一時閉店
うちの弟子が優秀だった件について。
まず、翌日、店に着いたらテオとその父がいた。テオの父は商会を運営しており、私の取引先の一つで顔見知りである。
「おはようございます。どうされたんですか?」
「おはようございます。
昨日は災難でしたな。息子から聞きました。ひとまず、2か月ほど取引は中断の手続きを進めていますが構いませんか?」
「ありがとうございます」
「よければ修繕の大工と家具屋もご紹介できます」
「ほんとですか? 助かります。まずは見積もりを」
なんて話をしていたら、次の弟子がやってきた。
「おはようっす。うちのかあさんが、話があるっていうんで連れてきました」
「おはようございます。どういったご用件ですか?」
フェリクスの母は教会のシスターだ。孤児院も手伝っている。なんかこう、彼は生まれとかに色々あるらしい。突っ込むとなんかすごいの出てきそうなのでふわっとしか聞いてない。でも、フェリクスの実家は侯爵家なんだよな。兄妹は10歳以上年上とかな……。
「昨日の話を息子から聞いて、もし、残っていたお菓子があれば買取させていただこうと思いまして。多少壊れていても子供達が食べるなら気にしません」
「ああ、営業許可ないので販売できないんです。
良さそうなところを持って行ってもらっていいですか? 食べられないのもかわいそうですし」
「まあ。それはいけませんわ。ちゃんとお支払いします」
「ロゼリアさん、許可のないときに販売すると罰則があるんです」
「融通の利かない話ですね。わかりました。寄進リストに記載いたします。もちろん、再開したときにきちんとお支払いもします」
テオの父のとりなしに彼女はしぶしぶ納得したようだった。
「ご厚意感謝します」
「それから、教会の修繕大工もご紹介できますが、いかがですか? こちらの建物は古いので新しい職人よりは古いものを修繕しているものがいいかと思いまして伺いましたの」
「リドさんにもご紹介の話をもらってまして、どうしましょ」
「ではこちらで調整しましょう。お任せいただけますか?」
「はい。私はあまり詳しくないのでよろしくお願いします」
私は相場も何もかもわからない。弟子の親であるし、詐欺にあうことはないだろう。
相場より高めでもどうせ払うのは聖女様及び王家。請求書は叩きつける。くくっ、待っていろよ、アザール閣下。関係ないとか言われても知らん。払わせる。それに何も知らないわけがないんだから。
「師匠、おはようございまーす」
そうこうやっているうちにやってくる弟子は増える。店先にいるのも邪魔なので荒れた店内に入るが、昨日のままでげんなりする。
がんばってきたのに、こんなありさまとは。
いや、いきなり争いごとが勃発するよりはましか……。ここが、あの戦争の発端ですなんて残されたくない。
「大丈夫ですよ。すぐに戻りますって」
「そうです。1周年前の改装だと思えば」
「……いっしゅうねん?」
「あれ? 忘れてました?」
「来月っすよ? この間、試作してたのもそれの関連かと思ってたっすよ?」
「わ、わすれてなんか……」
わすれてたよっ! それどころじゃなかったんだって!
