可愛いの定義
誰かに触れられて欲しくない。
そう強く思ったのは初めてだった。
ライオットは嫉妬というだけでない、独占欲が含まれたそれを止めることができなかった。
とまどうような彼女の髪をほどく。ほどいた髪はすべらかだったが、少しだけ癖がついて緩やかに波打っていた。指で梳いても元に戻ることもない。
なにか、痕をつけられたように思えた。
「……弟子は男のうちに入れておりませんが、嫌なら次はしません」
困惑の残る声でそう彼女は答えた。そこにあるのは確かに師弟関係だけで、それを超えるようなものはなかったように見えた。
少なくとも彼女には全くその気がない。自分が世話をするべき相手という認識なのだから、当然なのだろう。
カレンという弟子も特別扱いされているわけでも、師匠以上に見ている風でもなかった。
だからこそ、違和感がある。
ライオットが、嫌だと思うと知っていて、わざとやった、としか思えない。それどころかこれが嫌ならさっさと捕まえておけとかそういう意図が含まれている気がした。
「結びなおしてもいいか?」
「いいですけど、結べるんですか?」
「アザール殿下が、髪を伸ばしていた時があってその時にやらされた」
「無茶振りすごいですね……」
「全くだ」
なんかくすぐったいという彼女の主張をライオットは聞き流して、髪を手で梳く。撫でるとは違う感触は心地いい。
あまりやっていると怒られそうなので、緩いみつあみをつくるために髪を分けた。
「どうして、髪を結ばれるようなことになったんだ?」
「変じゃないかと聞きすぎて、うざいと言われた結果です……。俺が可愛いを教えてやるって、なんか、師匠っ! ついてきますっ! て感じでした」
「……そうか」
「私、あまり可愛くないので」
「可愛いと思うが」
「背が高すぎるんだそうです。あと、地味だって。
直接言われたわけじゃないんですけど、断られたあとにそんな話聞いちゃうことがあって。妻としても相応しくないとか。
たぶん、自分が悪くて見合いが失敗したんじゃないって言いたかったんでしょうけど、やっぱり傷つくことは傷つきますよね……」
「見合いしたやつの名前は?」
「言いませんよ。
終わったことなので」
そういいながらも、どこか引きずっているのだろう。そうでなければ、こんなに気にすることもない。
「そんな男に引っかからなかっただけ良かったと思ってますよ」
「確かに、見る目がない」
その愚かな男たちがいたからこそ、彼女はここにいてくれた。その意味では、感謝してもいいかもしれないが、傷つけたこともあるのだから実質マイナスだ。
緩く編んだみつあみに最後にリボンで結ぶ。先ほどよりは、シンプル過ぎるがそれでも不足とは思えない。
「こんなにかわいいのに」
そう告げれば彼女は固まった。
後ろから見ても首筋から耳まで赤くなっていくのが見えた。
「……殺す気なんですか、そうなんですか」
「どうしてそうなる」
「己のポテンシャルを見誤ってらっしゃる……。ライオットさんらしいと言えばそうですが……」
「だから、なにを」
「わからなくていいですよ。
自覚的に使われたらもう、手に負えません」
ライオットはかつて女心の分からん男などといわれたこともある。だから、わからなくても当然だろうか。あるいはわかる努力もしないことをあてこすられたか。
その意味では過去の経験が乏しすぎて判断できない。
ただ、経験があったとして彼女に適応できるとは思えなかった。
「もう帰ってください。私、これから美容に時間かけるんですから。ぴちぴちの肌は睡眠時間が必要です」
納得いかないままに店の外へ出された。
「……ちょっとかがんでください」
言われるままに少しかがむ。視線が合うくらいの位置で、彼女のは手を伸ばしてきた。
頬に触れる手と柔らかな感触。
一瞬かすった程度と言えなくもないが、時間が止まった気がした。
「おやすみなさい」
彼女は慌てたように、そう言うとばたんと扉が閉まった。
予想外のことに呆然とするライオットを残して。
「……ひどくないか?」




