フライパン
予定の7日目。
少し遠くから、廃村を偵察することになった。何事もなかった場合には、弟子のほうをこっそり呼んできて事情説明やらなんやらして撤退してもらう。
なにかあった場合には、現状を確認するため。
「……静かすぎると思うのよね」
「ですね」
不安が顔に出ている気がしていた。よしよしと聖女様に撫でられるし、シアさんにはきっと大丈夫ですと励まされ、弟子たちがごそごそしていた。
ん? ごそごそ?
視線を向ければ、長剣が見えた。ほか、ハルバートだの槍だの、弓だの……。なんでモーニングスターとかだしてくんの!? いや、そうじゃなくて。
「どっからもってきた、その武装」
「え、最初からありましたよ。そうじゃなきゃ荷馬車なんて使いません」
きょとんとしたような顔を作っているのがグスタフ。そ、そういえばなんかでかい箱の前で寝てたなと思い出す。
「馬車酔いのふりしてた?」
「あれは本気で気持ち悪かったんです。まあ陣取る場所はちょっと考えましたけど」
「そもそも手持ちに何も持たずに来ると思ってました?」
他の弟子にもそういわれてしまう。
確かに、危ないところに行くのならば武装は必須。よく準備してきましたと褒めるべき? 思い悩んでいるうちにじゃらんじゃらんしたやつが出てきた。
「師匠、チェインメイルいります? 一応予備ありますけど」
「あれ、重いだろ。革鎧程度でいいかなと思いますよ」
「……自前があるから大丈夫」
肉とか書いてあるけどなっ! 試し切りして見たら、ほんとに包丁も通さない。怖すぎないか。異世界素材。
でも、恥ずかしいから上からワンピース着てる。
なお、聖女様は就活スーツ。異世界で見ると違和感ありすぎ。マントつけたってさ……。
「頼もしいというか……」
聖女様のちょっと苦笑してる。弟子、並の行動力ではない。それも師匠に無断でである。
上官が扱い損ねた人材というのもわかる気がした。
なにかあった時用の武装を粛々としているうちに斥候であったというニーロが戻ってきた。行った速度の倍速ぐらいの速度だった。
「おあつらえ向きです」
そういってにっこり笑うので、良い知らせかと勘違いした。
「今、襲われてます。今なら最大限、恩を売れます!」
余裕あるな、おまえ。
そう口にしそうになった。
しなかったのは、空気が変わったからだ。
先ほどまで埃っぽかったのに清浄な空気が場を満たしていた。聖女様は微かに光をまとっていた。そして、なんかバフもかけられている。身がかなり軽い。
「では、私の騎士、一緒にきてくださる?」
「あなたの騎士になったつもりはないんですけどね。
私は私の望みのために参りましょう」
震えそうだが、そういうのは後にしよう。
今は時間が惜しい。
「双方、手を止めなさい」
廃村に入るなり、彼女はそういった。大きな声ではないが、良く響く。
響いただけでなく、実質的効果があったようで皆が一瞬、動きを止めていた。
「聖女様!」
誰かがそういったのを皮切りに驚愕が広がっていく。一言とその存在で争いを止めるとかどうなのか。
「話を聞きに来ました。
代表は誰?」
詳細は話さない。さすがRTAをする聖女だ。
「ほう、お前をさらっていけば……、どっちだ」
出てきた山賊みたいな男は、私と彼女を見比べていた。
私たち特徴似てる。
なんならパンツスーツ着用の聖女様のほうが男装の護衛にみえるかも!?
「そっちのワンピースの女ですよ、たぶん」
こそこそと話しているのが聞こえる。
「へ? 私? いや、こっち」
ほら、フライパンで武装してます。アピールしたら、余計、こっちではという疑惑の視線が向けられた。
な、なんで、近衛の人黙って……あ、私のほうが攫われたほうが都合がよろしい? そういう計算働いた?
