招かざる客
その日は朝から店で作業をしていた。明日の休みのために前倒しで色々することがあったのだ。
私がするのはほぼ説明を聞くことと承認ばかりだ。優秀な弟子とその伝手にお世話になってばかりだ……。お菓子作り以外に役に立たぬ師匠ですまないという気がしている。
そのお菓子すら最近作ってない。まずい、師匠としての立場が。
早く厨房に戻らねば……。
そんなこんなで昼過ぎまで忙しくしていた。やっと休憩というところで店の入り口が叩かれる。
閉店中の知らせは出しているが、鍵はかけていない。用事があり出入りする者が一定数いるからだ。常連さんも顔を出して、見舞いと何かしらもらうこともあった。
だから、それもそういう人だろうと私が扉を開ける。
店の前にでーんと馬車乗り付けられていた。その馬車のそばに従者っぽい人が控えていた。この人が扉を叩いたっぽい。
これは何番目かの王女様以来の事態。偉い人来た? まさか、王様!? と頭の中を駆け巡ったが、顔に出さないようにした。
馬車から降りてきたのは品の良い紳士だった。
「店主は、君か?」
「そうですが、どちらさまですか?」
「弟が世話になっているときいたので、挨拶にな」
「……弟子の?」
と言ってみたところだが、弟子の家族は大体は把握している。家族用の席を準備したら、そういう情報が勝手にやってきた。
その弟子の身内でこういうことをしそうなのは、フェリクスの家くらいだがもう済んでるし。うちでどれだけ役に立っているか褒めちぎってやったら逃げていった。なお、フェリクス本人も逃げていった。恥ずかしいからやめてくれと他の弟子に泣きつかれた。師匠の特権と却下したが。
それにしても弟が多すぎる。弟子、ほとんど弟。
アザール閣下も、ルイス氏も弟であるし、シェフだって……。
この人も王太子殿下か、シェフの兄かという二択っぽい。でも他にいないし。王家の顔してないから、シェフのとこかな?
……なんで?
「弟子の身内ではない。
君は紋章も知らないのか」
「紋章入りの馬車で乗り付けられたのは、アデラ王女以来でしたのでわかりませんでした」
なお、王女様14歳。お話したら、お友達の馬車に乗せてもらって和気あいあいとやってくるようになった。もちろん広い通りで降りて、である。来ないという選択肢がないようだ……。
つまりは王族でも馬車で乗り付けたら邪魔だよねと思う程度の常識はあるということだ。
ぐっと押し黙ったのをいいことに話を先に進めよう。
「どういったご用件ですか?」
「弟と婚約するというのに、挨拶にも来ないとはどういうことだ」
「……はい?」
「平民とはいえ、その程度の礼儀も弁えていないのか」
「ええと、先日までご実家の話、聞いてませんでした。
そのうえで、縁を切るので、付き合わなくていいと言われています」
この人、推定シェフのお兄さんということは、シディ君のお父さんでもあるのか。うちの堅物の父と言われただけはある。
ということはこの紳士は次期侯爵閣下。下手に出たほうが良かったかなと考えたもののうちのクッキーを味が薄いなんて言った。ということも思い出した。
「話があるのならばライオットさんを通してください。
まあ、応じることはありませんが」
がっつり拒否しておこう。おそらく、シェフが縁切りを撤回することもないだろうし。
ここまではっきり拒否されるとは思わなかったのか絶句している。
「それでは、ごきげんよう。二度とお会いしないと良いですね」
そのうちに店に引っ込もう。さっさと扉を閉めて鍵もかけておこう。
「……怖かったぁ」
心臓の自己主張が強い。近くの椅子に何とか座りこむ。
「え、マジですか?」
「俺、ししょーのほうが怖かった」
「それな」
……外野が、ヒドイ。
「野次馬してたなら、どうしてこうなったか解説して!」
弟子解説によれば、付き合いがあるということは婚約するも同然。家同士の話が必要であると思ったのではないか。
シェフはもう、家に属してない意識っぽいし、完全に縁切りするつもりだから、私を紹介するつもりもない。そこで業を煮やした実家から突撃されたということではないかと。
折れたら、どこまでも舐められるからあれでよかったらしい。
貴族って、蛮族なの? 言葉で殴り合うなんて私にはとてもとてもというと弟子たちがさっと視線をそらしていった。
……まあ、そういうことをしなくもなかったかな。うん。でも私、穏便だし。
都合が悪くなったので別の話題にうつることにしよう。
「でも、今、ライオットさん休暇中で、実家に行ってるはず」
「確実に、ここにいないのがわかってるので来たんじゃないですかね?」
「……なるほど。もう少し、時間稼ぎしたほうが良かったかな。会わないうちに帰りたいだろうし」
「どうでしょう。
話をつけに行ったというのが正しいのでは? ただ、こうなってくると拗れると思いますよ」
すでに拗れてるが、さらに拗れると? 首をかしげる私。
「あの、意外と、ライオットさん、師匠のこと大事にしてまして身内にこんなのされたら、絶対許さないでしょう」
「忍耐強い方でしょうけど、聞いたら手が出ると思いますね」
「そんなに? ちょーっと嫌なこと言われたくらいだし。おかげで今後の付き合いしない方針決められたし、悪いことでもないかな」
「……師匠も師匠で怖い人だった」
「失礼な。礼儀知らずとは付き合いたくないでしょ。
あ、お客としては対応してね。そのあたりまでしちゃうとさすがにまずいかなって思うから。わがまま言うようなら、それを理由に出入り禁止。うちは、悪くない、という体にしないと」
そのくらいで済ますつもりだった。
現時点では私は部外者なわけだし。
はーい、かいさーん、のつもりだったのだが。
「了解しました。
で、どの程度、うわさを流せば?」
「はい?」
解散されない。
あれ、なぜ、ぴりついているのか?
「師匠、お分かりではないと思いますが、店先で話すようなことではないですよね?
さらに事前に訪問予告もせず、店主は誰かなんて調べもせず、あるいは知っていたにも関わらず知らないふるまいをしたというのは、度し難い」
「……えっと?」
温厚な、フローリスが穏やかに、早口にまくしたててくるのがこわっ!
救いを求めたが、救いはなかった。
あ、これ、貴族的に完全アウト案件なわけか。
解説時は平静を装っていただけで、苛ついていたと。困ったな。
そもそも、入れなかったのは私なのだけど。店にもケチつけそうな予感がしたんだよね。
「プライベートなので、私が対処するから大丈夫。
勝手しない。私もライオットさんと相談しなきゃだし」
「しかし、師匠が蔑ろにされるのは」
「そこは分けて考えて。
なんかあったら相談するから」
知らない間に、忠誠度上がってるんだろうか……。いらないんだけどな。
それにしても、シェフ、大丈夫かな。
あるいは、お兄さんのほうの身の安全を考えたほうがいいだろうか。線が細そうと男性に言うものでもないけど、ほら、周囲が筋肉なものでな……。
「ほらほら、日数も少ないんだから、レシピの確認します!」
気にはなるけど、乗り込むわけにもいかないし。
それに他の案件もあるんだ。個人的なもので延期もできないから。
……明日、でかけられるかな。というのは、ものすっごい心配だけど。




