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召喚されて三年、聖女に気に入られ無茶振りをされた結果、店と弟子を持つことになりました。  作者: あかね
新装開店。~支店営業始めます?

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一番美味しいビーフシチュー

拙者が来る少し前から始まります。

 あまり寝ていないというのは、良くない。

 本気で、良くない。


 弟子が、結婚するのかと聞くから結婚の予定ない、と総否定した。そこまでは、まあ、いい。なんか勝手にいろいろされる可能性もなくはないのだから、事実を事実として伝えるのは大事。

 ただ、その弟子の後ろにいたシェフに聞かれていたらっていうと話は別。話は聞こえたよね? と思うと心底気まずい。

 違うの、したくないわけじゃないの、催促でもないの、不満でもないったらっ! と言い訳全開で話したくはなったけど……。じゃあ、どうしたいのかって答えがない。

 いや、最終的なものはあるけど、それってこんなところで言うことでもない。

 勢いは大事だけど、場所くらい選びたい。

 一瞬のうちにそこまで考え、何事もなかったように買ってきてもらった荷物を受け取り、部屋に戻った。


 うおぉ、私のばかーっ! と頭を抱えても事態は何一つ好転しない。

 お水でも飲んで冷静にとグラスを取り、冷蔵庫を開けた。冷たい水をくいっと決めたいのだ。


 水はなく、鍋が占拠してた。そうだった。昨日なんもなかった。冷蔵庫は移動できない家の設備だからあったし、稼働していたけど。


「あ、ビーフシチューどうしよ」


 多いほうがおいしくできるので、多めに作ったから量はある。ちょっとずつ味見というのはいい経験のような気はした。

 なんせ、お城のシェフである。相当な腕であるということは想像できるし、滅多に手料理を食べることはない。

 お願いして分けてもらおう。

 そういうのなら冷静に話、できるはず。

 ……冷静、冷静、どこに落した。シェフと一緒に居なければ見つかる気がするが、一緒にいたいのだから手に負えない。前はこんなじゃなかったのできっと寝不足が悪い。


 とりあえず、ビーフシチューの行方を決めに行こう。話題があるならきっと大丈夫。


 そう思って、下に降りる。厨房から中に入るが、今は誰もいなかった。使う道具が入っている箱が片隅に積んである。

 それもどうにかしないとなと思いつつ、店の方に足を向けた。


「あ、そういえば、家のほうは弟子は誰も入ってないっすよ。

 それはちょっと悪い気がしたんで。庭師は紹介しておいたんで、次も使いたければ師匠に確認してください」


「そこまで気を回さなくても良かったんだが」


「でもまあ、他人を領域に入れたくはないっすよね。

 それから、収穫したものはほとんどジャムと乾燥フルーツに化けました。師匠が丁寧に作ってたんできっとおいしいですよ」


 ……フェリクスが余計なことを報告してた。

 というか、シェフに悪いから家への同行を断られたのか。それなら、もしや、お泊りもなんか気を回されたの? 誰も泊めてくれなかったのって。


 そーっと厨房のほうに戻った。思わず、しゃがみこんでしまう。

 顔が熱い。


 この生暖かく見守られていたんか、という感じがっ! うぎゃーっと叫びたくなる。


「おわっ! し、ししょーなにしてるんです?」


 しばらくそのままでいたら、弟子に驚かれた。


「生きるしかばねのようになりたい」


「ゾンビは夏の流行りなので早いですよ」


 呆れたように言われたけど、呆れ方がどうだろうか。それにしても、夏の流行りなんだ……。


「ほらほら、ししょーはししょーでやること多いでしょ。

 やる気出して―っ」


 いつもやる気のないと言われるエイルマーがそう言いだしたことに驚愕だ。はい!立って!とよいしょと手を引いて立ち上がらされた。

 よいしょと言われるほど重くないはず……。


「ししょー一匹連れてきましたー」


「連れてこられました。

 ライオットさん、その、昨日のビーフシチュー、弟子たちにも分けてもらえますか? 後学のために」


「構わないが、普通だぞ」


 その普通が普通じゃなさそうなんだよね……。生まれ良しだけでなく、幼いころから城のご飯食べて、そのまま城に居ついているので、王宮の味でお育ちしてる。

 舌がものすっごい鍛えられてるんじゃないかと。


 そうして、下の厨房でで昨夜もおいしかったビーフシチューを温めることになった。

 その間にたわいもない話をしているつもりでも、なんだか、緊張感がある。

