晩酌はお酒薄めで
温かいお茶とフレンチトーストの罪な幸せがあるのに、なんだか味がしない。
いつもは向かい側に座るのに、今日に限って隣だし、近いし、ほんと近いしっ!
お泊りである。
初お泊り。前のあれは数えない。
普通でいいのだよねと思いながらかなり真剣に選んだパジャマが活躍する機会がっ!? ……あるのかな。
ふわふわというよりあわあわしている。
ちらちらとシェフを見ても変わりなさそうだ。平常運行。いや、ちょっと上の空かも。
「なに考えてるんですか?」
「明日の午後も休むいいわけを考えてるがいいのがないな。急病にでもなるか」
「厨房の人がかわいそうなのでちゃんと戻ってくださいね」
「……わかってる」
不服そうだ。
「明日は私、多分使い物になりませんし」
ぎょっとしたように見られたが、なんか変なことを言っただろうか。
「今日の疲れは明日にどっと出ますよ。今日はテンション上がってるんで感じてないだけで」
「食べたら休んだ方が良さそうだな」
「せっかく来てくれたのにもったいないです。
お風呂入って着替えてくるので、待っててください」
「……なにを」
「お酒の残りあるんでちょっと晩酌どうですか?
今日の大変だった話聞いてください」
「そういうことなら」
と言いながら、なにやら挙動不審である。
……なんかこう、やらしーほうに解釈したんだろうか。つつくと返り討ちにあいそうなのでそっとしてお風呂に行くことにした。
軽くシャワーだけで済ませることにした。湯船で寝落ちする恐れがある。それ、溺死事件になる。
それにしても、よれよれな私にきれいとか言っちゃうのか。鏡を見て疲れっぷりに自分でもびっくりしたくらいなのに。
……服がきれいとかそう言う落ちがないといいのだけど。
いつもより念入りにお肌の手入れをしてしまうのは、まあ、乙女のたしなみだ。それから普通のワンピースに着替えておく。
パジャマはやっぱりなんか恥ずかしい。
厨房に戻れば、軽くつまめそうなものが用意されていた。
「至れり尽くせりでは」
「盛っただけなんだが」
「盛り方の美しさが段違いですよ……」
ところで、大事な話をするのを忘れていた。
「私、お酒、ちゃんと飲むの初めてなんですよね」
「……ちゃんと、というと?」
「料理やお菓子に使うものの味見はしたことがあります。まあ、食前酒は一杯、その後のお酒はグラス半分くらいですかね。ふわふわーというあたりでやめてます。
がっつり飲むのは初めて」
と言ったらお酒が片付けられた。速やかに迅速に目の前からなくなった。
「ひ、ひどい」
「それでよく晩酌しようとか言ったな。ダメに決まってるだろ」
「えー」
あまりにも私が騒ぐので、シェフも折れたのかうっすーいお酒入りジュースを用意してくれた。オレンジジュースにオレンジリキュール。オレンジ味しかしない。
「いじわる」
「少しずつ慣らすほうがいい。
それに俺は飲まない」
「飲まないんですか?」
「酔うと味がよくわからなくなる」
「まじめですね」
「元々アルコールは好きじゃないしな。体質に合わない」
ということは酔わせてしまえ作戦は空振りに。私も酔えなければ、シェフも酔わず。
な、何の勢いを借りればいいのかっ!
自力はハードルが高いな。前はそう思わなかったけど、実際触れたりするとドキドキがすごくて、これ以上!? 無理ーと理性が言う。煩悩はそこを超えて行けというのだけど。
勢いがないと……。
「やはり、パジャマが」
「パジャマって?」
「なんでもありません」
誘惑できるような魅惑ボディがないのが悔やまれる。なんか最近薄っすら筋肉ついてきた気がしているので……。
そこからは気を取り直して、普通に昼間の話をすることにした。支店開店のときは身内だけの小さいパーティーにしようなどと言いながら、また、仕事の話に流れていき……。
気が付けばもう夜も遅くなっていた。
色っぽい話題は、恋人らしい語らいというのは、ないのか。
しょんぼりする。もうちょっと話題転換を図りたいが、結構眠い。
「もう休んだ方がいい」
そう心配そうに言われるとごねるわけにもいかず、大人しく部屋にもどることになった。
後片付けもお願いするとか今日の私、いいとこない。明日の朝は朝でちゃんと起きて頑張るとして。
酔っ払いのふりして部屋まで送ってもらうのはいいよねっ!?
