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召喚されて三年、聖女に気に入られ無茶振りをされた結果、店と弟子を持つことになりました。  作者: あかね
新装開店。~支店営業始めます?

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朝一のパン


 おきた! とおもって起き上がろうとして違和感があった。

 まず、ベッドではない。

 横になってもいない。


 なにかに寄り掛かっている。

 走馬灯のように昨夜のことが脳内をめぐり、悲鳴をあげたくなった。昨日の私なにしてくれてんのっ!?

 叫ばなかったのは、寄りかかり先のシェフが目をつぶっていたからだ。


 昨夜の罠もあるので、少しずつ覗き込んでみる。

 寝てるみたい? と思ったときに片目だけ開けた。


「ん?」


「あ、えっと、おはようございます」


「おはよう」


 ちょっとぼんやりしたような声。

 あれ? ここどこ? とでも言いたげにあたりを見回して、首を傾げた。

 徐々に覚醒してきたのか、私を見つめて数秒。


「なにもしてないからなっ」


 焦ったようにそういわれた。

 ……。逆に疑わしいレベルの速度だった。


 走馬灯の最後のあたりは良い夢を見たと思った。妄想、であると。

 頭を撫でられたり、小さく可愛いなんて言われたり、それから……。


 それが、現実だった可能性がある時点で、どこかに埋まりたくなった。


 お互いに秒で離れるというのは、恥ずかしさが極まったからだろう。怖い、深夜のテンション。本当に昨日の私なにしてくれてんのよぉ……。


 ……いいぞ、もっとやれ、と一瞬は思った。


 ただ、ひたすらに気まずいままでシェフがよそよそしい。

 そんな雰囲気の中、予定通りに荷物が搬入され、速やかに撤退されていった。次の現場が待っているそうだ。お礼のなにかを渡すことすらすっかり忘れていたので、後で事務所のほうに菓子折りを届けようと思う。


 家具を拭くくらいなら手伝うというシェフにクローゼットの上を拭いてもらう。さすがに身長の都合でそこまではきれいにできない。


 まずは食器類と調理器具を片付ける。それからお茶くらい入れられる準備はしておいた。そして、思い出した。


「朝ごはんもありませんね……」


「一人だったら、どうするつもりだったんだ?」


「ご近所に早朝営業しているパン屋さんがあるので買いに行けばいいかなって。

 買いに行ってきますけど、一緒に行きます?」


 ということで、パン屋さんに行くことになった。

 日の出くらいから焼き始め、皆が朝食を食べるころには焼きあがっている。扱っているのは大きな丸パンとバゲットに似たもののみ。昼頃にはお店も閉まっている。そういうパン屋だ。

 昼に歩くといつも閉まってる謎の店である。

 そこは徒歩10分ほどの距離にある。


 人のまばらな町を二人で歩いていく。


「……いまさらなんですけど」


「なんだ」


「手をつないだこともないんですよね。私たち」


 隣を歩くけど、近すぎない。人混みの中で手助けされたことはあるけど、そういう意味じゃなかったし、すぐに手を離された。

 友人としてのちょうどいい距離感で、居心地は良かった。まあ、それとは別で、切ない気もしたのだけど。踏み越えていけない線があるみたいで。


「ちょっと試してみません?」


「構わないが、痛かったりしたら教えてくれ」


 ……別方向からの注意が来たよ? 握力? 握力の問題でつないでいなかったの?

 かなり慎重に、しかも左手で握られた。別の意味の緊張感がある。


「もう少し強くても大丈夫ですよ。うん、このくらいで」


 ぎこちなくも手をつないで歩くというミッションを始めたわけだが。

 ……恥ずかしい、照れる、手おっきい、思ったより肉厚とかそういうものが、駆け巡り、変に顔が赤くなってきた。


 手をつないだだけでこれって、この先、超えるべきハードルが、高すぎるのでは!?

 順当に行くと抱きしめる、キスする、そこから先は……。


 ……。

 やめよう。世の中には雰囲気で流されてというものがある。それに期待したい。意図的にそこに持って行くのは難しい。盛大な失敗が見えてる。

 もう、お泊りとか言っても普通に泊まって帰ってきそうな感じしかしないよ……。

 特別イベント発生し損ねそうだ。


「……嫌か?」


 黙り込んで下を向いてしまった私にシェフはそう声をかけてきた。

 まあ、自分から提案しておいてこの態度はダメだと思うんだ。思うんだけどっ! 顔が、上げられない!

 茹でだこ。私は茹でだこなの。


「落ち着かないです……」


「俺もだ」


 5分程度でいつもの状態に戻った。ほっとしているあたり、似た者同士というか。慣れてないというか。


 そんなこんながあってパン屋についた。

 普通にパンを買って、帰る。顔見知りの店員さんに意味深に見られたような気がしたけど、気のせいだしっ!


 家について、パンとお茶だけの簡単な朝食になった。雑貨などのお店が開く時間はもう少し遅いため、シェフは一度、家に帰ってからお買い物をして戻ってきてくれることになった。

 私はその間エンドレスお片付け。

 少ないつもりでも多い荷物よ……。


 それでも昼前には片付けは終わった。


「疲れた……」


 しかし、今寝ると明日まで寝そうな気がする。

 階段を降りて、店に顔を出せば弟子たちがいた。店の方は合鍵を渡しているので自由に出入りできる。


「荷物ちゃんと届いたっすか?」


「片付けも終わったよ。

 朝早すぎて眠い。あ、ライオットさんは来てない? ちょっと買い物を頼んでたから来たら教えて。

 ちょっと厨房の方見てくる」


「了解っす」


 軽いフェリクスの声に若干の不安はあるけど、ほかにも聞いていた人もいるし、大丈夫だろう。

 厨房は前と同じ通りに見える。ただ、コンロやオーブンなどが古くなり火災の危険もあるため、入れ替え予定だ。ほかにも水回りの配管も一緒に変えるとお手頃にというセット販売に負けて、変更する。壁も燃えにくい素材があるらしくそれに塗りなおし。

 工事は2日後に始まり、一か月ほど。それに合わせて、スライムちゃんもご帰宅である。


 残念ながら、店として再開するのはそれよりももっと先になりそうだ。新しい設備に慣れるにも時間がいる。

 結果として、一周年のお祝いは先に修繕の終わった店のほうでするが、お菓子など作るのは別の場所ということになる。弟子の実家、わりと大きい家が多く、厨房を借りれるそうなのでそっちで量産する話はしていた。

 それとは別に仮店舗でも営業。忙しくなりそうではある。


 たぶん、シェフも忙しいと思う。戻ってきたばかりで、長い休みを取ったのだから戻ったら大変だろう。まあ、俺が居なくてもちゃんとやれよということかもしれないが。


 普通に、会える気がしない。

 ほっといたら一か月くらい経過しそうだ。これ、自然消滅する感じの何か?


「一緒に暮らしたいな」


 それですら、朝、顔を見ない可能性すらある。もはや、早く仕事を辞めてもらいたいレベルだ。

 そもそもブラックすぎる労働環境が悪い。そして、それを是正する気もないシェフも悪い。


 今後はホワイトな環境で腕を振るってもらいたいものである。


「……師匠、結婚するの?」


「え。つ、ついに!?」


「おー、式の手配は」


「んあっ! なんで聞いてんの! 予定ないっ! まだ全然、予定立たないっ」


 ひょこっと顔を出してきた弟子三人が余計なことを言うからっ!


「もうっ! なんの用なの!?」


「ライオットさんが来たのでお知らせに」


 間が、悪いにも、ほどがないか?

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