聖女様と朝食
「うーん。良く寝た」
すっきりとした目覚めだった。お布団がいつもより快適だった。昨日干したっけ? ふかふかが段違いだし、と思いながら身を起こす。何時かな。
「ん?」
あたりを見回し、見覚えのない部屋にいることに気がつく。ど、どこだっけ?
昨夜の記憶が走馬灯のように駆け抜けた。
そ、そうだった! 昨日同じ部屋で過ごしたんだ。そして、爆睡した……。
「お、おはようございます」
「おはよう」
少し離れたところにいたシェフから眠そうな声で返事があった。私が端で寝ていたせいもあるけど無駄に大きいベッドよ……。寝起きを鑑賞されてキャーと悲鳴を上げる展開すらないよ。
シェフは寝起きというよりはもっと前から起きていたような雰囲気がする。
何もなかったけど恥ずかしい。照れる。同じ空間で一夜を過ごしたというのは二回目になるが、あの時はベッドなかった。生々しさのレベルが違う。
残念ながら何もなかったけど。
残念ながらっ! 何も! なかった!
手も触れる程度すらなかった!
由々しき問題では?
涼しい顔で近寄ってみた。
「な、なに?」
シェフも少しばかり驚いたようではある。ちょっと逃げ腰。
「話しにくいなぁと思って……?」
そう訴えている時になんか視界に変なの入った。寝る前には見た記憶がない。
「どこから持ってきたんです? この剣」
「昨日、シディから。レイドに預けていたものが帰ってきた」
さらっという。確かに昨日、しれっとシディ君が来ていた。その時に渡されたというのは変ではないだろう。
でも、なにか違和感がある。なぜ、今なのか。そして、手元に置いているのか。そもそも王城って武器所有の制限あったような……? 私は武器持ってないので、詳しい話を聞いたこともないけど。
危ないことでも起こる予感でもあった、ということ?
近くでシェフをじーっと見れば目の下にクマがあるような、ないような? かなり眠そうではある。
「寝ました?」
「君と一緒に居て寝れる神経の太さは持ち合わせてない」
「……それ、どーゆー」
寝た私の神経の太さの揶揄ではないよね? ちょっと心配になってきた。
「君がとても魅力的だからという話。
さて、起きたなら身支度を整える必要があるな。侍女を呼ぶ。俺は部屋を出ているから」
「え、あ、もうちょっとこう、朝のトークをですね」
「今日の予定という話?」
「……いや、その、ぎゅっとかないですか、ないですね……」
この紳士、そんな発想があるとは思えない。そもそも普通にそんなことしないのを特殊な状況だからとやることはなく。
シェフ、固まっちゃったじゃないか。
先走りすぎな私が悪い。悪いけどさー。
「ちょっとくらいこ……」
とか言ってたら、押し倒されてた。お、おう。そ、そこまでじゃないのよ。わがまま放題だけど、ちょっ……。
焦る私の頬を撫でられた。その触れられ方にぞくぞくする。
「婚約するまでは、あまり触れたくない。
抑えがきかなくなるから。知ったら、戻れない」
「す、すみません」
「まあ、何もないと思われるのもよくはないか」
「へ?」
間抜けな声が出た。
「悪いのは煽ったシオリさんだからな?」
悪い顔してた。
あ、っとおもったときにはもう、首筋を噛まれてた。
「い、いたい」
「残すならこのくらいしないと」
なにかあったと思わせぶりに首筋にキスマークつけられたということなんだろう。
ものすっごい満足そう。愉悦って感じ。
「なんか、もう、俺のって感じですね」
「逆じゃないのか」
逆。
つまり、ライオットさんは、私のもの。
ライオットさんが私のものというのであればーと欲望が爆走しかけたので、打ち切った。
「じゃあ、お互いのものということで」
その辺が落としどころだろう。ものというのもどうかと思うけど。
「それなら俺にもつける?」
「え、遠慮しておきますっ!」
残念そうにされたけど、そんなの逆に押し倒すわっ!
それ以上何か言いたくなくて、シェフの胸のあたりを押す。そろそろ離れて欲しいところだ。目減りする理性が危険領域に突っ込みそう。
私の意思表示はわかったようで、離れてもらえたが、ベッドからも出られてしまった。
「着替えてくる」
そう言ってシェフはすぐに手の届かない場所までいってしまう。
くっ。機動力をなめていた。
「侍女を呼んでおく。くれぐれも注意するように」
「はぁい」
迷惑かけないように、ということだろうか。そう言って部屋の外に出ていった。ちゃんと剣も持って行ったらしい。いつの間に。
ほどなく侍女たちがやってきて身支度を手伝ってくれた。急遽泊まったため着替えというものもないので、これもまたお姫様が貸してくれた服なのだけど背中にリボンとかボタンがある服でね……。一人で着脱不可なのだ。
脱ぐときにはまたもや誰かの手が必要になるのだけど、今は考えないことにする。
着替えが終わってもシェフは戻ってこなかった。
シェフが戻ってきてから朝食をもらうことにして、まずはお茶をもらうことにした。お構いなくと言ったのだが、侍女たちとしてはお仕事をせねばならないようで用意されてしまった、というところが正直なところ。
昨夜はあまり食べなかったので、空腹である。糖分をお茶でとるしかっ!
