クレープシュゼットとフレンチトースト
女主人というのは、出迎えから采配からトラブルのリカバリからと学んだ今日。
「…………貴族のご婦人、遊んでそーと思っていたこともありました」
優雅さの裏に、たゆまぬ努力いる。
ぐったりと厨房で休憩している。シアさんがそっと見ないふりをしてお茶を置いて行ってくれた。
私が不在の間は従姉にお願いしておいた。そっちのフォローに回ってくれるんだろう。従姉に任せたのは人身御供ではない。私の代理できそうな身内他にいないんだから仕方ないだろう。
正直、大人なんだからと問題ないであろうと、子供相手よりは楽だろうと思ってた!
違う意味で大変だった。
大人向けのパーティーは昼を少し過ぎたあたりから子供たちと同じようにシェフの家ではじまった。軽い昼食会という時間帯で、軽食とお菓子とお茶と少々のお酒。夕方には解散というところだ。
大人向けということで室内でご歓談を中心に考えていたんだ。ところが、である。子供向けのパーティーに参加した人たちから私たちもクッキー当てゲームできるのかしら? と質問がやってきた。
ご希望の方がいらっしゃれば、数人分はということで急遽、やることになった。幸いというべきか見た目は同じ、味違いのクッキーも用意していた。
そうしたら、ボードゲームを貸してくれないかと紳士の方々からリクエスト。ご婦人方は話に興じていたりするので手持無沙汰だったようだ。そちらもテーブルを片付けて用意するようにした。
飴細工の話を聞いていた人もいて、見たいと言われそれも対応し。
お庭でお茶をいただいてもよいかしらとご要望もいただいたり……。置いたままだったテーブルセットを軽くふいてご案内とか。
その隙間に、弟子の親族への挨拶といつもはこうなんですよと話すこととか、今回、周囲のお店の人も呼んだからいつもお世話になってます的な話。それから、お菓子関係の協会の人、3団体のお偉いさんのお相手。さらにテーブルに残っているお菓子の量の確認やら次のものを出すタイミングをはかるなど。
さすがに手に余る。
これリハーサルいるやつだった。
大きなトラブルが起きてないのがせめてもの救いである。一部ゲームなどをしている関係上、ちょっとした言い争いは発生したが深刻になる前に周囲がとりなしてくれた。
むっつりと黙って座ってらっしゃる方もいるのだけど。うちの兄がどーしても来るって言ったんですけどね、と弟子の一人が苦笑いしていた。
しっかりと食事もお菓子も召し上がっていたから、恥ずかしがり屋なのだと思うことにする。弟子にもそういったら、吹き出していた。
「……さてと、あとは私が頑張らないと」
本日最後のメニューはクレープシュゼット。
燃えるクレープだ。ホテルとか高級店で出てくるようなイメージがある。
19世紀の超有名菓子職人考案のデザートと言われている。諸説あります、という感じらしい。
前準備として、オレンジの皮をらせんに剥いておく。
1.クレープを焼く
2.フライパンに砂糖を焦がしバターを入れキャラメル状にし、オレンジジュースを加える。
3.クレープをたたみながら入れて煮る。
4.オレンジリキュールを入れた小鍋に火をつけ、オレンジの皮を伝わせて3のフライパンに入れる。
5.お皿に盛る。
このフランベのためにわがまま言って、特製コンロを作ってもらった。熱源はオイルである。火が付けばいいんだよね! という暴論である。
この数日、練習していたがうまくいくかは自信がない。
……やっぱやめようかなと思ううちに準備されたんだからもう後戻りできない。
夕方になり、室内を暗くして始めるイベントは、沈黙で始まった。
淡々と間違わないようにと真剣だった私は気がつかなかったのだが、ひどく神秘的に見えたらしい。
青い炎がきちんと出てほっとしながら、オレンジの皮を伝わせてフライパンも燃える。
すました顔で、火が消えないんだけどぉっと焦っていたことを隠した。え、お酒入れすぎ? アルコール分ちゃんと飛んでる!?
ちょっと待てば火は消える。それからカーテンを開けて明るくする。
オレンジ色のスープに浸かったクレープはちょっと地味である。それでもあの青い炎に包まれれば特別に見えた。
「お酒を使っているので、お酒に弱い方は気を付けてください」
と前置きして今作ったものを配る。そんなに枚数もないので、ほかの人の分は裏でフランベ待ちで量産している。さすがに弟子にこれは任せられない。火事になったら大変だ。
一部アルコール抜きのものも配り、概ね好評だった。
お酒がちょっと入るともうちょっとお酒が欲しいという人もいる。
そんなこともあろうかと用意していたものはある。
サバランである。シロップとお酒ひたひたケーキである。ブリオッシュにラム酒入りシロップにひたひたに漬け込んだ甘党酒好きのための魅惑のケーキ。
今回はドーナツ型に抜いたスポンジ生地で用意した。可愛さゼロ。だがそれがいい、という感じで。
お酒は苦手という方向けにはノンアルコールカクテルのようなものを用意した。氷がないから冷えたジュースのようなものだけど、複数の飲み物で層をつくると中々いい感じには見える。
という感じで、最後のおもてなしを終え、最後のお客様を送り出したころには日が暮れていた。
今日は前回と違い皆疲れたという感じだったので、軽い片付けで帰ってもらった。打ち上げは後日で。そして、明日は全員休日にした。
子供の相手は体力使ったけど、今回は気疲れ半端ない。
もうしばらく、しなくていい。周年とか間隔開けよう。毎年しない。
そんなことをグダグダと思いながら、厨房にいる。
……日暮れから結構立つけど、誰も来ない。
待ってるのは一人だけど。
「……なんかあったかな」
不安になってくる。
……迎えに行くとか?と思ったもののお城まで行くのはやりすぎだろうし、すれ違いもあるかもしれない。
今回のお客さんからもらった手土産開封でもしようかな。呼ばれたら手土産を持って行くのが暗黙のルールだそうだ。参加料みたいなものらしい。
交易で見つけた珍しいフルーツのジャムとかナッツ類とか通常ルートで出回らない干しフルーツとか、謎のかたい棒、そういうのをもらったりしたのだ。お金で買えない価値がある。
現地での利用方法とかそういうメモも入っていた。
……寒天。寒天がいたよっ! こ、これでみつまめができるのでは!? 探せば、色々あるものだ。
食材のほか、レースで編まれたテーブルクロス、布が数枚とメモ、置物など、多岐にわたる。布のほうはカーテン職人の紹介状と夏向けのおすすめ生地らしい。支払いはこちらが持つと書いてあったが気持ちだけもらうつもりだ。ちゃんとした職人を紹介してもらうというのは、相手からの信頼である。
開封して、必要なものは厨房に運んでと作業して、もう一度、同じ場所に戻ってきた。
……さて、まだ来ないわけだが。あまり遅いと寝るぞ。
夜遅いわけでもないけど、もう眠くて……。
気が付かないうちに突っ伏して寝ていた。
次に気が付いたときには、甘い匂いがしていた。




