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召喚されて三年、聖女に気に入られ無茶振りをされた結果、店と弟子を持つことになりました。  作者: あかね
新装開店。~支店営業始めます?

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誤解ということで。

 師匠はなんかよくわからんけど威圧感ある。

 というのが弟子共通の認識だった。何かスイッチがあるらしく、大体はコックコートやエプロンなどを身に着けて厨房に入ったらが発動条件のようだ。

 と思っていたが今日は、大人しい。

 ものすごく、大人しい。


 フェリクスは少々面白くない。


「わっかりやすっ」


 こういったことに我関せずといったところのエイルマーですら、そう言いだすわかりやすさ。

 少し困ったような目で見られていることも気が付いてなさそうなところが、イラっとする。


「まあ、一日くらいはいいんすけどね」


「良さそうな顔してない。

 あと一時間もしないうちに、忙しくなっていつも通りになるよ。気にしない」


 フローリスは軽い口調で言うが、それはそれで心配ではある。

 要するに、師匠が心配、ということだ。


 失恋でもされて落ち込みまくる師匠は扱いに困る。急に旅に出るとか、閉店するとか言いだしかねない危うさがある。

 失職しても最低限、どこかで菓子を売っていけそうな能力はあるが、それはあくまで最低限である。


 ぜひとも師匠には仕事を全うしていただきたい。

 そのあたりは弟子一同の願いであるが、直で言うわけにもいかない。こっそりひっそり、見守るくらいしかやることはないし、フォローできるところはしておきたい。

 自分たちのキャリアのために。


「ま、あの人、師匠にべた惚れだから心配ない」


「そうそ。フライパン振り回しても、引かなかったし」


「それは本当にな」


 思わず彼らは師匠に視線を向けた。華奢とは言わないが、その細い体のどこにその打撃力が、というところはある。やはり日常的に腕の筋肉を使っているせいだろうか。


「なにかしら」


 振り返った師匠はいつもより目力が強かった。余計なことを言うなよという圧を感じる。

 やはり、その後ろで苦笑しているライオットには気が付いていない。


「ばれてるってのに」


「それなー」


 そんな共通認識はあるものの指摘はしない。進んで地雷を踏みに行くこともあるまい。

 フェリクスは仕事に戻ることにした。いつもと違う一日でもやることというのはなくなりはしない。

 そして、フローリスの予想通り、すぐにいつもの通りになった。


 仮店舗ではお昼過ぎの一時間程度、店を閉めている。昼食兼荒れた売り場を元に戻したりする作業のためだ。厨房というより大きめのキッチンなので、昼食は客席でとることになっている。

 今日の昼食は、豚肉の紅茶煮。塊肉が美しくスライスされ、盛られている。


「さて、みんなに報告しておくことがあります」


 師匠が皆がそろったところでそう切り出した。


「先日の侯爵家とのことは、誤解、ということになったので、よろしく」


 詳細説明なし。ライオットのほうが、え、それでいいの? という顔をしている。

 余計なことを言わない、というのは、弟子たちが余計な気を回さぬように、という対処だ。明らかに残念そうな顔をしているやつが何人かいる。

 師匠が、というより、それも含めて店もバカにされているということが我慢ならないというところだろう。


「店に来ても追い返さないように。普通のお客様対応。問題があったら、教えて。出禁にするから」


 それで話は終わり。ではなかった。


「あ、そうだ。みんな狩猟とかするの?」


「この数年、狩猟大会もありませんが、狩りはできると思いますよ」


「どこかからお誘いがあったんですか? うちの狩猟犬が張り切ります」


「……あの子が? まあ、いいや。誤解だけどお詫びに森もらったから、そのうちしよう。ローゼンリッター杯狩猟大会」


「…………森?」


 さすがにざわめいた。そして、納得もする。そんなものもらったら、ま、誤解で、という話にしておくだろう。狩猟もできるような森は、かなり大きい。太っ腹なのか、それほど関係悪化を恐れたのか。

 どちらもたぶん、違うだろう。

 フェリクスはライオットを見た。

 つまりは、アレで破談になるのは困るというところだろう。疎遠と言いながらも別に関係が悪いわけでもないらしい。そうでなければ後継である甥を任せることもないかと思った。

