叔父について
本日2話目です。
ニナの叔父はよくわからない人だった。
滅多に家に顔を出さないが、来た時にはニナや兄のシディにお土産をくれる。それから、その日の夕食はちょっと豪華になった。
叔父が料理人であり、城に勤めているということを知ったのはこの数年のことで納得がいったものだ。どこで食べても、家の食事のほうがおいしいと思うことがあった。それは決まって叔父のいた日に食べたものだ。
おそらく、母や祖母は気がついていたが、食事に頓着しない父や祖父、それに兄も気がついていなかっただろう。気がつかずに、今日の料理は良いと褒めることもあってその時の叔父は少しうれしそうだった。
その叔父が去年、友人からもらったと菓子をくれたことがあった。レイド卿あたりかしらとニナは思って受け取り、何の気なしに食べた。
一口齧って、驚いた。
甘くないのに味がする。シンプルなクッキーの上にジャムがのっているものだが、ジャムの優しい甘さと果実感が濃厚だった。
こ、これはっ!? 即座に母と祖母のもとに持ち込んだ。これは、ウケる。絶対に絶対だ。
母も祖母もニナの言葉に半信半疑だったが、一口食べて衝撃を受けたようだった。叔父が友人からもらったという菓子はそれまでの菓子の常識を塗り替えるポテンシャルがあった。
ニナは無理に用事を作り、城にいる叔父に面会を申し出た。ものすごいおいしかったから誰が作ったのかと融通してくれないかと頼み込んだが、その時は教えられないと渋い顔で断られた。
そんなにおいしかったのかと呟く声はとてもやさしくて、違和感があった。
なんだか、自分の料理が褒められたときのように、ちょっとうれしそうだったのだ。
それからしばらくして、王家の後ろ盾により開店した店がある。ローゼンリッターと名のついた菓子店を訪れてニナは気がついた。
これだ。
地味な見た目なクッキー。どこにでもありそうで、どこにもなかった。試食をすすめられて、一口齧って確信する。
これを叔父はもってきたのだ。店内には背の高い男性店員ばかりだが、そのうちの誰かがつくったものだろうかと思った。女性の菓子職人は珍しいのだ。
誰が叔父の友人だろうかと確認しようとしたが、店は混んでいて難しそうだった。あとで叔父本人に聞けばいいかとニナはクッキーを買って店を出た。
それからローゼンリッターは有名店になり、中々予約の取れないお店にもなった。
ニナは身内の特権と叔父に頼むことにした。知り合いだからと融通してほしいと。3回までと約束して、手に入れたものはとてもおいしかった。おいしかったので、兄や父に分けたのに全く、その価値を理解しなかった。やはり、繊細な舌は持ち合わせてないらしい。
だから、叔父の作る料理の良さも理解しないのだとニナは残念に思った。
それからまた時間が経ち、その作り主が判明したのは、兄から聞いた意外なことからだった。
「え、叔父様、恋人がいらっしゃいますの?」
「うーん。本人的にはまだ友人みたいな距離感という認識っぽいけど、どう考えても恋人」
「なんですの。バグですの?」
「……なにそれ」
「聖女語録より、なんかちょっとおかしい、って表現ですわ」
「ああ、君も毒されてんの? 本人は許諾してないからやめてほしいらしいよ」
「まあっ! それならやめるようにしますわね。
それで、どなたですの? 叔母様ができちゃったりしますの?」
「ローゼンリッターの店主のシオリさん」
「……はい?」
接点が見えてこなかった。
お互い生活する場所が違いすぎてすれ違いすら難しいように思えた。
「だよね。どこで知り合ったんだろう」
「あ、もしかして」
ニナは辻褄があったような気がした。
おいしかった? そう聞く声は、とてもやさしくて、大事なものを語るようだった。
叔父とは店を始める前からの知り合いで、おそらくその時から好意があったのだろう。
「なんかあった?」
「なんでもないですわ。
では、婚約間近という感じですの?」
「いや、あれは気が長いなんかだよ……。叔父さんがヘタレで」
「それも聖女語録ですわね」
「汚染されたんだよ。なんなの、あの言いやすさ。
まあ、ともかく数年後には、偉大なる叔母ができるでしょう」
「それは楽しみですわ」
「あー、黙ってろよ。広まると大変だ」
「わかってましてよ」
その時からニナは楽しみしていたのだ。
まさかそれが一週間もたたないうちに夢に消えるとも思わずに。




