夜明けまで
予想外だ。
ものすっごい、予想外。
シェフがものすっごい可愛い。
私に好きと言われたぐらいで狼狽えて、挙動不審になるなんて。
しかも、少し暗い中でもわかるくらい顔が赤い。
「……可愛いとこあるんですね」
何か言い返そうとして、視線が合っただけで、言葉に詰まるとか。
なんだこの可愛い生物。
「そんな意外でした?」
「今、言われると思わなかった。あまり、見ないでくれ。自分でも驚くくらい動揺してる」
そういって片手で顔の半分隠しちゃいましたね。なにその可愛いの。
「なぜ、今だったんだ」
「だって、嫌いではない、ね、なんて言われたから。
嫌いではないと好きの違いは大きいですし、そのあたり誤解されたくありません」
あ、黙った。
「悪かった」
「わかっていただければいいのです」
さて、これで何か変わるところはあるんだろうか。
元々私が好きだというのは、ある程度伝わっているだろうし。……伝わってるよね? ま、まさか、気づいてなかったとかないよね!?
……確認するのはやめておこう。いらぬ詮索は無用だ。
「さて、片付けちゃいますか。
ビーフシチューもいい感じに冷えてるといいんですけど」
「そうだな」
シェフは何とか復帰したようだった。
まだ顔は赤いけど、視線が合うと慌てたように別の方向を向いたりするけど。
そのまま夕食の後片付けをして、ビーフシチューを冷蔵庫送りにした。明日まで眠っているといい。
ぱたりと冷蔵庫の扉を閉めて、はたと気がついた。
朝まで、どうすればいいんだろ?
徹夜でゲームなんて言っていたけど、できるのか? この状況で?
なんとなくシェフから距離を取られているのは避けられているというよりは、意識されすぎて距離取ってる感じ。
間が持ちそうにない。そして、寝れる気もしない。
「その、えっと、お茶でも飲みます?」
なにか作業していたかったんだ……。しかし、ティーポットもなかった。お水もおいしいよね……。
「明日にはちゃんとおもてなしします」
「期待している」
余計な慰めしてこないところが、シェフのいいところだ。
「荷物届いたら一回帰ります? 家具の設置とかも業者の人してくれるみたいなので、手を借りるところもありません。あとは届いたものを元の場所に入れなおすだけなので一人でします」
逆に一人でやらないといけないものが多い。服類は当たり前だが、食器とか鍋とか置く場所決まっている。説明するのも手間なのでひとりでちゃっちゃと済ますつもりだ。
「不足している日用品があったら買ってくるが、どうだ?」
「あ、助かります。お昼のパンとかもあると嬉しいです」
「わかった」
シェフに日用品の買い物を頼む日が来るとは。
「なんか、同棲っぽいですね」
口が滑った。新婚とか言わない分ましかもしれないが、どちらも、先走った発言である。付き合ってる(仮)な状態で言う話ではない。
たぶん、両想いだよね? そうだよねぇ? という状況なのだ。
恐る恐るシェフを見れば、固まっていた。
「……人の理性を、削る遊びでもしてるのか?」
「ち、違いますよっ! っていうか理性削られるんですか?」
「当たり前だろ。こっちが、なんとか押さえつけてるというのに」
「そもそも理性削る要因ありましたっけ?」
「好きな人の家で、朝まで二人でいて、なんで普通でいられると思うんだ? それほど安全だと信じてるほうが信じられない」
「……なんと」
奥手、紳士と思っていたシェフもそういう願望あったんだ。
しかも好きな人とか言ってる。
顔が、熱い。心臓が俺、ここ! と主張し始めてうるさかった。そうか、私、そういう対象内には入ってたんだ。
あまりにも何もないから、そういう意味の好きではない? とちょっと疑っていたところあった。
「ええとその、今日は困るんですが、そのうちおうちにお泊りに」
「…………朝まで無事でいたいなら、黙れ」
「はい」
素直な主張をしたら、怒られた。
私もそこそこいい年なので、別にいいじゃないかと思うんだけど。でも、異世界の常識的にはダメかもなと思い直した。貴族のご令嬢になると純潔大事という感じらしいし。シェフの生まれは貴族で、それも家柄がいいならこういうのダメかもしれないし。
「ちょっと頭を冷やしてくる」
「行ってらっしゃいませ」
「くれぐれも一人で外に出ないように」
「出ませんよ。
その間、お風呂でも入ってきます」
いつ入ろうかなとも思っていたところだし。日本人の運命なのか、シャワーだけでも浴びないとしんどい。この世界的に少数派に属する。水が豊富じゃないところに住めないと思うところだ。
幸い王都は上下水完備。家のレベルによるが蛇口ひねったら水が出てくるということもある。
「……いってくる」
「いってらっしゃい」
なんだろ、ものすごく疲れているように見えた。ぱたんと閉じた扉。
いってらっしゃいもなんか、新婚っぽいな。
思いついて、なんだか叫びたくなった。え、日常に、それが日常に!?
「お風呂入ろ」
私も頭を冷やす必要があるようだった。
私がお風呂から上がってしばらくしてからシェフは帰ってきた。
普通に扉が開いてびっくりしたらしい。防犯意識について、話をされてしまった。いつもはちゃんとしているという話はした。
疑いの眼差しをごまかすようにシェフにもお風呂をお勧めする。
「ここには罠しかないのか?」
しばらくたってそんなことを言いながらお風呂からシェフは出てきた。
「私には今のあなたがトラップそのものですが」
湯上りシェフ、がトラップだった。
濡れ髪とか、半端にくたびれたシャツとか、いつもは長袖ばかりなのに、半袖。そして、いつも見えない腕がかなり鍛えられてるとか。ボタン閉めてないから鎖骨とか見える。
やばい、男の色気とか今まで感じたことがなかったけど、これはやばい。
語彙力がなくなる。
「くたびれたおっさんに何言ってんだ?」
「いえ、ですから、全然そうじゃないですって」
むしろ、なんか、そういうとこもいいって感じで……。そう、これが理性を削られるというやつ。
朝までこの人と一緒か……。
無理だ。
「あの、やっぱり、一人でも大丈夫だったのでは?」
「こんな部屋にいさせる方が心配だったんだよ」
しかしながら、今、色々危機です。
「ええと、私は部屋のすみっこにいますので、朝までお構いなく」
そのつもりだったのだが、ちょっと寂しいとうっかり近寄ってしまい、話をしているうちに寝落ちをしてしまったのだった。




