騙されてない?
「……一人かと思ったんですが、キリル兄さんも一緒ですか?」
その日の来客はライオットにとって意外過ぎる組み合わせだった。
兄から以前のことで謝罪と相談があると連絡があり、会うことにしたのだ。それに二番目の兄まで来るとは思ってもみなかった。
長兄アンリ、次兄キリルの二人は仲が悪い。というより、性格が違いすぎてそりが合わない。幼いころの記憶でもよく喧嘩してるなぁと覚えているほどである。
その二人が、二人だけで、出かけている。あまりにも珍しい。それどころか初めてではないだろうかとライオットは思う。
談話室の中で落ち着かなげなアンリとは逆にキリルは優雅にお茶を楽しんでいる。城の談話室にはいくつか分類があるが、ここは良いほうの部屋だ。用意されるお茶もそれなりに良い。
ライオットも用意されていたお茶に手をつけた。少し冷めている。
時計を見れば、予定の時間を少し過ぎたくらいだ。お茶が用意されたのは、部屋に入ってすぐのはずだから、冷めるくらい先に来ていたようだ。この二人が一体何の話をしていたのか、不思議ではある。
「僕は付き合い。いやぁ、兄貴が、ひとりで行けないってごねるから」
「ごねてない。勝手についてきた」
「思いつめた顔してたら、これはやべぇって思うヨ」
へらへら笑ってではなく、真顔でキリルが言うのだからよほどである。
「ご用件を伺いましょう」
「この間は悪かった」
そう言って黙ってしまった。
気まずい沈黙にキリルがはぁとため息をつく。
「僕は口数が多すぎると怒られるけど、口数が少なすぎるのも問題だよ。
ほら、どこが悪かったか、言ってみ? そんで逆鱗を刺されろ」
「一応、お聞きしますが」
ろくでもないことを聞かされるらしい。ライオットは帰っていいか聞きたくなった。
なお、竜種の逆鱗は弱点なので刺されたら大体死ぬ。兄の誤用と思いたい。
「まず、挨拶に来ない件は私が関わる話でもなかった。その点は謝罪する。
彼女にも突然、訪問した非礼を詫びたいが、顔も見たくないだろうから物品での補填をしたい。また、今後も付き合いは遠慮したいということであれば親戚としての付き合いは要求しない」
「わかりました。受けいれるかどうかは彼女次第ですが、その謝罪は伝えておきます」
付き合わなくていいなら、それでいいですよと言いそうではある。それどころか最低限の付き合いしてもいいですよと甘いことを言う可能性もあるが、それは止めるつもりだ。
どこともつながりがないほうが、店にとってはいいだろう。
それはそれとして、冷静に考えればアンリの行動が腑に落ちなかった。
「そもそもの話、なぜ急に訪れて無礼な真似をしたんですか」
アンリにはきちんと事前に訪問したいと伝言を頼み、指定した時間に指定した場所に現れるような几帳面さがある。
なお、キリルはそのあたりいいかげんで、おー、弟、がんばってるー? あ、これお土産、化石だよ。とやらかす。弟が大人どころかおっさんに片足つっこんでいるということを失念しているに違いない。
本人がすでにおっさんであるということも。
「あ、いや、その……」
急にしどろもどろになった。
ぷっと吹き出すキリルにこちらの方が事情を知っていそうだとライオットは視線を向ける。
「それね、父さんが失言して、それを真面目に受け取った兄貴が、お迎えにと思ったらしいよ。二人そろっていればまあ、挨拶も成り立つかなと。ついでに結婚の承諾とかとっちゃえとか。
そういう見当違いの配慮。わかるだろ」
「言い方とやり方が最悪ですね」
わかりたくないが、ライオットは兄のそういうちょっとズレたところを知っている。そこは無視してもいいんじゃない? というところを時々拾ってしまう。
その好意が裏目に出過ぎたということらしい。それにしたって、という状況ではあるが。
