでいりません。家は俺の自宅があるので不要です。菜園も果樹園も伝手がありますので、ご用意しないでください。
それから婚姻はまだ先なので勝手に布とか送り付けてこないでください。宝石は実家から引き継ぐ予定もあります」
嫌な予感がして、ライオットは先にくぎを刺す。
「鍛冶屋」
「懇意の鍛冶屋がいます。道具類も頼む職人もいます」
「商人への口利き」
「弟子のひとりの実家が商会です。運送も扱っているものもいます」
「なにを贈ればよいのか」
「ほっといてほしい、だと思いますよ」
王様に気をかけられるというのはプレッシャーがあるようだった。ライオットは他人事だから大変だなと思った程度で済むが当事者からすればたまったものではないだろう。
しかし、王は納得がいっていないようだった。
「材料加工専門の店を作りたいとは聞きました。商業権などの権利関係なら受け取る可能性はあります」
迷走した挙句に変なものを贈られても困るとライオットは一応、提案しておいた。
「検討しておく」
「では、失礼します」
ライオットはこれで用件は終わりだろうと王へ背を向けた。
「長らく、世話をかけた。
私は君の料理が好きだったよ。気遣いがあった。それをきちんと他のものにも伝えなければいけなかった。私の怠慢だった」
「……職務ですので、お気になさらず」
「すまなかった」
ライオットはそれに返答せず部屋を出た。
ああいうところが侮れない。悪いところはいくらでもあるのに、いいように利用されることもあるのに、肝心なところは間違えない。
この国の王として必要なのはこういうところかもしれない。
もう関係のないことだが。
ライオットは急いで元の部屋に戻ることにした。




