程よくない距離感
前話の最後だけ少々変更しています。
「あのぅ。
寝れます?」
ちょっと遠くから声が聞こえた。
「……」
ライオットはわざと返事をしなかった。起きてるならと話しかけてくる予想がついたからだ。
「あれ、寝ちゃったかな。前も寝落ちしてたし……」
そんな声が近づいてくる。足音も。
「ちょっとさびしい」
気落ちしたような声にうっかり目を開けてしまった。
思った以上に、至近距離に声の主がいた。
見つめ合って数秒、飛びのかれた。良い飛距離だな、前世はウサギかなんかだったんだろうか。とライオットが思ったのは現実逃避だろう。
「な、なんでっ! 起きてるじゃないですかっ」
「人の気配には敏感なほうだ」
「うっ。起こしてすみません」
「それで?」
「なんでもないです」
「寂しいんじゃなかったのか?」
「聞いてたんですか……。じゃあ、寝てないじゃないですか」
「寝ていたとは言ってない」
「なんか、今日のライオットさん、いじわる。
弄ばれる私」
「人聞きの悪い。
寂しいなら、どうしたかったんだ?」
「寝てるならお隣にいてもいいかなって。気配が気になるなら離れます」
「……少し離れてくれるなら」
「やった」
そういうとぴったり横に座られた。
そこまで近いと相手の体温を感じる気がするし、髪からは石鹸の匂いがした。
「毛布も一緒に」
「断る」
人の理性に期待しすぎなのではないだろうか。
二枚なら倍温かいですよなどといっているがライオットは黙殺した。
離れろと言わないのは、なんだか、それだけのことがすごくうれしそうに見えたからだ。
「しばらくお休みなんですよね」
「あと4日。実家に顔を出すから実質2日分だな」
「じゃあ、賃貸契約と雇用契約の話をしたいんで一日ください」
「賃貸契約はともかく、雇用契約?」
「店長してもらうつもりなので!」
「それは保留」
「そこをなんとか。早めに捕まえておかないと捕獲されちゃいますよ」
「誰が雇う気になるっていうんだよ」
「アズール閣下。家の料理人とか言いだしそうです」
「確かに」
「先にちょっとだけ、契約しときましょうよ。お城を退職したら、うちで働く」
「雇用関係は、少し嫌だな」
「じゃあ、共同経営ということで!」
「……まあ、それなら」
「書類揃えておかないと」
「代わりに俺にも一日くれないか?」
「え? あ、いいですけど? なにか、ご用事ですか?」
「何か贈りたいが、好きなものがよくわからない。
だから、一緒に買いに行きたい」
「……わ、わかりました。
私も何か贈りたいですけど、何か欲しいものあります?」
「砥石」
「あ、私も欲しいです。いいお店あります?」
「武器屋に買いに行っていつも文句言われている」
「あ、そういう……」
その他欲しいものというのが、鍋や鉄板など仕事で使うようなものばかり出てくる。
「仕事じゃないものはないのか?」
「えーとー。
じゃあ、その、お揃いのエプロンとか、どうです? 一緒に、何か作ったりしたいですし」
「可愛くないやつなら考える」
「え」
「店のエプロンは正直どうかと思う」
「ええっ!? か、かわいいじゃないですか」
「俺は嫌だ」
「くっ。じゃあ、かっこいいやつ探し出してやりますよ」
「よろしく頼む」
彼女は白シャツ、カフェエプロンも捨てがたい、いや、いっそ黒エプロン、いや、でも、などと呟いていたが、不意に黙った。
どうしたかと思えば、すーっと寝息を立てていた。
彼女は、早寝早起きが信条です、などと聞いた気がする。かなり頑張って起きていたようだった。
「おやすみ」
小さく声をかけたが、返事はなかった。




