弟子作業中。
本日2度目の更新です。
師匠のいない店内はやや気が緩んでいる。
ニーロは、ぼんやりと店内を見ていた。手元は勝手に飾りの花を作っている。特殊技能と言われたが、見ないでもなんか作れるのは普通と思っていた。
師匠がすっごい、こんなの作れるかなっ!? とうるさく言うので作ったものを褒められ続け、いつの間にやら飴細工が得意になった。飴で作った可愛い猫やウサギはパーティー当日の見世物になる予定だ。ちょっと憂鬱である。ニーロは子供は苦手だった。
あんまり好きではないが、甥や姪がいるので無縁でもない。今回も招待する予定で、それも気が重い。ふぅん? おじちゃんがお菓子ねぇと最初は笑っていた姪は、今は辛口批評家だ。おじちゃんの伸びしろを信じてるということらしい。
そんな彼女は師匠の信奉者である。いつか、私も菓子職人になると結構真面目に練習しているらしい。
そして、お前のせいだと兄に言われるのだ。甥もなんか作ると言い始めたらしく、苦情がくる。
知らんがな、と返答しておいたが、悪い気はしなかったのは秘密である。
店内は弟子がそろっていた。忙しい山は乗り越え、あとは予定をこなすだけであるので数時間くらいは抜けても困りはしないのだが、なんだか揃う。
それにしても個性的な面々であった。なにを思って選抜したのかが謎過ぎる。
「そういや、ニナちゃんの連絡先知っている人、結局誰もいなかったな」
「そうだよね。店を見に来てくれれば渡せたのに」
「結局どこの家の子だったんだろ」
「わからん。レモンでもおいしんじゃない? とか言ってたから用意したのに」
カレンは少々不満そうだった。誰にでも愛想の良い男ではあるが、とりわけ子供には優しい。常にかがんで目線を合わせて怖がらせないようにと心がけているようだった。
目が合っただけでひぇっと悲鳴をあげられたことのあるニーロとは違う。顔が良いのもいいのだろう。顔がいいのは羨ましいと思っていたが、以前の各種トラブルを聞いて考えを改めた。ほどほどが一番であると。
「ほんと、おまえさ、あの子お気に入りだよな」
「妹みたいで可愛い。あの生意気さが可愛い」
「本物の妹の辛辣さを知らん男がよく言う」
「本物の姉の辛辣さも知らんだろ」
姪も意外というんだぞという話は、不要だろう。
パーティー当日は、うちのおじさんすごいんだからと言えるくらいにはちゃんとしていなければならない。重要任務だ。
「まあ、男兄弟よりは辛辣だけど、無視はしてこないからまだましじゃないか」
「ああ、おまえんとこはまだそんな感じ?」
「長兄がなー、騎士であった男がすることじゃないとかまだ言ってるんだよ。うっせーと返すけど、地味にツライ」
「うちも次兄と弟が、恥ずかしいとか言いやがる。
親は諦めたっぽいんだけどな」
「あー、そういや、母さんが次、お店はいつ開くのかしら、もし、開店したらカレンさん所の奥さんとご一緒したいのだけど、どうかしら? って」
「聞いておく。というか連絡先知ってるんだから手紙を送ればいいのに」
「階級差が気になるんだって。うちはほら、成り上がりだから。手紙の作法とかいつも心配らしい」
「暗黙の了解多いらしいからな……。そこらへんもちゃんと交流したほうがいいかも。
別のお出かけしてみたら?と提案してみるよ」
「うちも言っとく」
「あ、姉ちゃんが、一回あってみたいって言ってた」
「それは今度のパーティーで紹介する。なにげに正式に紹介してないからな」
同じ境遇であるという共通点がいいのか、普段は交流のないところも繋がっていっている。思ったよりも、勢力としては大きくなりそうなのだが表立ってそういう話はしていない。師匠がまずそういう勢力図というものに興味がないのだから。
店の危機くらいにしか集結しないだろうし、緩やかな縁がある程度の認識でいいだろう。
そういう話を聞くともなしに聞きながら、作り物の花を仕上げていく。そろそろ紙が無くなりそうだなと箱を探っていると。
「……あれ?」
変な感触がした。ニーロは手元を確認した。
それは手紙だった。手触りの良さから高級なものだとわかる。
「紛れ込んでた?」
「誰宛で誰から?」
「師匠宛、差出人は……!?」
無言でニーロは手紙の裏を見せた。名前はメラニーとしかないが、蝋印で身元がわかる。
侯爵家というのは、3つだけだ。そのうちの一つの蝋印がしてある。ニーロが知っているのはなんとなーく、紋章学に手を出したからだ。書いたりするのが趣味である。
何人かは知っていたようで、嘘だろとか呟いていた。
「……まずくね?」
「師匠、帰ってきてすぐに渡さないとっ!」
「そろそろ帰ってくるよな? なんでこんなとこに紛れてんだよ」
「最近忙しくて、書類積む、手紙も積む、とかやってたからじゃないか?」
「あれ、師匠の悪い癖。見つかんないと発掘したの今週何度あったか」
「そろそろ管理する奴いるぞとは言ってたんだけどなぁ……」
その師匠が、意図せず手紙の書き主と遭遇しているということは彼らはまだ知らない。




