女子会と夜会
……。
拉致された。
ライオットさんが終業後、弟子に拉致された。もう、心情的には、え、ええっ!? という感じで。
「なにが、男には男の話がある、だ」
それを言ったのはグスタフであったのが意外ではあったけど。
それなら、女には女の話があるのだ、ということで急遽女子会をすることにした。
ローラさんとシアさんと従姉と聖女様を召喚。聖女様が持ち込んだお酒により、ちょっと大人な女子会となった。
女子会につきものの恋愛トークに明け暮れた数時間だった。まだ話足りないということで今度延長戦の約束をしている。そのうちに休みを合わせて、豪華宿屋のスイート借りてとか夢のある話になった。
事前に話をしていたらしく従姉の旦那の錬金術師が夜遅くなる前に馬車で迎えに来てくれ、ローラさんとシアさんもご自宅に送っていくことになった。
気が利くでしょと自慢げな従姉には、はいはい、素敵な旦那様になりましたねと返しておいた。言われた当の本人が挙動不審になっていた。
従妹もほろ酔いだったからな……。いつもよりデレていたようだ。
さて、片付けだ。
汚れものはキッチンに運ばれている。片付けも手伝うという彼女たちは酔っ払い。程度の差はあるものの皿洗いなど任せるのは不安である。丁重にお断りした。お気に入りのお皿の安全を守れるのは私しかいない。
皿を洗いながら、なんとなく女子会の内容を思い返す。
とりあえず、ローラさんの元婚家については、あとで顧客リストにいるかは確認する。私情だが、付き合いについては考えなおしたい。
あとはまあ、弟子たちにもちゃんと結婚できるような給料払うか独立支援かする話をなんとかしないと。すぐには無理だけど数年のうちには達成しないとな。婚期ぎりどころか結婚する気なさそうなやつらだが、したくなったときに金がないというのもまずいだろう。
ずっしりくるな。人の人生背負ってる感ある。
まあ、一つずつコツコツと、だ。
……そのまえに、もっと問題が起こる予定ではあるのだけど。店潰れたら、ごめんね! ということは言わない。なんか察している弟子はいるかもしれないけど。
わるいが、私には譲れん主張がある。
そんなことを考えながら夜は更けていき。
思ったよりは早い時間にシェフは帰ってきた。急にキッチンに現れたと思ったら、呼び鈴を鳴らしても反応がなかったからそのまま入ってきたそうだ。
やっぱり聞こえないと困る。困るのだが、修理のパーツが足りず、取り寄せ中。まだ、しばらく困ったままだ。
明日もお仕事はあるので、ちょっと明日の準備だけして、寝ることになった。とても健全。不本意である。
翌日は普通に起きて、朝食もイベント発生せず、普通に一緒に食べて、お仕事に見送った。いってきますのキスはと思ったら、手の甲にされた。違う。それじゃない。でも、なんかドキドキした。
……それ以外は新婚超えて10年目くらいの雰囲気しないかな。おかしいな、初々しいのどこいったかな?
首をかしげながらもいつも通りに、開店準備をする。弟子たちも今日はシフトで組んだとおりに出勤し、店と借りている厨房へと別れていく。新装開店もそれなりに準備がいるので、書類仕事など色々ある。
それから、従姉に頼んだものを忘れてないか確認の手紙を書いておこう。お酒とともに記憶も抜けているかもしれない。
最終兵器はきちんと用意しておかねば。
そこからは平穏な忙しさの日々が過ぎていった。ある意味平穏過ぎた。
仮店舗での営業もおちつき、修繕もそろそろ終わりというころ、私が夜会に招かれた。今までにないことである。
シェフの同伴者として、という指名が嫌な予感するやつーと思う。
「断ったら、どうなる?」
弟子に試しに聞いてみた。
「ライオットさんなら一人で参加するかそもそも出席しないと思うので、師匠に話が来る前に断られていた、ではないかと」
「……なるほど」
シェフに最初に話が来て、それを断ったから、私に回ってきたと推測できると。まあ、確かにこういう招待状を私に先に送られるとは考えにくい。もし、先に私に来ていたとしたら、また別の意図がありそうである。
ふむ。断ってもあれこれと手を尽くされそうだ。次がすぐに来るとか、断りにくい筋から話が出るとか。なら初期に対応しておこう。
ライオットさんにもお手紙を書いておこう。お誘いいただいたからいきたいなぁ、と。
あくまで、たのしそーというニュアンスで。裏に何かあるなんてしらなーいという風だ。どこかから滲みそうだけど、まあ、それは諦める。
翌日には、君がそう言うなら系の渋々な同意をもらえた。ついでにその夜会の準備で今週のお泊りがなくなったことも書いてあった。……おのれ、夜会め。
「誰かドレスの手配の仕方、教えてくれそうなご家族いる? 既製品の手直しくらいで、後々も使えそうなデザインで」
お気軽に弟子たちに募集したら、その翌日には、うちのドレス貸しますから、仕立てならうちの贔屓があります、どうせならオーダーしますか、採寸来てください。までやってきた。
……お、おう。と私がびびって数日置いているうちになぜか、弟子のご家族、主に奥様方に結託され、仕立屋に呼び出された。
呼び出された先にいたのは、カレンのお姉さんだった。
「若い娘のほうが感性が近いでしょうと奥様方にはご遠慮してもらいました」
カレンのお姉さん、シャノンさんはそう言って苦笑いしていた。
彼女は手慣れた様子で店員さんと相談し、既成のドレスを用意してくれた。
何点か試着して、なぜオーダーしますか、という話になったのかわかった。私、この国の平均身長を超越していた。
