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そこは彼女の領域

 この部屋に来るのは、三度目だ。


 ライオットがいるということに少しばかり緊張しているようだが、前と同じように警戒しているようなところはない。それどころか、安心されているようにも思える。


「一人ではちょっと怖かったかもですね」


 がらんとした部屋はどこか寒々しい。ここで一人で過ごさせなくて良かったと思う一方、一夜何事もなく過ごす自信がなかった。

 普通に過ごすなら、可能かもしれない。たぶん、きっと、そうだといい、という少しずつ不安になっていく。


 隣で鍋をかき混ぜている彼女に視線を落とすが、ライオットの心配には気がついていないようだった。

 手際よく手伝ってくれたので予定より順調に煮込まれるビーフシチュー。

 おいしそうですねとご機嫌ではある。とりあえずはやることがあってよかった。間が持たないというより、理性の目減りが激しい。密室に二人というのが本当に、良くなかった。


 夜は徹夜でゲームでもします? と言っていたが、どうか早く寝てくれないだろうかと願っている。

 安全で、問題ないようにふるまうにも限界はあるのだと彼女は理解してそうにない。勝手に心配して、勝手についてきて言う話ではないだろうが、どうか朝まで普通に過ごさせてほしい。


 明日は朝から作業があるのだからと早く寝かしつけようとライオットは決めた。

 おそらく、ライオットは寝れないだろうが、それは仕方がない。


「なんですか? 混ぜすぎ?」


 さすがに見過ぎていたようで彼女が見上げてきた。


「疲れないようにほどほどでいい」


「このくらいじゃ疲れませんよ」


 笑って、でも、言われたように少し気を抜いたように混ぜ始める。

 それを見てから、ライオットは自分の作業に戻った。

 時間をかけたくて自分一人の時はしないような飾り切りをし始めるあたり迷走していると自覚はしていた。


 煮え切らない態度なのは承知している。

 聖女が指摘したとおりに。


 理由はいくつか並べられるが、それならばいっそ断れと冷ややかに言われた。

 私がシオリを慰めるので、ご心配なく。あなたが居なくても、ちょっと落ち込むでしょうけど、店も弟子も知り合いもいっぱいいます。きちんと立ち直りますから。

 あなたは、お一人でこの先もお過ごしくださいと。


 でも、ここまで、心配できてしまった気持ちというものを考えてください、とも。


 よく考えた結果が、城を辞めることだったが、その後の身の振り方も決めていないのだから何か言えるわけもない。

 少なくとも無職はダメだろうライオットも認識している。彼女は店長をしてほしいというが、雇用関係はあまりしたくない。


 それならば城務めのままでもよかったようではあるが、このまま城に残っていてもいいように使われるのが見えていた。それだけではなく彼女も巻き込みそうな気さえしていた。それは避けたい。もう、傷つくようなところを見たくはないし、見せてはいけない。

 彼女はそういう場所で育ってはいないのだから。


「そろそろ味見していいですか?」


「小皿もスプーンも出してない」


「ないですね……。ん? 出してない?」


「持ってきた」


「ライオットさんは気が利きますね……」


「いらないと思ったが最低限を下回る部屋だった」


「すみません。一夜くらいしのげると思ったんです」


 なにもなさ過ぎて野営と変わらない部屋である。屋根があるだけいいと言えるかもしれないが、それ以外に差を見いだせない。


「荷物が届くのがもう少し遅い時間なら家に泊めたんだが」


「……ライオットさんの家にお泊り」


「いない間に泊まったんだろ」


「家主の有無は大事な差異です。ああ、やっぱり一週間後にしておけば」


「それは困るだろう?」


 なにかをごまかすように彼女は笑って、返答しなかった。確実に何か黙っているとわかったが、ライオットは何も言わないことにした。

 余計な何かが、今はいらないトラブルを招く。朝までは、普通に、何事もなく過ごしたいならちょっとくらい見逃した方がいい。


 そのまま味見をし、ビーフシチューを冷まし、夕食の準備をしたところまではまだ、何もなかった。

 雲行きが怪しくなってきたのは、ライオットが実家から送りつけられた皿について話したあたりからだ。


 生まれの話をしなかったのは、今後も関わる気がないからだ。絶縁すると言ったところで、どうせ何か言ってくるだろうが意思表示は大事である。

 彼女になにか強いるならば、許す気は全くない。身内だから甘く対応というのはありえなかった。

 そこから、身内と似ているのかという話になり、甥と似ていると聞いた話をしたのが悪かった。


「シディ君、爽やか青年でしたよね」


 ライオットはあの二人がなんだか距離が近かったことを思い出した。叔父さんの話聞かれただけだから、なにもないからっと主張されたが、楽しげに見えたのだ。

 ああいうのがいいのか? と言わなかったのは、肯定されたときに立ち直れない気がしたからだ。年だけはどうにもならない。


「悪かったな。おっさんで」


 それでも余計なことを言ってしまったのは、やはり年を気にしているところがあるからだ。

 案の定、彼女は困ったように眉を寄せてしまった。最初から気にしているのはライオットだけだというのに。


「いうほどおっさんではありませんよ。

 それにそういうところも嫌いなわけでもありませんし」


「嫌いではない、ね」


 嫌な言い方をしてしまったのは自覚があった。

 しまったと思っても言葉は消えない。案の定、彼女にため息をつかれてしまった。


「好きですよ」


「……好き?」


 予想してない言葉。

 同じ言葉を返しても現実味もなかった。


「ええ。ライオットさんが好きです」


 何でもないことのようにあっさりと。

 当たり前のことのように平然と。


「……あの、すっごい顔、赤いですけど、大丈夫ですか?」


「大丈夫じゃない」

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