叔父と甥と
「……叔父さん」
「なんだ。シディ」
「あいつら、黙らせなくていいの?」
「俺の仕事じゃない」
「厳しくない?」
「優しくする理由がない」
「いや、一応、あっちの方をちゃんと守るようにっていう話なんでしょ。僕のお守じゃなくて」
「知るか。察しろというのは受け付けない」
そういいながら芋の皮むきをしている。今日も今日とて何かのシチューだ。
シディは初の遠征がこんな場所だとは思わなかった。華々しい初陣などは考えていなかったが、他国から侵入してくる野盗もどきの捕縛任務である。
大変泥臭い。
任務は地味。国境側に村がないので泊まる場所もない。かつて村だった場所に拠点は作ったが、ほぼ、野宿である。
良い点は叔父の料理がうまいというところだ。そこだけは評価されていいと思う。村がないというのは補給が難しいということでもあるのだから。
水も井戸がちゃんとある場所なのだからそこも幸運である。燃料も探せばある。打ち捨てられた村の家であるが、そのまま朽ちるより有効利用したほうがいいだろう。
シディは周囲を見回した。
いまここを仕切っているのは若い伯爵だ。元王族で第6王子だった。年はシディより年上ではある。王都にはほとんどいなかったのでよく知らない。寄宿舎にずっといて、この2年ほどで頭角を現し伯爵として臣籍降下したという話だ。
才気あふれるという感じはないが、まじめそうではある。人の話をちゃんと聞いてくれるし、気さくなのだが、それが悪いほうに作用し侮られている感じだった。
今も年上の騎士に何か一方的に言われていた。3人くらいで来るからたちが悪い。シディも割って入るには分が悪かった。まだ従騎士なのだから。
彼は箱入りの坊ちゃん、という感じはあるが、辺境の寄宿舎送りから戻ってきたのだから普通じゃないだろという気はする。
いつもなら来ないはずの叔父まで強引に引っ張りこんで護衛代わりにしたのだから、周囲の期待というものはありそうではある。
シディの叔父は、今は王宮の料理人ではあるが、かつては騎士だった。今も爵位上は騎士であるが、実戦に出ることはない。それでもまだ前線に出れる実力はあるのは知っている。
気まぐれに訓練場に来ては一通り訓練していく。シディは会ったときには相手をしてもらったが、勝てたためしがない。
おそらく、戻ろうと思えば今も騎士としてかなりの地位にいることができる思っていた。そこに必要なのは、ある程度の実力と信頼に値するか、だ。裏切らないと思える相手でしか側に置けない。その点はどちらも満たしているはずだ。
でも、戻ることもないだろうともわかっていた。
「暇なら野菜の皮むきさせるが?」
「殿下の様子見てくる。それから人参は少な目にして」
そういえば、叔父が小さく笑った。
「聖女様みたいなことを言う」
「え、好き嫌いあるの?」
「人参と生野菜が嫌い。なんか、草喰ってるって気分になるらしい」
「ああ、わかる。健康のためとか野草入れるのやめてほしい」
「おまえらは食べ物を丸のみするから咀嚼するために入れてるんだよ。消化に悪いし、味わえ。肉は飲み物じゃない」
「なにその言い回し」
「……なんだっていいだろ」
そういって叔父は黙る。機嫌悪そうに眉間にしわが寄っていた。
他の誰かに教えてもらった言葉なのだろうが、そこまで親しい相手がいただろうか。
「……あ」
いた。
菓子店ローゼンリッターの女店主と懇意らしい。らしいなのは当人に聞くとかなり嫌そうな顔をされるからだ。あ、聞いたらダメなんですね? そして、仲良しっぽいですね? とシディは認識している。
その女主人とはシディはまだ会ったことがない。ただ、作った菓子は食べたことがある。味が薄いと言えば、この繊細な味がわかりませんのっ!? と妹にすごい剣幕で怒鳴られたのだ。
叔父様が手に入れてくださったからせっかくおすそ分けしましたのにっ! もう1枚もあげませんと宣告されて、以来食べたことがない。
同じ失態を父もやらかしたと聞いた。母に冷たく、自業自得ですわと言われるくらいのことだったらしい。
叔父はため息をついて、その場を離れた。すぐに戻ってきて小さな箱をシディに渡す。
「これを渡してこい」
「へ? なにこれ?」
「渡せばわかる」
叔父は不機嫌なままである。
シディは小さな箱を手に持って伯爵の元に行くことになった。軽いし、かさりと音がした。それからちょっと甘い匂いもする。
シディはその匂いに覚えがあった。何日か前にもらったクッキーの匂いだ。料理の手伝いをしたらお駄賃替わりに渡された。
おいしかった。
でも、クッキーを渡してもいいのだろうかとシディは思う。毒見とかそんなのはどうなんだろう。まあ、食事を作っている相手から渡されるのだから気にしたところでどうにもならないが。
「殿下、大丈夫ですか?」
「え、ああ、平気。やっぱり、難しいね」
苦笑いする青年は少し疲れているようだった。
任務としては、野盗が現れれば捕縛する。現れなければ、ある程度たってから撤退することになっていた。ほぼ、待ち時間だ。それも警戒しながらの。
地味にきついし、士気を保つのも苦労するだろう。人数は少ないが、今回ここにいるのは近衛騎士から選抜されている。あまりこういう任務には向いてそうにない。
「お疲れ様です。叔父からこれを渡すように言われました」
「なんだろ」
そういって受け取った箱をまじまじと見た。
「どうしました?」
「……慰めと取るべきか、やる気出せと言われているのか」
「え、どういうことです?」
「これ、師匠の手作りのやつだよ。くっそ、湿気てる」
「ええと? 師匠、ですか?」
「そうだよ。
これ、ご贈答の箱の一部だから、絶対これだけじゃないはずだ」
「ええと、たぶん、同じくらいのあと2箱くらい見ました」
叔父がなんか大事そうに隠していたのでなにかなと見たのだ。何の変哲もないただの箱で、なんで? と思ったのを思い出した。
「ぶんどってやる」
今まで見たことないくらいやる気があった。
「すぐにでも掌握してやるから、もう一箱寄こせって伝えて」
「わかりました」
シディにはよくわからない何かがあるらしい。
やる気がみなぎっているのはいいことだろう。たぶん。