ざらーっとスプーン三杯分入れてちょっとずつ飲む。あまい。
飲み干してもシェフは帰ってこない。着替えと言いながらなにか別件があったのかも。
「聖女様にお会いしてきます」
手持ちの強カード切っておこう。出し惜しみよくない。すぐに動き出す私を侍女さんたちが止める。聖女が権力者であることは間違いなく、機嫌を損ねるのはまずい相手だからだろう。
「お友達なので大丈夫ですよ」
何なら心の友とか言われてる。それ、都合いいときだけのやつでは? と疑念を抱いたが。
おろおろする侍女たちを押し切って部屋を出た。扉の前に騎士っぽい人が二人ほどいた。こういうのは二人セットで動くらしい。なので二人いるのは通常通りだろう。
ただ、なんで部屋のそばにいるのか。
「お部屋へお戻りください」
「すみません。
殿下たちからきつく外に出すなと言われております。
ライオット殿ならすぐに戻られるとおもいますよ。たぶん」
……たぶん。
長くしゃべったほうの騎士を見れば露骨に顔を背けられた。ちっとぶっきらぼうなほうの騎士が舌打ちしている。
無理に押しとおることは出来そうだけど、それも最良とは思えない。気にはなるけど、一応はそこに理由があるということにしておこう。
「伝言をおねがいしたいの。できるかしら」
室内にいた侍女を用事をお願いする。
「どちらに、ですか?」
「聖女様に朝食を一緒にと」
外に出れないなら、呼びつければよい。
侍女を送り出してほどなく、聖女様がやってきた。朝から元気いっぱいである。
「シオリーっ! 朝ごはん二回目だけど食べに来たわ」
……二回目。衝撃だ。
テーブルの上に朝食を並べられ、私たちは席に着く。
食事前に祈りをささげるのは様になっていた。なんか、料理がぴかっと光ったのは謎だけど。祈りじゃなくて魔法かなんか使ったのかもしれない。毒見、的な。
ひときわ光ったのが私の前のお茶というのが不穏である。食べ物も気を付けたほうが良さそう。飲んだお茶、大丈夫だったんだろうか……。今のところ実害はないのできっと大丈夫だった。
「で? 用事はなにかしら」
パンにバターを塗りながら早速切り出された。バレバレだったらしい。少し気まずいが、ほかに頼める人もいない。
「ライオットさんが戻ってこないんですよ」
「あらら。それは心配ね。ちょっと探してもらうわ」
心配してそうな口ぶりでもないけど、探してはくれそうだ。ちょっとほっとする。
「承知しました」
まて、なぜ急に黒装束が部屋にいる。聖女様は平然と頼んでいたけど、誰もが驚いて、いや、侍女さんたちは驚いてない!? 日常!?
「ほんとはシェフに一人こっそりつけようとしたの。断られたのよね」
「嫌がりそうですけどね……」
「それで面倒に捕まっているようではね。
あなたたち一度下がりなさい」
聖女様は侍女に命じていた。一瞬不服そうな顔をした人もいるけど、言われたように部屋の外へ出ていった。
「一つ気になることがあって」
真剣に言われて私は身構えた。
「そのキスマークってなんかいろいろあった?」
「……残念なくらいなにもございません」
無の境地で答えた。答えないでなにか邪推されるのも嫌なので。ほんとデリカシーのないことを……。
あ、やっぱりと呟かれた。
「そんなこと聞くために人払いを?」
「いや、ほんと別件もあるって」
ぎろりと睨むと聖女様は慌てている。
「飲み物は注意して。できれば、水で済ませて欲しい。変な味が必ずするから」
「毒ですか?」
「毒殺まではいかないけど、長期服用で体調不良みたいなものはあいさつ代わりにやってくるんだよね……。ささやかな嫌がらせ」
げんなりしたような顔だ。思ったより殺伐としているな。ここ。
「私の場合には王位継承が絡んでたからよりひどかったんだと思うけど。
そのお茶もお薬入り」
「気をつけます」
「ここのお茶、砂糖を加えるとなぜか毒消し効果があるみたいで、砂糖を入れまくるといいらしいよ。
鑑定結果であって、こっちでは俗説扱いらしいけど」
「……砂糖いれときます」
思い返すとお茶を飲んでいる時、侍女の一人がドン引きしていたような気がしたのだが、それ毒が効いてないと思ったからなのかも?
というか私に毒を盛る意義あるの!?
「カロリーより命大事。
それともう一つあって」
「なんですか?」
「決闘ということを表に出さず、別のイベントとして開催するのはどうかな。
必要以上面子を潰すのは良くない。まあ、面白くはないけどね。できれば、殴り倒してもらいたかった!」
ぐぐっと拳を握り締めている聖女様。意外と力強いから殴り倒せそうな気がするな……。
いや、そういう問題ではない。
「さすがに次の王様、物理で倒すわけには……。それにそれで勝ったら力こそがすべてって感じになりますし」
「まあね」
「イベント化することは構いません。
あれですね。
国一番の大食いを決める大会、ってのはどうですか?」
この世界にはまだ大食いという文化がないようだし。そこまで食糧事情が良くなかったということもあるようだけど。
「われこそが、いちばんの」
「負けそうなのでやめてください」
無限のオムライスでも聖女には負けそうな気がした。




