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お茶のあとで

 妄想が妄想ではなかっただと!? という驚愕を外に出さないように顔を隠したら、それでもかわいいと言われた件について。この不意打ちよ……。

 平静を取り戻したように装っても、なんか浮ついていたので新婚みたいとまで失言した。


「……そうかもな」


 シェフに華麗に受け流されたのは良かった。ただ、お互い、挙動不審なところには目をつむっておくべきだ。ああ、なんかもう、顔を合わせられない……。

 ……もう、早く、帰ろう。仕事終わらせて帰ろう。布団の中で反省会したい。


 お茶も残っているが、ごそごそと鞄から書類一式を取り出す。ついでにペンも。何本かあるからと聖女様からもらったボールペンである。


「今日は、賃貸契約書の草案を見てもらって不明な点があれば記載してもらって終わりです。

 金額は一般的な店として借りる試算でだしたようです。置いてあるものも使う前提なので、相場よりやや高めにしてあると言ってました」


 ただ、シェフなら多いというんじゃないか、という懸念があるそうだ。そこをちゃんと説得しておいてほしいともお願いされている。対等な契約が今後の友好関係を長持ちさせるコツらしい。


「もう少し安くてもいいだが。今は、色々、大変だろう?」


「大変ですけど、ケチっていいところじゃないんです。この家には価値があります。安く見積もるのは、その価値を下げます。

 あ、でも、可能なら、前金払うので、その他は後払いで……」


 というパターン2の契約書も用意してある。

 少々呆れたような雰囲気があるのは、まあ、仕方ないかもしれない。


「今すぐ金が必要ということもないから、それで構わない。

 改修費用はその賃料から引いてもらいたい。どうせ修繕が必要なところがあるのだから」


「うちが払いますよ。こちらの都合なので」


「半分。そのうち、自分でも使うところだから」


「じゃあ、それで」


 それ以外は、特に問題なく書類の確認は終わった。小さい文字で例外事項も書いてない公平なものだから大丈夫だろう。


「では、これで正式なものを作ってもらいますね。

 共同経営の件はちょっと時間がかかりそうなので、また後日」


 男同士の共同経営というのは割とあるらしいけど、こういう男女間での共同経営はほとんどないらしい。そこはもう結婚してるとか親子とかで実際に運営せず名前を貸している状態の場合が多いらしい。

 まあ、女性が店の経営者になるというのは難しいところだから仕方ないのかもしれないけど。

 というわけで、既存の契約書の文面を見直しからはじまりそうだった。


「約束した、という書面くらいは残しておくか?」


「そうですね。なにがあるかわかりませんし」


 同じ文面のものを二つ用意してお互いに持っておくことにした。

 あとは確認した図面に注釈をいれておしまいだ。


「……さて、これで今日のお仕事は終了ですね」


「すぐ戻らなければならないか?」


「そうじゃないですけど……」


 なんとなく帰りたくないというのが漏れてたっぽい。あるいは、帰したくもなかったのか。


「使えそうなものがあるか倉庫も確認していくか? 後で見に来るのも面倒だろうし、俺に確認するのも二度手間だ」


 仕事の話が追加されただけだった。

 くっ。いつも翻弄される。


「家の中にはないですよね?」


 それにしても、倉庫。図面には載ってない。屋根裏は倉庫みたいな状態ではあったけど、ちょっと見てきたし。


「外にもある」


「では、ぜひ」


 ということでお茶のあとに庭の片隅に行ったのだが、倉庫という名の蔵だった。いや、あれも倉庫と言えなくもない。家の裏の片隅にあったから気がつかなかった。なぜか黒塗りだし……。

 倉庫は二階建てで、元の住人が引っ越しで持って行けないものを残していったり、シェフの実家からもらったものを入れているそうな。

 一年くらい開けてないということで布で簡易マスク代わりにして、開封することになった。


 まず、一階には外用テーブルセットとパラソルがあった。それに合わせたような外用ランプも。

 他は食器類が入った箱がいくつか。探せばもっといろいろあるかもしれない。古びた本棚とそれに立てかけるような形で置かれた細長い棒のようなもの。


「……木刀?」


「練習用のものだな。忘れていた」


「重そうですね」


 剣道用のものに似ているようでちょっと違う。色が黒っぽいのでなんだか重そうに見えた。


「10年くらい前のものだから、重めだと思う。今は使えない」


「剛腕でしたね……。すごいな。鎧とかは残してないんですか?」


「手入れがいるから実家に預けた。あれも処分しないといけない」


「どうしてです?」


 そういいながらも気が進まない様子が気がかりだった。


「残しておくと、期待されるからだ。

 俺はもう騎士にはならない。そういっても、いつか戻ってくると思っているんだ」


「10年もたつのに?」


「そう。そんな寄り道をしないで、戻って来いと」


「失礼な話ですね。

 ライオットさんはすごい料理人なのに。

 あ、でも、鎧はかっこいいのでどこか飾りましょうよ。もったいない」


「飾りか」


「夜中見ると怖いのでお店の方で! 夜になると襲ってきそうじゃありません? あれ」


「考えておく」


 苦笑しながら、なぜか頭を撫でられた。ちょうどいい場所にあるの? 嫌じゃないけど、なにか、開けてはいけない扉が開きそうに……。

 あ、そこいいですぅとか言いだしたら困るだろうから耐えるけど。


 くっ。猫撫で検定1級とかもってるのかっ!


「そ、そろそろいいですか?」


「す、すまない」


 ばつが悪そうにシェフは手を放してくれた。全く。


 ……それにしても、昔の話が好きじゃないと思っていたけど、ちょっと違うようだ。シェフ本人は元の騎士に戻りたくないし、今の現状には満足しているんだろうと思う。ブラックな労働実態はともかく、嫌々しているわけではない。

 ただ、それを良しとしない人たちがいるってことなんだろうなと。だから、昔の話はしたくないし、未練があるようにも思われたくもない。

 甥のシディ君にも聞いたところによるとアズール閣下もそれとなく戻らないかと勧誘しているっぽいし。


 そんなにすごかったんだろうか。

 それを見たら、私も同じようにいうだろうか?


 見上げて、若いころと想像する。シディ君から人懐っこさを抜いた感じ。冷ややかであるという追加情報も加味する。


 ……ないな。

 こわっとか言って近寄りもしないに違いない。


「もうしない」


 真顔で見てたから私が怒ったとでも思ったらしい。しょげてるのもかわいいな、……じゃなくて。ただ許すと今後もされるに違いない。

 どこかで、私の理性が在庫切れする危機は避けたい。


「許可制にします。さて、二階も見ちゃいましょ」


 二階はほぼがらんどうだった。衣装箱はあれど中身はなし。立派な箱だから使い道はありそうだけど。

 梯子のようなものしかなかったから二階にものをあげるのが大変だったのか、大事なものは全部持って行ったか。

 そのまま、倉庫を出て息をつく。外はもう少しずつ暗くなってきていた。


「はー、さすがに埃っぽかったですね。一回清掃しておきます。本も虫干しとかします?」


「貴重な本とかはないはずだからそのうちに考えておくよ。

 さて、そろそろ、帰さないといけないな」


 ……ん? まるで帰したくないといっているような?


「帰りたくありません?」


 というのが正答だろうか?

 露骨に嫌そうな顔された。


「帰れ」


「はぁい」


 大人しくおうちにかえることにした。

 徒歩で。


 遠回りしたということは、気がつかないふりをした。

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