忌憚なく申し上げてよろしいでしょうか。
その日の夜会は結構長い間、語り草になった。私にとっては若気の至りということでどうぞと数年どころか数十年言うことになることは想定していなかった。
そうわかっていたら、しなかったかというと違うのだけど。
その日の夜会で何があったか。
平民の女が、王太子に決闘を申し込んだ、である。
それも婚約者に対する侮辱を撤回させるために。
私としては相手から喧嘩売ってきたんだから買ってもいいだろうという気持ちである。
この夜会は音楽会。最初に軽食・ご歓談のあと別の場所へ移動し、鑑賞会になる予定だったらしい。お城には音楽や観劇するためのホールが存在するそうだ。見たことないけど。
軽食なので半立食形式で、おすきなものをどうぞと料理が並んだ一角があった。そこで料理の解説を聞きつつ、味見しつつの時だった。
ざわめきとともに彼らが現れたのは。
「楽しんでいるかい?」
気軽な口調で、王太子殿下に話しかけられる。
……事前に予習した応答問題になかった声掛けされた。こちらから挨拶に行かなければ勝手に来ることないって聞いたんだけどっ!?
困ったとシェフを見上げればやや眉を寄せながら私よりもやや前に出た。後ろにいてくれということっぽい。半歩くらい下がったところで微笑む係をすることにした。
「お招きいただきありがとうございます」
私の代わりにシェフが答えてくれる。
そこから普通に雑談を振られ、普通にシェフが答えているんだけど……。本人からは聞いてないが、やはりそこそこ親しそうには見える。少なくとも相手に恐縮するとか遠慮はなさそうに感じた。
「ああ、ライオットとは幼少期からの付き合いでね」
私の怪訝そうな雰囲気が伝わってしまったのだろう。王太子殿下はそう言い、シェフもうなずいていた。不本意だが、同意する、というニュアンスが伝わってしまった……。
それにしてもものすっごい経歴ぶん投げてる。少し周囲の人の気持ちがわかったかもしれない。もったいない、と思っても仕方ないかも。
だからと言って説得する気もないけど。
「今は少しも付き合ってくれないけど、今後は違うようになるだろう」
それってどういう? とシェフを見上げるとやや嫌そうな顔。なんか、あったようだ。教えてくれればいいのに。
「その件はお断りしました。
今後はただの国民として暮らしていきますと」
「父は承知したらしいが、その才を棒に振ることはない。
元のようにアザールの元で働けばいい」
「無理です」
あっさりと断る。そ、そんな断り方して大丈夫かとちょっと不安になってきた。
周囲がざわつき始めている。王太子殿下直々のお誘いを断ってるんだからそうもなろう。
「無欲なふりをするのもいいが、もう少し貪欲に求めてもよいだろう」
「ふりじゃねぇし」
……ものすっごい小声だったけど聞こえたぞ。周囲にはほとんど聞こえなかったようで無反応だけど、王太子殿下がちょーっと表情が引きつった気がする。
弟子が言ってたのってこれか。
「変わらないね。
ほら、意地を張らずに戻ってきなさい。料理は趣味でもいいだろう。その程度の時間はとれるはずだ」
「お断りしています。
私は、料理人として生きていくことにしておりますのでどうか他を当たってください」
「栄達とは無縁のその程度で」
「私などその程度です」
「もっと優れたことがあるのに捨てるのか」
「もう、終わったことですので」
「君には期待していたのだがね」
「申し訳ございません」
……。
ポケットに手を入れて、手袋を確認する。
よし。
なんか、ルイス氏に師匠と声をかけられたけど黙殺した。黙っていたまえよ、君の兄だろ。アレ。止めるならあっちな?
私は相当我慢しているよ。ここで引いてくれるなら何も言わずに、何もせずに済ませたいからね。
ただ、断ってんだろうがよ! とは内心思っている。
断りまくっているシェフが悪いみたいな雰囲気が気分悪いわっ!
