甘酸っぱいジャム
「……どうしたんですか?」
瞬間最大風速を叩きだしたような怒涛のお仕事タイムを経て、従姉のところに戻れば、一緒にお茶をしていたシェフが撃沈していた。なんか、机に突っ伏している。
「なんでもない」
と本人は言っているけど、顔は上げず、耳が赤い。なに言ったの? この従姉。
無言で従姉を連れ出す。
「なんの話したの?」
こそこそと店の隅で話す。確認しないと怖い。確認しても怖いが。
「故郷の恋愛観基礎知識編を……いや、ほんと、大したことじゃないと思うよ。
たとえば、好きだったら告白して付き合うとか、その後、デートしたりとかして関係を深め、同棲とかしたり、結婚したりするとか」
「……確かに中身はふつー……。
いや、余計なお世話っ!」
「えぇ、でもさー、告白、いるでしょ。
ここの感覚だとそういう感じないよ。本気になったら好きとかすっとばして婚約しようとか言いだすよ」
「……うっ」
好きとは、言われたい。
ただ、もう、言われていないとおねだりをしてしまった。
それに加え、今日の従姉の話を聞いたら、それってもう、実質、告白されたいんですけどって私がいったみたいじゃないか。
ちがう、そうじゃない。大体あってるけど、ニュアンス大事。好きからはじまったお付き合いではないかもしれないけどなんかこうっ!
いいわけしたい。今日はとてもいろんなことを言い訳したい。失言と失態のオンパレード。
そして、婚約しようとかはもう言われてた。責任を取る的にいわれたが、そうじゃないよねと保留したけど、あれはもしや……。
……一度寝てすっきりしたほうがいいような気がしてきた。
「寝よっかな」
「昨日、寝てないの?」
「普通に、寝不足なだけですからね?」
きょとんとしたような従姉の顔が、あらぁと言いたげににやついて失言に気がついた。思わず過剰反応してしまった。
「もう、姉さんには羊羹あげない!」
「え、羊羹!? どこからそんな話!?」
「知り合いからもらったんですよ。半分おすそ分けしようと思ってたんですけど、やめますね」
「ちょ、その知り合いを紹介して。あと羊羹ちょうだい」
サイゾウ氏はビーフシチューを食べた後、宿に戻っていった。そのあとに聖女様への面会予約を取りにいくそうだ。幸運なのか従姉には会ってない。会ってたら、身ぐるみはがされていたかもしれない。
「紹介は検討しておく。羊羹については対価は労働でいただきます」
書類仕事は慣れてる従姉に丸投げしてやる。
それから、シェフは……ちょっと、放置しておこう、そっとしておくのも大事だ。
店内は、弟子たちがそれぞれの作業をしていた。子供向けの菓子の試作案を出したり、設営関連の色々の準備等々。すべて自分でしなくていいのは本当に助かる。ただ、ちょっと、気が散ってはいるようだけど……。
フローリスの幼馴染であるローラさんがやってきた件は、当人同士が話をしていた。ちらっと聞こえてくるだけで平行線なのがとてもわかる。
家に帰したいフローリスVS家に帰りたくないローラさん。
仕方ないので、私が仲裁をすることにした。まあ、こう、背中を押した手前、無関係とも言えず……。
「そもそもなぜ家出を?」
「そ、それは望まない再婚がやってきて」
「断れない感じの?」
「私以外が、喜ぶと思いますわ」
「……なるほど。
フローリス、しばらく預かるわ。おうちのほうは連絡入れたほうがいい感じ?」
「因縁つけられるのでやめたほうが……」
「面倒そうなご実家ね……。
みんなは、ローラさんは見てない。私は困ってそうなのを助けた。
素性は知らない。で、シアさん」
「はい。家はお話をしておきます。つきましては、と言いそうですけど」
「それは後で相談する。
ということで姉さんもライオットさんも黙っててくださいね」
ひとまずは、預かっておくことにした。
「ところで、結婚したくない相手って?」
そうこそっとローラさんに聞いておく。何か伝手で話を聞けるかもしれないし。
「……あの、フローリスなんです。でも、出戻りの私なんかとはもったいないじゃないですか」
……そーゆー、甘いやつですか。そうですか。
放置でいいだろう。そのうち勝手に片が付く。お節介には事欠かないし。
ただで世話になるわけにはということで、常連さん向けのパーティを手伝ってもらうことになった。貴族社会どころかこの世界に疎い私と中流くらいまでは対応できますというシアさんだけでは手が足りなかったのだ。
客人の歓迎などは家の采配に含まれ、基本的に女性の領分となり、弟子は役に立たなかった。
そんな感じに落ち着いた段階で、書類仕事を任せていたテオとリーグから声をかけられた。
「今日のところは大丈夫なので、使える部屋について実際見てきてください。
仮の契約内容はここに書いてあるので、確認していただいて問題なければ正式なものを作ります」
ということで、シェフ宅に行くことになった。
……なんか、ものすっごい、気を使われたか、追い出されたかは微妙なところである。
あと、これ持って行ってくださいねとジャムを二瓶。これもちゃんと戻ってきていた。
復帰したらしいシェフとともに店を出て、なんとなく顔を見合わせた。
「歩いていけましたっけ?」
「行けなくはないが、少し遠い」
「大丈夫です。足には自信があります」
馬車なんて密室、無理だ。怒涛のいいわけを始めてしまう。もっともこの先の家となると密室を超えた相手の領域なわけで……。
問題を先送りにしただけに過ぎない事実は、そっと置いておいた。
いつもより、途切れがちな会話。触れそうで、触れない距離感の手が気になってしまう。
ああ、もうっ!
「手をつないでいいですか」
「落ち着かないのでは?」
「落ち着かなくても握っていたいんですよっ!」
まるで、喧嘩でも売るみたいな言い方を……。頭を抱えたくなるが、今更遅い。
シェフは、少しびっくりしたようだけど、すぐに苦笑した。くっ、恥ずかしいことをしてしまった。
「小さい手だな」
よくありがちな言葉ではあるが、なんだか大事なもののように触れながら言われると違って聞こえた。指を絡めるようなつなぎ方は朝と違う。
「そ、そういうのは」
「嫌か?」
「……嫌じゃないです」
でも、やっぱり前以上に落ち着かなかった。
弟子リスト。なお、眼鏡の人はまだモブしてる。
眼鏡の人→ルーシャン
人間嫌いの人→コーディ
面倒くさがりの人→エイルマー
斥候役の人→ニーロ
おもしれ―女のひと→カレン
ツンデレの人→イーザー
っすの人→フェリクス
幼馴染の人→フローリス
糸目で馬車酔いの人→グスタフ
でかくて実家が商人な人→テオ
不幸体質の人→コンラート
貧乏くじの人→リーグ
まさかの13人目はいないはず……。




