小豆とお米と羊羹
サイゾウは、菓子店というものに入ったことはあるが、こんな重厚な店の作りではなかった。
暖簾をくぐればマンジュウと緑茶を出してくれる気軽なお店だ。羊羹や練り切りなどを出すような店は格式高いが、ここまでではない。
店を間違えたかと思えば、教えてもらった文字の看板がある。
『菓子店 ローゼンリッター』
扉には一時閉店のお知らせが貼ってある。仮店舗での営業を予定しているが、日程は未定。わかり次第告知する旨記載されていた。
「うそだろぉ」
思わず声が漏れた。
サイゾウがこんな異国まで旅をしてきたのは、クリス将軍の失態による結果だ。
主君の3番目のお姫様は御年8歳。一番上のお姉さまが遠くにお嫁に行って塞ぎ込みがちだったのだ。しかし、聖女一行が浄化の旅に訪れ、親交を持つと気分が持ち直し、いつものように明るい姫に戻った。
時折、文を交わすような仲となり、落ち着いたものだなと安心していたそうだ。
というところに、クリス将軍が失言したのだ。
聖女様、お元気かしらという姫に、つい先日もお会いしましたが、元気そうでした、と。
いつお会いしたの! なんで、私に教えてくれなかったの! わかった、私がお隣の国に旅してくるね! とまで畳みかけられ、なだめるのに苦労したらしい。真実を覆い隠し、上手く言い逃れしたようだが、どういったのか謎である。
そこまではサイゾウは関係なかった。
将軍からそんな話を聞かされ、はぁ。と返事をしたのだが、お主に頼みたいことがあるのだがと断れない要望をぶっこんできた。
なぜだか、サイゾウが聖女様がお好きだという羊羹を献上するという名目で、お手紙運搬を仰せつかったのである。しかも、単騎で。そっちの方が早かろうと気を利かせたような言い分だったが、色々ケチられたのだとサイゾウは思っている。
ついでに、聖女おすすめの菓子店であるローゼンリッターでお土産を買ってこい、金に糸目は着けぬとも言われ、今ここにサイゾウはいる。
が、現在、閉店中で再開見込みなし。
絶望するなというほうが難しい。
「……どうしたんですか?」
店の前でどうしようか悩んでいたら若い女性が声をかけてきた。
「店主に用があるのだが……、関係者か?」
「え? あ、ま、まあ、そんな感じですわ」
違うな、とサイゾウは思ったが言わなかった。
サイゾウが彼女にレッテルを張るとしたら、家出少女(年増)である。言えばぶん殴られるで済む気がしない。
「知り合いがいますの。
お店に行ったら会えると思ったんですのに、あら、開いてる」
ちょっと押したら、扉が少しだけ開いた。
鍵がかかっていないらしい。見れば、店内に何人かいるようだった。
「では、たのもーっ」
「なんですの。それ」
背後から聞こえた言葉を無視して、サイゾウは扉を開けた。そっと優しくだ。道場やぶりのように開けて、破損してはケチられた路銀が足りなくなる。
見た目通りにそこそこ重い扉の向こう側は、なんだかしんとしていた。
「ああ、うちいま、ちょっと、取り込み中……って、ローラ!?」
「フローリス! ここに来れば会えると思ったわ」
「ちょ、な、え」
困惑する男にサイゾウは視線を向けた。
気弱そうな男である。しかし、際立った槍捌きだった。死線を潜り抜けたような気迫があった。サイゾウと一緒に入ってきた女性に詰め寄られている。
「なんの取り込み中なんだ?」
「へ? あ、ええと拙者の人、なんでここに?」
「将軍のお使い。
それはともかく、店主はいるか?」
「いるにはいるんだけど……。
今、取り込み中」
「なにがだ」
その男は無言でサイゾウに奥を指した。おそらく、菓子を作っている場所であろうが、そこに何があるというのか。
恐る恐る覗き込めば……。
おいしそうな匂いがした。故郷では知らぬ匂いだが、肉が入っている。間違いない。
鍋をかき混ぜる女性とそこから妙に離れたところで、別の作業をしている男。
会話はない。
張り詰めたような緊張感があった。
双方知り合いではあるが、確かに何か取り込み中ということは、わかった。気軽に声をかける雰囲気ではない。
サイゾウは黙って戻ろうとしたが、サイゾウの腹は黙っていなかった。
「ぐぅぅ」
勝手に鳴り出した。
それを食わせろと主張しているようだった。それが、静かすぎた厨房に響き渡ってしまった。
「あれ? サイゾウさん。どうして、ここに?」
「なにしにきた」
すぐに気がつかれた。いまさら隠れるわけにもいかず、サイゾウはその場にとどまることになった。
「別件で城に用があるのだが、将軍が、お土産に買ってこい、金に糸目はつけぬというので予約でもと思ってきてみたのだが、店主というのは君なのか」
「え、あ、そうですよ。
悪いんですけど、今、閉店中で用意は難しいんですよね」
「そこを何とか。
おお、そうだ、羊羹というものがあってだな。それから土産にと小豆も」
「わかりました、用意します」
食い気味に返答されてサイゾウが焦るほどだった。
「あ、お米は?」
「うむ? 聖女殿に試食用として何種類か用意してきた」
「何種類も! わかりました。がんばります」
え、なにを? とサイゾウは聞きそびれた。鍋の火を速やかに消して、彼女はサイゾウに近寄ってきた。
「よく来てくれました。歓迎します」
とびっきりの笑顔でそういった。
輝きが違う。くらっとした。
「そんな、米好きか。嫁に来るか?」
「それは、致しかねます。
聖女様なら落ちるかも?」
「あれは手に負える気がしない。下僕にされそう」
「それはそう」
笑う彼女は以前のやり取りの確執らしきものを持っていないようだった。からっとした気質は好ましいが。
サイゾウはちらりと奥を見た。
「あっちはいいのか? ものすごい、嫉妬の視線を食らっているんだが」
「え」
「何とかしてこい、拙者が闇討ちされる前に」
「すみません。ちょっと向こうで、休んでいてください」
痴話げんかの巻き添えは困る。サイゾウは悲しき独身、恋人なしなのだ。




