闇落ち回避の飴玉
控え目に言ってもバカなんですね?
と、喉元まで、出てきた。
「な、ん、で、余計なものまで連れてきたんですか?」
笑顔笑顔。そうじゃないと怒鳴り散らしそうになる。
「置いてきたら幽閉、最悪毒殺な感じで、ほら、振った男とは言えそういうのはちょっと……」
どこに、王子様誘拐してくる聖女様がいるってのよっ! そう叫ばなかった私、偉いわ。
「ごめん。嫌なら次の町で捨ててくるから」
そんで、サクッと捨てるのかよっ!
……すーはーと深呼吸しよ。なんでこんなことに……と数分前のことを思い出す。それまでは、まあ、普通だった。
いや、普通だったか?
一人旅のつもりが弟子連れの社員旅行になったのは朝。
そして、当たり前のような顔で荷馬車に座っていた聖女様を発見したのはお昼。
ここまでは、なんとか黙って耐えた。いや、黙ってなかったような気もするけど、まあ飲み込んだ。
聖女様はお誘いしたところもあるしと。それなら早く私に言えとも思ったが、やべぇ雰囲気を感じたんだろう。そこは奴らは察しがいい。
で、彼女の隣にある謎の物体。布でぐるぐる巻き。しかも、大きいし、もぞもぞするし。
弟子が持ってきたわけではない? と念のためその場にいた弟子に視線を向けたら、さっとそらされた。素早い。もう、聞かれたくないとありありとわかった。
私も聞かないほうがいいような気が……。
微笑む聖女様に不吉な予感しかしない。
「……なにもってきたの?」
諦めて聞いた私。
「え、殿下」
いい笑顔で答える聖女様。
「……なにもってきたの?」
2度聞いたわっ! その上、同じ答え寄こしやがった。肝が太いな、やっぱり。心臓に毛が生えてるどころじゃないわ。心臓はミスリル製に違いない。いや、もう賢者の石でできててよくない?
すーはーと息を吐いた後、弟子に命じて、そのぐるぐる巻きをほどいた。
確かに、第三王子殿下でした。ご丁寧に両手を縛り、足を縛り。眠っている。と思う、多分。
頭が痛い。
そして、冒頭に戻る。
一応、置いてこれなかった理由を言われたわけでございますけどもね……。
殿下はさすがにバタバタしているので起きたっぽい。ただ、ぼんやりと周りを見回してぎょっとしている。
何も言わないで連れ出したようだ。
「誰でもいいから縄解いて、着替え用意してあげて。みんな大きいからサイズは合うでしょ」
殿下には速やかにお着換えいただくことにした。よく見れば服がパジャマだよ。
私たちは一応、仮にも女性ですしと荷馬車を一度降りた。別の荷馬車に移動しないのは、まあ、ご本人からのお話を聞くべきと思ったからだ。
お昼、しようとおもってたのになんでこんなことに……。
……ん? 殿下、パジャマってことは昨夜からあれってこと!?
「人の心がない」
「え? 誰の話?」
わかっててとぼけてるのか天然なのか謎である。追及したところで、話がどこかにぶっ飛ばされるだろう。
ため息をついて、荷馬車に寄り掛かる。弟子たちが幌付きで借りてきたのはいい判断だった。視界はさえぎられるが、音はさほど遮蔽されない。なんとなく、誰かの気配が近づいてきてから私は口を開いた。
「で、どうやって持ち込んだの?」
「うーん。企業秘密」
「抱えてくるには目立つし」
「だから、ひみつー」
「教えないと徒歩にさせるけど」
「くっ。
あのね、聖女には色々使える術があって、姿を消すとか、ものの重量を消すとかそういうのがあるの」
「ほんと?」
「ホントだヨ」
嘘くさい。
信用が置けない。まあ、なんか胡散臭いところはあるんだよね……。
「いえ、ほんとは怪力です。言いたくないけど、身体強化してます。脱出するときについでに抱えてきました。ええ、お姫様抱っこで」
「……そー」
真実は闇の中だ。ほんとだよっと訴えてくるからまあ、そういう話にしておこう。わかったからと宥めておく。
しかしまあ連れてくるとは思わなかった。
「そんなやばそうな雰囲気? 聖女様を安全なところにという名の監禁はあると思ったけど」
「戻ったときには襲撃の話は主要な人たちには伝わっていた。それをなかったことにする私の意向もしぶしぶ受け入れたようだけどね。
ただ、アザール閣下に胸倉掴まれちゃった」
「ちゃったって」
