自由行動は自由だということ
テオ。シアに最初に声をかけた弟子。
「……こんなになるなんて」
嘆く声が聞こえた。
テオは店内を見回した。
店内は荒れていたがさらに汚れが追加されていた。地下からやってきた人造スライムは想定を超えるやる気を見せ、店内を暴れまわったのだ。
「シオリのお菓子おいしすぎたからじゃない?」
「それにしたって損失が……」
師匠の嘆きは深い。仕方ないとはいえ、この店にかなりの愛着があるのだろうから。
慣れないスライムの相手は思ったより手こずり、大変な目にあった。護衛たちが我々で対処できますと言っていたのに、結局、総出での対応となったのだ。その甲斐あってスライムはとても小さくなった。
そのスライムは瓶詰にされ役人に渡された。あれがいないと店は営業してはいけない規定がある。そのくらい大事な人造スライム。その管理不行き届きはかなり重いペナルティが課される、らしい。
営業停止一か月程度でしょうと役人も気の毒そうな顔で告げていった。
ペナルティはあることは知っていた師匠でも想定を超えた日数だったらしくよろめいていた。
え、支払い、どうするの、定期購入、止めないとなどぶつぶつと呟いて、聖女様に向き直った。
「損害賠償請求します。友情でプライスレスとかないです」
「わかってるわ。お小遣いから返済するから分割……?
うん? いま友情って!?」
「そんなこといいましたっけ」
「ふふっ。返済頑張る」
しまったと言いたげな師匠とご機嫌の聖女様が対比的だった。そして、その背後の第三王子殿下が無表情でそれを見ていた。
やばいものを見てしまった。テオはそんな気がしてそっと視線を外した。彼だけでなく弟子一同どころか護衛すらも見ないふりをした。
その後も請求書の見積もりができたら、連絡しますという話も聖女様はご機嫌に聞いていた。ホント聞いてるんですか? と呆れられても全然めげない。
城からの迎えの馬車に乗るときも、手を掴んで、また、来るからと別れを惜しんでいた。聖女様、ほんと師匠大好きだなと誰かが言ったが頷くところである。
見送って、戻ってくると師匠はテオたち弟子を集めた。
「休業するわ。店の清掃も修繕もあるし、各自自宅待機、と言いたいところだけど好きなことしてていいよ。
再開は一か月以上かかりそうだし。給料はいつも通り。こちらの都合でのお休みだもの」
師匠はため息交じりにそう告げた。
普通こんな休業で給料がそのまま出ることはない。良くて半分程度だ。その上、片付けの手伝いにも駆り出されるだろう。
これが口止め料、というわけでもないはずだ。
襲撃されたということは隠ぺいすることになった。
対外的には聖女様の好奇心で、厨房の床の扉をうっかり開けて、中の人造スライムがあふれてきたため、バタついていたことになっている。
外では特に動きがなかったことで可能になるいいわけだ。実際、店内と上の師匠の家でだけのことだった。
襲撃は上から来た。現場にいた他の者の話によれば、人が降ってきたということらしい。地上の警備はしても屋根の上から誰かが来るという想定はしていなかった。
家のほうにも屋根から入り込んだらしい。
まったく、私がフライパンを持っててよかったわとそういいながら、二人ほど撃退していた師匠。率直に言っておかしい。残り一人は聖女様が倒したらしい。
本気でおかしい。
不意打ちだからさ、と言うが、テオの知っている女性というのは暴漢くらいは撃退できても、戦闘訓練を積んだであろう刺客を倒したりできない。
焦った護衛の前で、あら、遅かったわねぇと微笑んだりもしない。目撃したグスタフの証言によれば、おっかねぇを超える、ということらしい。
駆け込んできたフェリクスがケガがなくて良かったっすと言っていたのが大物に見えたそうだ。
テオは師匠が早朝の鍛錬をしている姿を見たことがあるが、同じくらいか俺より強いかもと思ったものだ。その想定さえも超えてきた。
色んな意味で超えるの無理な師匠である。
ばらばらな了承の返事に彼女は頷いていたが、何かを思い出したように手を叩いた。
「誰かシアさんにしばらく休みって伝えに行ってくれない? 朝きてこんなのびっくりするから」
「行ってきます」
テオはすぐに挙手した。