 そして、ついに沈黙してしまった。わ、話題っ! 焦るもののそういう時に限って何にも思いつかない。

 いつもは黙っていても、嫌だと思わないのに。隙間を埋めないと怖い気がした。

 余計なことを聞いてしまいそうで。


「……先のことは考えている。

 少し、時間をくれないだろうか」


 しばしの沈黙のあとに聞こえた言葉。

 その言葉にどうこたえるべきか、迷ってしまった。

 はい、と素直に言えない。


「ぐぅぅ」


 そうしている間に、聞こえた音。

 ……私ではない。ちょっと、自分のお腹を押さえてしまったけど、私じゃない腹の音だ。

 厨房の入口を見れば、拙者の人がいた。なぜ? その後ろにああ、と顔を手で覆っている弟子がいた。あれはグスタフだな。


 サイゾウ氏の話を聞けば、お使いできたらしい。それで菓子も買いたいから、予約をせねばと思ってきたらしい。なんだかすごく、いい客だ。いきなり来て、大量に用意しろとか言いだしたりしない。

 しかも、羊羹も! 小豆も! さらにはお米までもってきていた。


 歓迎しない理由はない。さあ、荷物寄こせ。

 追いはぎのように荷物を奪いにかかろうかと思っていたら、背後を何とかしろと言われた。


 ……ちょーっと、まずかった。確認すればシェフはわりとわかりやすい嫌そうな顔をしていた。

 サイゾウ氏と日本食材で、盛り上がりすぎてしまった。私はやべぇという表情を押し隠す。

 そそくさとサイゾウ氏は店に戻っていった。危機管理能力高いな。

 私はシェフのそばに寄る。


「珍しいものばかりで、すっごくうれしくなっちゃって……すみません」


「別に、謝る必要もない」


 そっけない。不満ですという顔はもうしてないが、漏れてる。


「ヤキモチ焼かれた」


 ってことなんだろうか。ちょっと、にやついてしまった。


「…………不快な表現だが、その通りだ」


「サイゾウさんには特に思うところはないですよ。

 まあ、食材には興味ありますけどね。個人輸入はどこまで許可されてるのか調べないと」


 シェフにはぁとため息をついて私の頭を撫でられた。

 心地よい。なかなか手放せない心地よさだ。


「ライオットさんが待ってほしいっていうなら待ちますけど、条件があります」


「俺にできることならなんでも」


「じゃあ、私のことをどう思っているか、お手紙ください」


「……手紙?」


「記憶はあまり信用なりませんからね。

 あとで読めるようなお手紙が欲しいです。

 それから、私、まだ一度も好きと言われたことないんですけど、気がついてます?」


 そう。

 明確に言われたことない。態度やら何やらで察しはすれど、やっぱりこう、言葉も欲しい。


「なかったか?」


「ございません」


「……いう場所は、選んでもいいか?」


 ん? と思う私にシェフは厨房の外を見るようにこそっと言った。

 ……。

 弟子、隠れきれないでいるわ。良識のあるやつがないやつを引っ張っているので、あとでボーナスあげておこう。


「……なにしてんのかしらぁ?」


 弟子の言い分によれば、何か痴話げんかで刃物とか出て来そうで怖かったそうだ。

 ほら、二人とも戦う系の人だったから! だそうだ。


 ……言い分としては、まあ、ミリくらいは認めてやってもいい。

 私達も悪いとこあった。人前でしないよう改めよう。


 なお、サイゾウ氏は我関せずに荷物整理してた。

 ほらよ、とお気軽に羊羹と小豆を出してくる。米もわたしてもいいがと言っていたが、預かってもらうことにした。聖女様と相談しないと洒落にならない問題が勃発しそうだった。

 それから従姉にも羊羹はおすそ分けしないと今後の関係に支障がでそうである。


 サイゾウ氏と話し込んでいる間に昼食の準備が終わっていた。

 昨夜から煮込まれたビーフシチューは好評だった。

 弟子たちのシェフを見る目が変わったくらいに。

 サイゾウ氏も料理人としても腕があるのだなと感心していた。


「今まで食べた中で一番おいしいビーフシチュー」


 そういうとシェフに戸惑われたりしたのだが、世の王族はこんなの普通に食べているのか。そういうなら聖女様も?

 ……ずるい。そう初めて思った。

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― 新着の感想 ―
ヨウカンはよう噛んで食べてね!
[良い点] ししょー、聖女様に焼き餅ー? 食い物の恨みかな? でも胃袋掴む系の話もあるし。 ふたりともジタバタしてて楽しかったです。
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