それに喧嘩を売るような真似をしたということとつながりが出ない。ちぐはぐすぎる態度だ。
「……おまえ、騙されてないか?」
「……誰に、です?」
話の流れで言えば、彼女に対しての話だろう。
今の彼女ならもっと利がある相手がいくらでも釣れる。そんな女性が、ライオットを騙して得することはない。
「なんか、弟子に囲まれて作業しているところを従者が見て、それをそのまま報告され、色々考えちゃったらしい。で、威圧的に出てしまったと。
まあ、彼女、色々噂があるからそいうのも悪いほうにこう……」
言葉足らずなところがあるアンリを補佐するようにキリルが言う。
「騙されてません。どちらかと言えば、俺のほうが誑かしているって言われているくらいです」
ライオットとかなり親しいという話がここ最近出回り始めたらしく、知らない誰かに嫌味を言われることもある。
もっともほとんど厨房にいるライオットがそれを聞いたのは2,3度くらいだが。知らなにところでなにを言われても気にしないことにしている。そうでなければ、王子の近くにいることは難しいだろう。
「……そ、そうか」
「大体、若くてかわいい、その上、王家からも発注されるような菓子店の店主が、俺を騙してなんの得が?」
「毒を入れさせるとか」
「本人が仕込んだ方が早いでしょう」
「王族と面識を持ちたい」
「俺にあう前から、王族と知り合いです」
「……そっちの方が玉の輿では」
「仕事できなくなるからヤダだそうですよ」
「金」
「俺より稼いでます。まあ、出費も多いようですが、店関連ですから豪遊しているわけではありません」
「…………だから、そういう、女性が、いきなり現れることのほうが怪しい」
あまりにも条件が良すぎて疑心暗鬼になったのかとライオットは気が付いた。
今まで女に縁のなかった弟にいきなり条件が良すぎる女性が現れたら警戒するかと思わなくもない。弟子とは言え、男に囲まれているとなれば、ライオットを取り巻きの一人にすることや貢がせるために近寄ったと思われなくも、ないのだろうか。
本人を見ていると全く、少しもそんな気があるように思えない。
むしろ、取り巻きになりたいものたちを蹴散らして、去れと言いだすタイプだ。
「店を持つ前から知り合いでしたし、縁談がことごとく潰れて、仕方なくそこにいる俺に興味が向いた、というところですので無用な心配です」
「なんだその誰でもよかったという感じは」
「都合の良い男だったので、誰でもでは」
「……おまえ、騙されてない?」
キリルもそんなことを言い出した。
「本命の隠れ蓑とか、そう言えば殿下のうちの誰かと懇意らしいとか聞いたことあるな」
「違います。
話はそれだけなら、帰ります」
ライオットはどう否定しても無駄のような気がしてきた。どこが良くて彼女が好きになってくれたのか謎である以上、誤解を解くのは難しい。
「もう一つある。騎士に戻れと言って悪かった。
結婚をちらつかせて戻れというのも間違っていた」
「許さないので謝罪はいりません」
その時に言われた言葉は撤回されても許す気はない。ライオットの返答は予想していなかったようでアンリは黙ってしまった。
「ほら、言った通りだった」
笑うキリルはやっぱり結構性格が悪い。
「アンリ兄さんとはもう付き合いもこれきりです。今後一切、関与しません。
キリル兄さんはまあ、邪魔しないなら相手してもいいですが」
「あ、今度、彼女紹介して」
「お断りです」
「じゃ、お近づきの印に石あげる」
「……なんです、これ」
「いい石だよ。磨けばね。
じゃ、兄貴は面倒みとくから、帰りな」
「では、失礼します」
さっさとライオットは部屋を出ることにした。
兄の性格上、ここまで言えば関わってくることはないだろう。
半端な関与は家のために使えるのではないかと過信させる。それはお互いに不幸になりかねないのだから。