シアは2日ほど休みをとっていたのだ。前に働いていた家の主人の調子が良くないそうで、お見舞いと手助けに行っている。
「じゃ、任せた。
では解散。……てちょっと待って」
「なんすか?」
「今日、泊まるとこ、誰か紹介して」
「家があるっすよね?」
「ドアも窓も壊れたままだし、荒れまくっているし。しかも、明日現場検証されるからそのまま。
なにがあるかわからないから兵士さんたちが見張ってくれるっていうけど、開けっ放しよ?」
男でもそこで寝るのは嫌だろう。
弟子たちの実家や個人の家に連れて行ってもいいが、それはそれで誤解を量産しそうである。宿に一人で泊まるには支障があった。
一人旅ではどうみてもないし、家出に見える。揉め事を嫌う宿屋には断られ、治安の悪そうなところの宿は泊まれるかもしれないがトラブルに巻き込まれるのが目に見えている。
「ええと、シアさん宅は?」
女性従業員は彼女しかいない。ただ、手狭で引っ越ししたいと言っていたから泊まれるかは微妙である。それに今日は不在と聞いている。
「元雇用主のところでお泊りって聞きました」
「詰んだ……。ここでお泊りなの? マジで?」
頭を抱える師匠を見つめていたフェリクスが、何かに目をとめた。
割れずに残ったジャムの瓶だ。この棚はダメだと師匠が死守していた。
「あ、いいこと思いついたっす」
「お城は却下」
「ライオットさんのおうちの鍵持ってるじゃないすか。泊まりましょ」
「…………はい?」
「それで解決ですね。良かったよかった」
「じゃ、また、明日来ます」
「おつかれしたー」
「え、ま、まって、なんで? え? ちょ、ちょっとぉ」
情けなさそうな声の師匠を置いて弟子たちはみな店を出る。
誰からともなく飯でも食おうぜと声が上がった。この騒動で昼から何も食べていない。言われればテオも空腹を感じた。
誰かの行きつけの店の奥を占拠して、各自注文する。
ほっと息をつく。
「尾行あり。まあ、信用は置けないかな」
フローリスが店の入り口を確認して苦笑している。テオたちはかつて軍にいた。そこでもあぶれ者で、なんとなく持て余されていたことを自覚はしている。
なにをするにも中途半端だった。
それだけでなく、それなりにみんな名前か顔は知ってるくらいに問題児であった。最初は何かの懲罰なのかと思ったくらいだ。
まあ、ある意味、最初の一か月は悪夢のようだったが。
「師匠、大丈夫かな」
「いい加減腹くくればいいんすよ。あの日、どんな顔してたかも自覚ないんだから」
フェリクスがそうつぶやく。よく見ていたから、わかるんだろう。
「店は休業、自由行動できるということは、自由なんだよな」
グスタフが意味不明なことを言いだした。
それにもかかわらず、何人かが、あ、と声をあげた。
「まあ、そういうことだね。
ちょっとした旅にでるには都合の良い休暇だ」
「……おい」
「ああ、いいっすね。クラリスの花が満開になるころ。砂糖漬けがおいしいって話っすよ」
「ルードの実の塩漬けも忘れちゃいけない。塩スイーツ、流行るはず。甘酸っぱいもいける」
「おまえらな」
「食材をさがす旅なんだから、別に困ることはないだろ」
それが、この国の東の方の名産、ということであっても偶然だ。
と言い張るに違いない。
テオは頭が痛かった。
「俺はシアさんに伝えに行くから、もう知らない」
「おう。詳細詰めたら知らせる」
「知らねーって言ってんだろがっ」
またまたぁとにやにや笑うやつらにテオは本気で頭が痛い。
勝手にやってくれ、だ。テオはあまり荒事に向いていない。でかいわりに臆病とよく言われていたのだ。慎重と言えと返してはいたが。
テオは出かけず大人しく、実家で家業の手伝いをしたい。家業は商人であるので色々調べ物ができたりして便利なのだ。
テオは納得できないところがある。
この件も含めて全体的におかしいところがあった。それなりにつじつまを合わせているが、どこかかみ合わない。
かみ合わないなにかを握るのは、きっと、あの聖女様だ。
最短で浄化の旅を済ませた女が普通であるわけないんだよなとテオは思う。
さすが、師匠のお友達である。シアの元雇用主も侮れない相手なので、引きが強い。
少し探りを入れておくかと思ったところで、逆に尋問されることになるとはテオは思っていなかった。