「人のこと都合よく動かそうというのが、間違っているんじゃない? って言っておいた」
そういって冷ややかに嗤う。嫌な雰囲気がした。
ポケットを探ると飴が入っていたので彼女の口に押し込んでおいた。
糖分でも補給して冷静さを取り戻していただきたい。
こんなところで闇落ち聖女爆誕してほしくない。一番最初に監禁されるの私。お菓子係とごはん係を命じられるに決まってる。
しばし、飴を舐めるのに集中しているようでやな雰囲気が霧散していった。ぱあっと空気感さえ変えるのだから、聖女様、マジで聖女様である。
「それで、どうなったわけ?」
「アザール閣下、謹慎ですって。で、私のほうが心配され、しばらく部屋にお戻りをという名の監禁。
部屋に入れられてから手紙が服に挟まれたことに気がついて、悪いことしたなぁって思ったけど、あの言葉も本心ならやり返していいでしょと思いました」
言ってやったぜという達成感ありの聖女様の話を突っ込むと長くなりそうなので先に進めることにした。旅行期間はそれなりにある。少しずつ聞こう。
それにしても、アザール閣下、なにを言ったんだろう。ブチ切れたんだと思うぞ……。
「じゃあ、婚約破棄するって話は伝わってない」
「たぶんね。
でも、私の意図を誤って伝えてそれが私の怒りを買ったのは知っていた。
殿下が、一人占めするために計画したのでしょうと全押し付け。でも、愛しているから許すよね! という雰囲気に持って行こうとしていたけど、傷ついたふりして泣いたら、婚約者を変えてもという話がすぐに出てきてね」
傷ついたふりではなかろうが、まあ、そこは追及するところでもないだろう。
いやに、スムーズすぎるのは気になる。
「裏をかいたつもりで、嵌められたかも。
王太子と第二王子は異母兄弟で、第二王子の同母が第三王子なのよね。つまり、聖女を手にしたら、王位が脅かされるんじゃないかって考えている一部がいるっぽい」
「わざと追い落とそうとして、聖地を作るとか言いだそうとしたってこと?」
「聖地にいるようになってもいいし、怒りを買ってもいい、という両得計画なのかなって」
「他国に喧嘩売って、後が大変とか考えないのかな……?」
「聖女、どこにもいかないだろうし、安心安全と思っているんじゃないかな」
「それだけ甘くみられるってどのくらいネコ被ってたの?」
「えー、食っちゃ寝生活してた。ほら、私、肉があるほうが聖女力強いけど、使ったら痩せる体質。一時的に戻ってきたときって痩せすぎちゃってるときだから、そこから肉をつけて出陣みたいなルーティンがあって」
「あー」
それなら、堕落していると思われても仕方ない気はした。お城にいたころもだいぶそんな生活だった気がするし。
「おかげで、油断しているから逃亡も簡単だったよ。
で、聖女が逃亡とかなると、無理強いしたとか裏切ったせいとか言われて、責任取らされそうだなぁって」
「二人でいなくなっても不審だと思うけど……」
「いちおう、置手紙してきたよ。
聖地の件が撤回されるまで、戻りません、って」
「……どこに行くとかは?」
「書かなかったよ」
褒めてと言いたげなので頭を撫でておいた。褒めるところじゃないが、面倒になった。
強制的に、ものすごく、巻き込まれたぞ。
「聖女が行方不明となると探す先としては私の店にも来ると思うの。
店は改装中、店主はどこかに消えて、弟子も皆いない。これで怪しむなっていうほうがおかしくない?」
「そ、そうかな」
「計画的犯行とか言われそう。
ちゃちゃっといって帰りましょ」
「RTAは得意です」
「期待してるけど人間で可能なレベルにしてほしい」
「じゃあ、とりあえず、ごはん。
なにがあるの?」
「さっさと移動しなきゃいけないことが分かった以上、お昼は簡易的サンドイッチ。
パン切って、ほしにく挟んで終了。バターも塗っておいてあげるわ。特別に」
「……さ、さみしい」
「誰のせいだと思ってるの?」
「はい、私です。ごめんなさい」
「わかったら、そこの王子様を大人しくさせておいて」
「はぁい」
しょんぼりとした様子で荷馬車に戻る。
めんどくさいことにはなったけど、積極的介入をできる手札が手に入ったと思えばいいのかな。
「お昼にするよ。手が空いている人、手伝って。それから重要事項を伝えるから、食事後集まるように!」