「君も騎士の妻のほうが良いのではないか?」
王太子はターゲットを変えたらしい。
私は微笑む。
公衆の面前で、外堀を埋めるつもりで、墓穴を掘っている。
「忌憚なく申し上げてよろしいでしょうか」
「構わない」
「余計なお世話です。
私は、今のライオットさんを愛してます」
騎士のライオットなんて知らない。もし知っていたとしても、選ばない。
私が好きなのは、まじめにちゃんと安全でおいしいものを提供するシェフなのだ。
「え、あ、あいして?」
流れ弾でシェフがあたふたしている。なんかかわいい。愛でたいがそう言う状況でもない。
「今の彼には君の望みをかなえることはできないのではないかな」
「いいえ。彼こそが、私の欲しいもの。
あなた方が見向きもしなかった、大事なものをもっています」
「なにもあるようには思えないが」
「あら、殿下、私の婚約者に対する侮辱ですわ」
私の返答は手袋付きだ。
投げつけられた王太子はぽかんとした顔をしている。
「決闘を申し込みます」
今の彼に価値がないなんて勝手に決めつけるな。
しんと静まり返った中でわりとすぐにシェフは復帰した。慌てたように私に向きなおる。
「俺は気にしないから、撤回してほしい」
「ダメですよ。
私も侮辱されたんです。私が地位とか名誉とかお金とかに揺らぐと思ってそれで説得してくれると考えてるんですよ。許せません」
「しかし」
まだまだ言いつのろうというシェフの前にひざまずく。
聖女様のところで色々練習した騎士仕草が役に立つ日が来るとは思わなかった。
「あなたが受けた侮辱を撤回させる誉をいただきたい」
そう懇願する。
シェフは苦い表情のまま黙った。
しばらくして、シェフは大げさなため息をついた。
「……許します」
「よかった」
「あとで、話がある」
「……はい」
お説教はちゃんと聞くつもりはある。目標は達成した。
ここで撤回させることは不可能であり、人目もありここまで大げさにやってはなかったことにもならない。そこまではわかったのだろうし。
そこからは速やかに決闘の段取りやら種目やらが確定し、王太子殿下が断るというタイミングを与えられなかった。
第三王子と第四王子が退路をがっちり潰していたのは意外だった。同母であり仲は悪くないと聞いていたのだけど、事態はかわっていたのかもしれない。
アザール閣下は王太子の動きを想定していなかったとこっそり謝罪に来たが。
「許しません」
笑って拒否しておいた。お前が未練がましいからだこの野郎、と言わなかっただけ偉いよ。私。
一番意外だったのは、王太子妃殿下で、一連のことを冷ややかに見守っていただけだった。私空気です、みたいな雰囲気から、なにいってんのこいつ、までの変化があった。もちろん王太子に向けた視線である。政略結婚だとか他のお姫様たちから聞いていたからもしかしたらさほど仲良くないのかも? よそのご家庭の話には首つっこむきはないけどさ。
なお、レイドさんからはサムズアップをもらった。めっちゃいい笑顔だった。
この件で夜会が終了するとまではいかなかったけど、私たちはさっさと抜けることになった。
そして、そのままお城にお泊りすることに。
用意された部屋に着くなり、シェフに尋問された……。
アザール閣下のお手紙の件とか、少々周囲や過去のことを調べたことを白状することに。
頭を抱えられたけど、私も疑問点はある。
「ライオットさんもなんかしてません? 急な夜会のお呼びとか、夜会で王太子殿下から声をかけられるって異常事態ですよね?」
「……ちょっと前に、少し」
「少しって何ですか」
「お前らの駒にはならない、と」
「それだ」
さりげなくフェードアウトじゃなくて、きっちり縁切りを宣言してきたのか。
そこまで言うつもりはなさそうだったんだけど、私の知らない何かもあったんだろう。
「お互いよく知り合ったほうがいいですよねぇ」
視線が泳ぐシェフを問い詰め、隠し事を聞いた。ふぅん? ぶっ飛ばしてもよかったなぁと後悔してる。なんか、どうしてもシェフに復帰してほしかったらしい。
この件が原因でご実家のお兄さんが襲来したようだ。
以前から侯爵家の娘さんと王太子殿下の子の婚約させてもいいよ、シェフを復帰させたらね? という打診があったらしい。国境行きもなし崩しに本職に復帰させてしまえというところもあったが、失敗。むしろお城を辞めるという話になってしまい、どうにかしてと要請があったそうだ。
お兄さんは娘の良い嫁ぎ先のために、ちょっと説得してくれないかなと私をお迎えに来たらしい。当主たるお父さんも挨拶来ないとか言っていたし、ちょうどいい言いわけがあると。しかし、その先も失敗し、もう無理とシェフがきっちりと縁切り宣言するに至ると……。
私の情報をきっちり集めていれば、襲来事件は避けられたところだけど。他もだいぶやらかしてる。
ただ、なんで、そんなに戻ってほしいのか、というところが埋まらない。
アザール閣下がやるならわかるんだけど。シェフは皇太子殿下とはそんなに親しくない、と本人が言っている。ただ、これ、なんか違う認識があるのかも。
そうして、あれこれ話をしている間に、聖女様などの来客があり、対応したりして夜が更けていき。
人がいなくなったあと、この部屋にベッドが一つしかないということに、ようやく気が付いた。婚約者同士なら同じベッドでいいって話!?
いや、ここは冷静に続き間もあるのかもと部屋にあった別の扉を開いた。普通にお風呂だった。部屋にお風呂付、豪華だなぁと現実逃避しても、ベッドは増えない。
シェフもさすがに気が付いたようで、困ったようではある。
「……部屋着に着替えます」
問題を先送りして、着替えることにした。着替えはもってきてないが、王女様が貸してくれた。お付きの侍女の人がひとまず置いていってくれて、着替えするときは呼び鈴を鳴らしてくれればいいと。
侍女の人を呼んで、湯あみをして、部屋着に着替えて戻った。心得たように侍女の人はすぐに部屋を出て行ってくれた。
お、おう。短時間でできる限り綺麗にしてくれたけど、そんなのなにもないよ。
ないのよ……。たぶん。
「さっぱりしました。ライオットさんも、どうですか」
「…………そうだな」
しばし見られたあとに気まずそうに背を向けられた。私が着ているのは標準的薄手のロングワンピースな部屋着だ。しかも中にショートパンツも履いてる。色っぽさがゼロだというのに、この反応。
うむ。
背後から強襲すればいいのかな。
よし! 婚約者だと周囲につたわっているわけだし!
「先に寝ていていい」
「えぇ?」
なにかを察したかのように逃げられた。ちっ。
まあ、先に寝ていいといいとは言われたものの寝れるわけもなく、ベッドに転がった。ふかふかでもほどほどに硬いという絶妙さ。いいマットレスは違う。
少々の睡魔に襲われ、そこからしばし眠っていたらしい。
「風邪をひく」
そんなちょっと呆れたような声とともにお布団をかけてもらった。ようだ。
残念ながら、朝までそのまま爆睡してしまったのである……。
無念。




