決闘いたしましょう?
「あら、殿下、私の婚約者に対する侮辱ですわ」
ルイスが、あ、と声が出る前にやけに白い手袋を王太子に叩きつけていた。
剛速球。といつの間にか近くにいた聖女が感心したようにつぶやく。
「決闘を申し込みます」
そう言って挑発的に笑う彼女。
あたりは静まり返った。
やっぱりやっちゃったか……とルイスは思う。
ルイスが見ていたのは、王太子夫妻が彼女たちのもとに近づいていったところからだった。次期王ともあろうものが臣下のもとに赴くというのは、普通はない。
まずいと他の兄弟の位置を確認してもすぐに阻止できる場所にいない。それぞれ足止めされていた。王太子と手を組んだはずのアザールもそれに気が付かないような位置取りをされている。
ルイスにしても弟の初夜会で付き添いをしている立場である。弟を紹介している途中で中座するわけにもいかない。こういう時に限って、長話で有名な子爵である。すみません、急用がと切り出そうかとルイスは口を開く。少々心証が悪くなるかもしれないが、背に腹は代えられない。
「あら、お久しぶりね」
ルイスが何か言う前にそう声をかけてきたのは、侯爵夫人だった。店関連で顔見知りである。
「悪いのだけど、少し用事があるの。
連れて行っていいかしら」
そう言って二人を連れ出してくれた。
「揉めそうよ。私は、縁切りされたから、直接は手出しできないの」
「ありがとうございます」
急いで近づくが、シオリは最初はにこやかに話をしていた。ところが、ルイスが会話が聞こえるほど近くになるころにはその表情が冷ややかだった。数分もかかってない間にそんな顔になるとはなんの話なのか。
「し、師匠」
声をかけたが、ちらりと視線を向けられただけだった。王太子より弟子を優先するわけにはいかないという態度に見えたが、本音は違いそうだった。
それならばとライオットを見るが、彼は知らずに火に薪を投げ込むようなことを口にしてしまった。シオリの無表情が一転し、にこやかな微笑みに変わる。
「余計なお世話です。
私は、今のライオットさんを愛してます」
これほど、怒りのこもった愛してるもないだろう。そう言えば、寄宿舎を馬鹿にされたときも、私の大事な場所を侮辱するとは、覚悟ができてるでしょうね? と、四番目の兄に微笑んだ。
そして、周囲の予想を裏切るような技量を見せ、叩き出した。
この子たちは見捨てられたんじゃない。これから、お前らを捨ててやるんだよ。忘れんな。
そういう捨て台詞も叩きつけて。
大事、で、これだ。
愛してる? それなら、どこまでするかわからない。ルイスは冷や汗が出てきた。
「今の彼には君の望みをかなえることはできないのではないかな」
「いいえ。彼こそが、私の欲しいもの。
あなた方が見向きもしなかった、大事なものをもっています」
「なにもあるようには思えないが」
あ、ダメだ。
そこからは早かった。いつの間にか持っていた手袋を投げつけ、決闘を申し込んだ。
投げつけられた王太子はぽかんとしていた。あんな顔、見たことがない。
ようやくこの場に来たアザールも困惑している。
その隣でレイドが肩を揺らしていた。笑いをこらえているに違いない。
しばしの沈黙の後、ライオットは慌てたように撤回してほしいと言っていたが、ダメですよと彼女は笑う。それどころか、騎士の礼をとる。あなたが受けた侮辱を撤回させる誉をいただきたいと。
あら、かっこいい、と周囲の女性からの声が聞こえてきた。
少し離れたところに位置取りしていた侯爵夫人は気骨のある嫁だわぁと嬉しそうである。いつ嫁になったと言えばいいのか。
その隣にいる女性はご機嫌に書記官を呼べと命令を下している。時々、店の手伝いをしてくれる人のため、ルイスも顔見知りだった。多少の経歴を聞いてもいたが現宰相を顎で使えるとは聞いてない。
聖女様が、さっすが、私のシオリと言っているのは通常営業だ。
お姉さまかっこいい、と呟く弟。
目がキラキラしてんなぁとルイスはちょっと現実から逃避した。ちょっとだけ。
「決闘の方法は?」
ユーインがその場に割り込んだ。後ろからジョスも続いている。
「大食いです」
「は?」
これは誰も予想していなかったことだろう。ルイスも代理人を立てることになりそうだと思っていたくらいだ。
「大食い。料理人として侮辱を受けました。ですので、料理でわからせて差し上げます。
私の出した料理を食べきってください。どなたが出ても、人数の制限も致しません」
不可解な条件に周囲が戸惑う中。
「……うわぁ」
その意図を知っているのは、その場ではルイスだけだった。作ったじゃない、出した料理だ。
シオリは、絶対確実な勝利確定を狙っている。
この世には、食べても無限に湧いてくるオムライスという食べ物が存在してしまっている。




