予測にないこと
「……大丈夫ですか?」
仕事がやや片付き、外に話に出たときに聞いたことはライオットの想定になかった。
というより、ほぼ想定外に問題化している。すべてのことが簡単に片付くと思えたあの頃の楽天的な自分に説教したかった。
もう少し慎重になるべきだった。
「本当に、すまない。こんなことになるとは予想していなかったんだ」
彼女から聞いたことの一つでも予想がついていればよかった。例えば母の友人がアンネマリーであることは知っていたが、シアの元雇用主であることは知らなかった。母が侯爵家としての謝罪の手紙を出していたことも聞いていない。その上、彼女の店の手伝いをしていたということも。
さらには、当人同士が顔を会わせる機会があるとは想定外だった。
「そうでしょうね。わかっていたら、お知らせしてくれると思いますし」
「本当に悪かった。釘を刺しておく」
「大丈夫ですよ。お手伝いは正直助かっています。パーティーの基本は押さえても、流行りとか難しいので」
「困ったらすぐ連絡を入れて欲しい。まあ、アンネマリーさんがいるなら大丈夫だと思うが」
「わかりました。
当面の間は知らんぷりしてもらっていいですか? 息子にばれないようにこっそりしようという意志があるっぽいので、知られたらそういうの投げるだろうからとアンネマリーさんが言ってました」
「よくわかってるな。わかった、こちらからは連絡しないようにしておく」
これで彼女の用件は終わりと思えば、引き止める言葉をさがす。忙しい中、この話のためにわざわざ来たのだから、早く帰したほうがいいのは理解していたが、もう少しと。
「準備はもう終わっているのか?」
「子供向けは、ほぼ当日待ちですね。日持ちのしないお菓子の製造がありますけど、それも数は出しませんしなんとかなります」
「それはよかった」
「弟子たちもかなり頑張ってくれて、助かります。ほんと、名ばかり師匠に……」
「そんなことはないと思うが」
そうだといいんですけど、と呟く様は少しばかり落ち込んでいるように見えた。ライオットから見れば超えられぬ壁として君臨しているように思えた。
少なくとも同じ年で同じくらいに出来るかと言われれば否だろう。
ライオットにしても、分野は違えど実力は認めている。
「あの、大人向けのパーティー当日は、どうします? 来てくれます?」
「後片付けするころには、顔を出せるかもしれない」
本当は出席もできたのだが、余計な詮索はまだされたくない。厨房の様子も気になり、手伝いをしたくなるかもしれなかった。それはそれでお互いにやりにくいところもあるはずだ。
少なくとも弟子たちにとってライオットは扱いに困るということは承知している。別に仲が悪いわけではなく、半端な立場であるからだ。
「残念です」
「代わりに翌日、午前中は休むことにした。帰るから、迎えてくれると嬉しい」
「わ、わかりました。
そ、それでは、また」
彼女はそういうと慌てたように背を向けた。
「また」
と言わないで、いい生活を手に入れるためにもう少し面倒事を片付けておかねばならない。
ライオットは思ったよりもずっと早く消え去る後姿を見送ってそう思った。