普通に着る服ではあまり困っていなかった。この国でのスカート丈はふくらはぎの半ばからくるぶしまでの間である。私でも長めの丈を選べば大体この範囲に入ってくる。
例外として長さが厳密なのは夜会などで着用されるドレスで、床ギリギリまでの長さで作られる。昼用ドレスはちょっと短くてもいいようだけど、夜用はそういうお目こぼしなし。
今回は、夜会用ドレス。しかもお城での夜会。ドレスコード守るべきやつ。
となると着れる既成ドレスない……。借りれない。ということはもうセミオーダーからはじまってしまう。
「私も大きいほうなのですけどね」
一応用意してきたというシャノンさんのドレスも借りたけど、ちょっと短い。ハイヒールとかパンプスでもない靴で、である。当日はきっとそういう感じの靴も履くからきっとダメだ。
大人しく採寸され、元になるドレスを選び、ちょっと着て少し直してと一日作業だった。シャノンさんによる夜会についての講義も隙間に挟まってる。彼女もメモ見ながらだけど。奥様方の知識の結晶としてのメモをもらったらしい。
店の顔として出ていくので、失敗なんてもってのほかだからなぁ……。普通は。
会食がメインのものから、市井で有名な芸人や音楽家を呼んだ観賞会のようなものまであるらしい。踊るようなものは、年に2回ほど王家主催で行われているそうだ。それ以外ではほとんど見なくなったらしい。もし開催するなら伝統的なという言い方をされているそうだ。
今回私が呼ばれたのは、立食形式で出し物がいくつかあるものであろうと推測されていた。主催者は王家ではあるが、月一定例みたいなものらしい。規模は小さい。貴族ではない功績があったものを呼んで、褒める側面もあるそうだ。王様から声がかかることもあって、名誉と言えば名誉。
マナーについてはそれほど問われることもないらしい。それなら服装規定も緩めてくれればいいものを……。
ひとまずはアンネマリーさんのところでマナーの確認がいる。
……めんどい。ただ、話を聞く限りではどうせいつか呼ばれたような気がする。むしろ、今まで呼ばれなかったのがちょっと不思議ではある。
いろいろ終わったあとに、シャノンさんに礼をいい帰宅。ご相談に乗っていただいた方々にはあとで弟子経由でお礼を送っておこう。一人で調べるよりだいぶショートカットできた。
シャノンさんに託されていたメモもいただいたけど、言えないような情報も書いてあった。
社交は情報戦である。そんな感じ。
それからしばらくして、夜会の日が訪れた。短い期間でドレスを仕上げてくれた仕立屋さんには感謝である。
着付けも自分ではできないので、お店でサービスで着付けしてくれた。髪結いの人も呼んでくれて、至れり尽くせりである。仕立て代に上乗せはできないのでせめてもの詫びとお店のお菓子の差し入れをしたのがきいたのかもしれない。
「…………おぉ」
お店の方に迎えに来てくれたシェフは、いつもと違った。
いつもは前髪あるけど、今日は後ろのなでつけられて顔が良く見える。切れ長で涼やかな目元が見える。ほんと顔立ち整っているんだなと感じた。確かにシディ君と似ているところはある。
「変か?」
「かっこよすぎて語彙力がなくなりますね!」
おっさんと自虐するわりに若い、顔がいい、体もいい、と揃ってるじゃないか、と突っ込むところのような気もする。
本人の自認というのは厄介なものである。まあ、厨房にいるときは、どれも感じ取れないところなんだけどね……。あれはなんかの偽装なのか。謎過ぎる。
「その、君もきれいだ」
「ありがとうございます」
普通の言葉も言う人によって効果が違う。
にっこりと笑ってエスコートしてもらう。近くで待たせていた馬車に乗り込み、いざ出陣である。
このドレスには、隠しポケットがついている。普通はハンカチなどの小物を入れているらしい。今日は全く別のものを入れているが。
「機嫌が良さそうだな」
「おいしいごはん食べられるかなって」
「副料理長が泣きながらなんとかしていたな」
「日々試練ですね……」
いきなり責任者を任せられた彼には同情を禁じ得ない。しかし、早く、引継ぎを終わらせていただきたい。
「そういえば、そのまま副料理長が料理長になるんですか?」
「いや、ほかのものが就任する予定だ。料理長になるなら、仕事辞めると大騒ぎして結局そうなった」
「……ご愁傷さまです」
外部から人を連れてきて安全なのか、というところはあるけど、シェフが口出ししないんだから大丈夫なんだろう。
そこで一度会話が途切れた。良い馬車のようで揺れはすれどそれほどおしりも痛くならない。クッションが良いのか、どこのクッションとぼんやり考えているとガラス越しに見られているのに気が付いた。
「……なんです?」
「本当にきれいだなと思って」
「そりゃあ、労力かけましたからね。
ライオットさんに綺麗と言われるだけで価値があります」
「誰が見てもきれいだから安心していい」
それは言い過ぎ、と思ったけど、なんか照れる。
「俺にはもったいない気がする」
自信なさそうに言うけれど、今のシェフと並ぶと見劣りするの私の方だと思う。
それくらい、かっこいい。けど、なんか別人みたいで落ち着かなかったりする。やっぱり、いつものシェフがいい。そう思っていることは言わない。
「私はライオットさんがいいんです。
私、勝ち取りますよ」
腕利きのシェフをもらうのは、私だ。
総取り。誰にも分配しない。
悪いが、私は強欲なのだ。




