気合は十分。でも?
忘れたころにやってきたカヌレはやっぱり記憶にある通りにそっけない真っ黒だった。
カリッとした食感とふわりとバニラの香りがして、もちっとして。
「おいし」
「苦労したかいがありました。
香料が希少で探すのに手間取りました。別の味もあるそうです」
にこにこと勧められるままに手に取り、堪能する。よほど腕の良い職人がいるらしい。
「会ってみたいな。ダメ?」
「申し訳ございませんが、相手が面会は恐れ多いといっておりまして」
「頑固な職人なのかしら」
聞かなくてもわかる。このカヌレだけでなく、あたしが気に入ったお菓子は一人の人が作っている。今回は間が開いたし、他のお菓子もやってこなかった。
つまりはこれにかかりきりだったということだ。
渾身の力作。
それなのに包み紙は適当に包みましたと言わんばかりの紙で。
「……ん?」
なにか端っこに汚れ?
『おつかれさまです』
「んん?」
見間違いかと思った。
「な、なななな」
なだけ言って震えるあたしに周囲が慌てているがそれどころではない。
カヌレの包み紙の端にそっと書かれていた一言。日本語である。気がつかなくてもいいというようなそっけなさで書かれた文字。
「どうしましたか?」
「な、なんでもないっ」
どうやってみてもなんかあっただろうという態度ではあるけどそれで通した。
同郷と知られたら、なにかあるかもしれない。だって、彼らはここ数十年のうちにこの世界にやってきた者は一人だけと言っていた。つまり、あたし以外はいないことになっている。
それがいるとなると大変なことになるかもしれなかった。
もし、会うとしたら全部終わって帰ることができるようになってからだ。
一緒に帰る? そう言えればいい。
「さて、最後の仕上げしちゃいましょうか。頑張りますよ」
気合いを入れて頑張った結果がああなるとは思っていなかった。