「こほんっ。私です、私っ!」
「嘘くさい。どっちもつれていけばいいか」
「なんですって!? 話をしなさい」
聖女様がそういいながらも杖を掲げる。小さい詠唱が聞こえるが、その何かが発動する前にその男が剣を抜いていた。
それも居合いみたいに。
危ないと思った瞬間に体が勝手に動いていた。
きいんと何かをはじいた音で我に返る。
「……なんか怖いなぁ」
フライパンに支配されてるみたいで。
体が勝手に動いた。なにをどうやったらあの速度の剣を弾けるのか。筋肉痛になりそうなくらい使わない筋肉動いた。
「なかなかやるな。つぎはどうだ」
「ひゃっ」
今まで相手した誰よりも速い。
フライパンが勝手に予想して勝手に体を動かしているようで、動きが追えてなかった。つまり、とても、怖い。
防戦以外できない。そもそも、長剣とはリーチがですねっ! 攻めていくにはもうちょっと懐に入るのだけど、隙がない。
このままではジリ貧と周囲を確認したら、何か動く姿が見えた。
「あ」
「よそ見とはいい度胸だな」
「後ろががら空きだ」
そういったのは私ではない。相手の男が振り返る前に私のよりももっと大きなフライパンが、背後から襲い掛かっていた。
いい音がした。
「……意外と使えるな」
「どこから来たんです? 一瞬前まで見えなかったようですけど」
「普通に、物陰から」
……卑怯では? と思ったものの、助かったのは事実で。
無事そうなシェフは倒した男の背を当たり前のように踏んでいた。じたばたしているけど立ち上がれるほどではないらしい。
そこに弁えたように弟子のひとりが縄を差し出していた。
あっという間に両手足縛られている。
「武装解除してな。みんな、だぞ」
機嫌よく言うフェリクス。
見れば、こっちの近衛からも武器を取り上げていた。あ、なんか両手縛って!?
かなり文句言われているけど、問答無用だった。
「……あの、ルイス氏は?」
あたりを見回してもそれらしい姿は見えなかった。不安になってシェフに尋ねる。
「突撃してくる」
「はい!?」
確かに、突撃された。
抱きつかれたというより、もう、子供が弾丸で突撃してくるあれだ。
ぐふっといいそうになったのを寸ででこらえる。乙女が出してはいけない音だ。倒れそうなところはさっと後ろから支えられた。おそらく弟子の誰か。おかげで失態を見せなくてよかった。
「先生っ! なんで、こんなとこまで来てるんですかっ!」
「え、観光」
「嘘ですよね?」
「やだなぁ、偶然……いえ、偶然じゃないです」
押し通そうとしたけど、見てしまったのだ。
ものすっごい、機嫌悪そうなシェフを。嘘つけおまえって顔してたっ! ショックすぎる。
「そろそろ離れろ」
「え、は、はいっ」
ルイス氏、今頃慌てて離れる。顔が赤いけど、子供みたいな振る舞いが恥ずかしかったのか。
……うむ。そういうことにしておこう。
「助かった」
シェフはそれだけ言って頭を撫でてくれる。
「よかった」
間に合って。何も知らないままに、傷を負わなくて。
そう思ったら勝手に涙がこぼれた。
慌てたようなシェフが涙をぬぐってくれたが、全く止まりそうにない。困り果てたように抱きしめてくれた。
今更ながら震えが。落ち着くまで、そのままでいてくれたけど、今度は別な意味で恥ずかしくて顔を出すことができ無くなる羽目に……。
弟子リスト。残り三人。
斥候役の人→ニーロ
おもしれ―女のひと→カレン
ツンデレの人→イーザー
っすの人→フェリクス
幼馴染の人→フローリス
糸目で馬車酔いの人→グスタフ
でかくて実家が商人な人→テオ
不幸体質の人→コンラート
貧乏くじの人→リーグ
なお、シアさんは荷馬車でお留守番。何かあったら近くの町まで行く約束をしている。




