水
旅で確保が難しいのは清浄な水である。水場がすぐにあるとも限らず、その水場もずっと存在しているわけでもなく、汚染されていたりすることも枯れることもある。水だけあっても生水はやめておけというのはこの世界でも常識らしい。
結果、旅に出るときに水を買う。
異世界でも水を買うことになるとはと樽一つ分購入しているのを見て思った。
水が悪くならないように薬剤を入れておくのも現代っぽい。誰かがあれちょっと臭うんですよねと嫌そうな顔をして言っていたが、確かに杉とかヒバとかそういう針葉樹っぽい匂いがする。
「お待たせしました。あとは外で待っていましょう」
会計をしていたテオが私に声をかける。近くを興味津々に見ていた聖女様を捕まえて、馬車に乗せた。ついでに私も乗っておく。
「……揺れる」
馬車の中には青い顔をしたグスタフがいた。馬車に酔う体質だったそうだ。そうだ、俺、酔うから向いてないとか言われたと呻いていた。忘れていたらしい。
え、忘れる? と思わなくもないが、王都暮らし意外と長距離で馬車に乗ることはない。あと、荷馬車は乗り心地良くない。
もう一人、ぐったりしているのは殿下だ。こちらは本当に荷馬車なんて乗ったことないので、つらいらしい。
荷馬車なんて乗せられたこともないであろう聖女様はぴんぴんしているので、きっとなんか加護があるんだろう。私は安い馬車には乗ったことがあるので耐性はある。
「おいしいもの買ってきてくれるかな」
「この辺りは王都とそんな変わりませんよ」
テオは御者台からそういっていた。
旅行に出て2日目、王都の次にあるという町に朝の開門を待って入った。昨日、閉門に間に合わなかった、というより、この人数が一度に泊まれる宿がないと判断し野宿となったのだ。
まあ、色々打ち合わせも必要だったので、人がいない場所で話をする必要もあった。
旅程に関しては弟子たちのほうがよほど調べていて、私も聖女様もシアさんも戦力外だった。むろん殿下は言わずもがなである。彼に関してはこんなところ連れてこられる前提ではないので当たり前なのだけど。
どの程度で町があって、補給はどのくらい必要そうで、上手くいけば何日でつくのか、という話は検討後の結果だけ聞いた。
旅程1週間となりそうだった。なお、シェフたちはその倍の2週間をかけただろうと予想されている。軍としては少人数だが、旅行としては人数が多い。集まっていれば目立つし、時間をずらしても一気に流入すれば変だと思われる。そのリスクを取らないだろうと想定された。
町の門番に町に入るときに雑談で聞いたところこの一か月、そんな人数通ったということはなかったとのこと。
ここを飛ばす可能性もあるので次の町まで行けば確定するが、小分けにして日程に差ありで行軍したか、正規ルートを通らず進んだだろうという判断を弟子たちがした。殿下も同意したので、そういうことらしい。やはり、私たちはそうなの? という顔しかできなかった。
見逃したということは? と聞けば、街道沿いの町のものは意外と見ているらしい。門番は一番察しがいい。異変があれば、町の代表者にきちんと伝えるものだそうだ。そのあたりが杜撰なところは町としてもよくないと。
それはそれとして、賄賂なんかは普通に受け取ったりするんだよな……。情報料ですよとさらっと流すような度量の広さをもちたいものだ。
入った方とは別の門から町を抜け、邪魔にならなそうなところに荷馬車を止めた。もう一台荷馬車はあるが、あちらは別の買い物に行っている。シアさんは上等なクッションを買いたいと熱望していたので、そちらについている。
非戦闘員のシアさんがいないから今のうちに聞いておこう。場合によっては対処しなきゃだし。
「ところで、聖女様?」
「聖女様とか呼ぶと良くないと思う。
メイちゃん」
「ええ、とメイ様?」
「メイちゃん」
「……メイちゃん」
話が進まないので妥協した。ご機嫌だな……。
「後ろから5人付いてきているという弟子の報告があるんですけど、何か心当たりあります?」
「……えー、ついてきちゃったの?」
心当たりありよりのありでしたか……。
なんか、隠密行動上手そうなやつらがいますねとコーディが言ってきたのだ。なんでも彼は人の気配がすると寝られない体質と一人離れたところで寝ていたのだ。安全性より、安眠を選ぶのはどうなんだと思うけど、止めなかった。野生生物はいないというし、聖女様がじゃあ結界を張っとくとか言いだしたから。やはり聖女様、ちゃんと聖女様だったんだと感心したら、なんか涙目になってた。
シオリは私のことなんだと思ってるのと言いだしたので、えー、とごまかしておいた。
「同行者増えるのも困るよね? 帰ってもらおうか?」
「それも困るのでお話してもいいですかね?」
「わかった」
はぁ。襲撃された側が襲撃したほうを気遣うことになろうとは。
聖女様が馬車の外に出て間もなく、5人ほど連れてきた。皆それほど大きくはない。弟子を見慣れていると意外とちっちゃい、と感じてしまうのが恐ろしい。
戸惑ったような顔で並んでいる。
「まず、聖女様」
「メイちゃん」
「メイちゃんからの説明がいりますね。
この人たち、襲撃してきた人であってます?」
「あってる。あのまま置いていたら、拷問コースかなって逃がしておいた」
「牢番が今度ひどい目にあいそうだけど、まあ、そこはアズール閣下が何とかするかな……。
で、その時なんて言ったの?」
「好きにしていいよ」
「おう」
好きした結果がこれか。
「再度攫うでいい?」
「め、めっそうもないっ! 旅に出ると言われたので護衛でも必要かと思い、付いてきたのですが」
「まあ、すぐにこんなのと合流したら出にくいですよねー」
菓子屋の従業員とは思えない屈強な男1ダース。私は慣れたけど、集団で見るとぎょっとするものだ。
「故郷に戻れないの?」
「帰ってくるなと」
成功しても失敗しても、であるなら中々な覚悟である。
それを覆させた聖女様。
「やっぱりなに言ったの?」
「死ぬって言うから役に立てって言った」
役に立てと言って、好きにしろいう。矛盾ない? 直感で何か話してない?
たぶん、隙間にまたなにか言ってるな。白い目で見れば露骨に慌てた。
「だ、だって、目の前で任務失敗したら死ぬとか言うし、辱めを受けたくないとか、外に出ても仕方がないとか、覚悟があるとかなんとかさ」
「まあ、ね」
目の前で死ぬとか言っている人を見て慌てない自信ない。いやいや、やめて、目の前とかやめてと私もいいそうだ。
「で、好きなことやって死ねとか、そんなにすることないなら私の役に立ちなさいとか、そんな感じ」
「そう! さすがシオリ、私のことわかってるっ!」
「最初からそう言いなさい。めんどくさい」
「だって、引くかなと思って」
しょげているが、私はべつのところで引いているので、このくらいでは言いそうということで済ませられる。
目の前にいる5人はやはり所在なげだ。不安そうに見られるとこっちも不安になってくる。
道々懐柔して情報源にでもさせようか。
「テオ、追加5人とかいける?」
「え、連れて行くんですか?」
「ほっといたほうが不安にならない?」
「あ、監視」
理解してくれたようだ。自由に動く不確定要素とかいらない。
「メイちゃんが、管理すること。あと勝手したら絶交」
「な、なんてひどい」
「ひどいこと、私にさせないでよね?」
涙目で見られたけど知らない。