呆れたような視線が痛い。ううっ。店主としてどうなのか。というかまだ1周年前だったのか。もう何年もやっているような気がしていたよ。
「妹が楽しみにしてたんですから、1周年パーティちゃんとやってくださいね?」
「そうです。うちも姪っ子が新しいドレスつくるの! ってはしゃいでました」
「今まで交流のなかった親戚から、子供用の招待券融通してくれと連絡くるほど期待されてますよ?」
「……はい。なんか、考えます」
開店時のパーティには関係者のみ、お子様厳禁だったので、1周年には子供向けで考えるって約束してた。そして。忘れてた。
悪い大人である。
「なんかもう早く片付けないと」
「と思って、処理リストを作っておきました」
「は?」
いきなりの展開に驚いている間にテオとリーグが紙を取り出した。弟子の中でも頭脳担当である。ほかはわりと脳筋。この二人は文官に行きたかったのに体格が良かったので軍に入れられたそうな。それも納得するような長身で、ちょっと圧がある。
「まず、いろんなところの定期発注については止める。今、発注済みで悪くならないものは保管してもらうでよろしいでしょうか?」
「え、うん」
「次に、支払いですが、改装その他については後払いにしたほうがよろしいかと思います。手付金については、リーグの家が一時的に立て替えるといっていますので任せてよいでしょうか」
「3か月無利子でいいそうです。そのあとはまあ、応相談です」
リーグの家は金融業である。いわゆる金貸し。取り立てはきっちりしているという話。
なんかあったら直接聖女様に取り立ててもらおう。そうしよう。
「通常の支払いはツケでいいそうです。落ち着いたら、菓子折り付きで払ってほしいそうとのことです。
ディラ商会の奥方が一番大きい箱じゃないと嫌とか言ってました」
「わかった。ほかには」
「倉庫もあたっておきました。道具も改装するなら店に置けません。
家の方の荷物も保管が必要ですよね?」
「そういえばそうだね」
その他こまごまとしたものの手配だの確認が続く。その間にも厨房の物の整理だのなんだのが背後で進められていて、数時間で店のことは片付いてしまった。倉庫行きの荷物が積みあがっていて、これを午後に運ぶことになっている。
私の家の方もさくっと現場検証終わったようで、入っていいと連絡も来たし。
というかいつの間に入られてたの。
「あ、私が監視してたので大丈夫です。変なところ開けられてません」
「シアさんもいつの間に……」
「忙しそうだったので」
いや、まあ、そうなんだけど。
お昼を挟んで、家の方の整理をする前に手紙を一つ書いた。
「誰か、アズール閣下にお手紙渡してきて」
その中に聖女様へのお手紙も入れた。ちゃんと渡してくれるかは賭けではある。ただ、悪いようにはしないと思う。あの人、意外とシェフがお気に入りでその関係者である私を蔑ろにはしないだろう。
ただ、関係者だから使っていいよね! と思っている節も感じられる。今回など本当に巻き込まれである。
皆の押し付け合いの結果、フェリクスが行ってくることになった。一応、実家の爵位が一番上なんだ。実家の権威を盾に押し入ってくれ。
それを見送って、家の荷物を箱に詰める作業を始める。どこから湧いてきたのこの箱と思ったら、これもすでに手配されていたという……。
うちの弟子、有能すぎないか。昨日、うだうだして寝ていた私が無能では。
……私はお菓子が作れればいいんだ。ほかの点は劣っていても仕方ないんだ……。
微妙に落ち込む。
荷物を詰めるために開けたクローゼットの奥から、懐かしいものが出てきた。
かっこいい字体で肉と書かれたバカっぽいロングTシャツ。膝くらいまであるからワンピースかもしれないけど。こっちに来た時に着ていた一式も発掘する。この靴下もすごいのか。
一応、持って行こう。
そういえば、あのオムライスと皿もなんかあるんだろうか。無限に湧いてくる以外になにか……?
……いや、無限に湧いてくる時点で怖いわっ! どこからリスポーンしてんの。
その後は粛々と荷物を箱に詰めていった。考えていたら全く終わらない。ひっそり、旅行用の荷物は分けてと。
こうして、1日で、店のことは終わってしまった。
がらんとした店内に残る私と弟子とシアさん。
「今日はお疲れ様。
じゃ、明日からお休みということで。良い休暇を」
私は旅に出る。
改装その他は、テオの父に任せた。その他商会とも協力して進めるそうな。現状を戻すだけで、と念入りにお願いした。華麗な改装求めてない。
予算があるんだ、予算が。
「良い休暇を」
そう返されたけどね、なんだろう嫌な予感がする。
なんか、大人しすぎる、ような?
なんだかみんなそわそわしているような、なにか。明日から夏休みだ、やったーっという感じとも違う。
違和感はあるけど、指摘するほどでもない。なにが、とは言えないもどかしさ。
気にはなるけど、それより大事な話があった。
「ところで、今日、私を泊めてくれる家ある?」
皆に断られて、結局、シェフの家にもう一泊することになった。