 フェリクスとは全くどこも違う。人の劣等感だけを煽っていくが、本人が悪いところは全くない。だから、言いはしないが、やっぱり思うところがないわけでもない。

 フェリクスは黙って賄いを食べることにした。さっさと仕事に戻ったほうが精神衛生上いい。


 午後も何事もなくいつも通りの忙しさで過ぎていった。

 夕方にも少しの休憩があるが、これは一人ずつ少し抜けて戻るようなものだった。


「ちょっといいかな」


 先にちょっと休んでいたフェリクスにそうライオットがこっそりと話かけてきた。

 個人的に話しかけられるのは初めてかもしれない。少しだけフェリクスは身構えた。


「なんすか」


「家と交流は残ってる?」


「血縁上の父とは断絶してるっすよ」


「そうか。現派閥もよくわからない?」


「なんの話か知らないっすけど、急に王太子殿下に接近してるって話は聞いたっすね」


 なんのつもりか知らないが、年の離れた姉がそう言えばと教えてくれたのだ。

 教えてあげるから、私たちが敵ではないと師匠さんに伝えてくれる? と。王族すら出禁にするような店主にちょっとびびったのかもしれない。弟に冷たいと同じように扱われるかもしれないと。

 鼻で笑ってやった。

 店に手を出すようなバカでなければ寛大ですよ。どうかしてるくらい。そういうと鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていた。


「うちは父の代では、中立派になるそうだ」


「……親王家派から脱退っすか」


「元々親王家派ではないんだ。父が今の陛下と近しかったから、そうなっていただけで。

 兄があとは決めるといいというけどね。姪の婚約に関することで少し揉めたから、考え直すかもしれない」


 たぶん、もう、王家にはつかない。

 そういう決断をした。暗にそう言っている。


 フェリクスは顔をしかめた。そういう情報はいらない。面倒ばかりが増えていく。


「君も騎士に戻れと言われるかもしれない。

 店になにかすると言いそうな感じがするから、注意しておいてほしい」


「なにもさせませんよ」


「いや、シオリさんと他の人たちがな……」


「ああ」


 店よりフェリクスの実家を心配されたようだ。大領主ともいえる家が傾くのは困ったことになるだろう。本人たちはともかく、周囲への影響がありすぎる。本人が痛い目をみるのは自業自得だが、領民の皆様もお付き合いさせるのは忍びない。下町育ちのフェリクスでもそう思う。貴族として養育されていたライオットならなおさらだろう。


 正直、この店にそこまでの影響力はあるのか、という点については未知数である。なにせ顧客が多い。付き合いのある業種や階級も幅広い。どこで何が致命的になるかもわからない。

 姉の心配はここにあったのだろうか。まあ、偶然だろうが。


「俺の方はなんとかします。

 で、そっちはどうするんです?

 黙って辞めておしまいっすか?」


「彼女には、黙っていてほしいんだが」


 そう前置きした時点で聞かなければよかったとフェリクスは思った。


「お前らには付き合いきれん、とは言ってくる」


 この場合のおまえら、というのはおそらく王太子と第二王子。

 王族と一緒に育っただけあって、肝が太い。フェリクスにはできない芸当だ。


「そこまで言わずに済ましたかったんだが」


 それはどこか寂しそうに、聞こえた。長年付き合いがある誰かと決別すると決めたが、やはり思うところはあるのだろう。

 フェリクスは顔をしかめた。


「……仕事終わりに、メシ食いにいきましょう。

 師匠の旦那さんになるなら弟子とも交流しとけばいいっすよ」


「え、いや、まだ、その……」


 途端に慌てるところが、ライオットらしい。

 同居までしておきながら、慌てる。未だに何もなさそうである。手もつないだことないんじゃなかろうかと言うほどの遅々とした進みに見てるほうがやきもきする。

 それなのに、師匠の仕事については先読みしたように手伝っていた。熟年夫婦か、とでもいうようなスムーズさだった。

 師匠も不思議そうで、でも、嬉しそうにしていたのだ。


「とっとと求婚でもして婚約しちゃってください。

 師匠がそわそわして落ち着きません」


「そ、それは悪かった、でいいのか?」


「反省して、さっさと結婚するといいっすよ」


「話が、早すぎないか」


「何でも一人で片付けようとしたから、こんなになるんすよ。

 一人じゃないでしょ」


 全く、あのお人よしが黙っていると思っているのが間違いである。


「そうだな」


 ライオットが照れたようにそう言うのに腹が立つ。

 だから、フェリクスは手袋の件は黙っていることにした。

 きっと誰かが言う。そう思っていたが、結局、誰もが誰かが言うだろうと思っていたことが発覚するのは、師匠が手袋をぶん投げたあとのことだった。

着々と聖女語録が浸食し、普通に使われ始めています。

言語文化が侵略されてます。普通に本を読まない、文字を読むのが苦手な層も聖女様の話? と興味を持ち異例の大ヒット中。

なお、聖女語録の発行元より印税をもらうことで話は解決した模様。第二段も計画されているとかいないとか。

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