「ほら、立って」
ちょっと面倒そうに言われてしまった。カチンとくるところはある。
「だっこ」
なにか困らせてやれ、で出てきたのがこれである。
「……酔っ払い」
「そんなつもりないんですけどね」
欲望駄々洩れしただけで。
一人で立とうとして、ちょっとよろけた。思いのほか酔ってるかもしれない。次からは飲ませないとか呟かれながら支えてもらう。
「本当に、君は」
その続きは聞こえなかった。
階段で落ちたら困ると短距離なのに部屋まで同行してもらうことに。それほど足元がおぼつかないわけでもないのだけど、ここぞとばかりに寄り掛かっておいた。安定感あるっていい。
「外では飲まないこと」
「はぁい」
「君は危なっかしい。無防備すぎる」
「ライオットさんの前だけですよ」
「……いつまでも安全でいられるわけでもないが」
「そう言う意味でもないんですけどね」
怪訝そうに見られたが、私はにへらっと笑っておいた。酔っ払いの戯言だ。そういうことにしておこう。
前も別に構わないと言ったはずなんだけど、忘れてるのか、忘れていたいのか。
遠くもないので部屋にはすぐについてしまう。
「おやすみなさい」
「おやすみ」
普通に、ふつーにお別れした。
ちっ、おやすみのキスくらいねだっておけばよかった。
翌朝、しっかり目が覚めた。やや二日酔いのような痛みはあれど、元気は元気。
ただし昨日の失態を振り返るくらいの記憶がある。
……もーやーだーと呟き布団に突っ伏したい。もう出ていきたくない。
しかし、約束の朝食の用意がある。こればかりはちゃんとしなければ。
身支度を整えて下に降りていくが、まだシェフは起きてないらしい。良かった。これで朝も作られていたらへこむ。
ちゃっちゃと用意して、そして、朝を起こしに行くというイベントを発生させねば。
そう思っていた。しかしながら、無情にも、朝食を用意している間に起きてきた。正確にはすでに起きていて、外にいたらしい。気が向いたときだけ鍛錬しているそうな。休みの日くらいゆっくり寝て欲しい。
朝食メニューはよくありがちにベーコンエッグ。それとパンである。スープは用意する時間がなかった。
テーブルに並べるのを手伝ってくれたのだけど、手際がいい。
「食べたら、お城に戻るんですか?」
「少し、片付けの手伝いをする時間はある。それが終わったら、城に戻るよ。
次は来週のどこかに休む予定だが、決まったら連絡する」
「わかりました。今度こそ、お帰りなさいをいいますよ」
「楽しみにしているが、無理はしないでいい」
「これはするべき無理なので」
苦笑いされてしまった。やはりちょっと空回りしてる感はある。もうちょっと緩く時間をかけるほうがいいんだろうな。
朝食を終え、ちょっとした片付けを手伝ってもらった後、城に戻るシェフを見送る。
「いってらっしゃい」
そう言うのは、城に戻るとか言われたからだ。自分でも言ってしまったけど。その意識を変えるにはまず、こういう言葉からだ。
「じゃあ、また」
「違いますよ。
いってきます、ですって」
「いってきます」
ものすっごい照れた顔で言われるとこっちもいたずら心が騒ぐ。
「いってきますのキスはないんですか?」
……フリーズした。シェフには刺激が強すぎたらしい。
冗談ですよという前に頬に手が触れた。
ぎこちなく触れる唇は、一瞬で去っていった。
本人もサクッと背を向けて立ち去ってしまう。すっごい速足だなと思うと照れと恥ずかしさが限界を超えたのかもしれない。
私も真っ赤になっているので人のこと言えない。わずかに触れたという程度なのに、動揺が。
少なくとも今日一日別な意味で使い物にならなくなるだろう。




