聖女と30分間クッキング
「要はクレープみたいなもんなんです」
お店にお忍びとは言えない感じでやってきた聖女様にそう説明した。
お披露目から半月ほど過ぎた本日は、お菓子講習の日。
厨房には聖女様と私、護衛として5人ほどいる。護衛の人は後ろに控えているので邪魔じゃないけど、存在感が……。
あとは店の方にも5人ほどいるし、裏口やそれに近づく道にも覆面警官みたいに護衛が歩き回っている、らしい。
なお、弟子たちも駆り出され、周辺で見ない顔を見た場合、教えろと護衛の人と組まされている。
休日出勤に加え、特別報酬あげないと割に合わないだろう。
「薄い生地をくるくる巻いて器に詰めて、アングレーズソースをかけて、オーブンで焼く。
殿下は、こちらにおいでになるんでしたよね?」
「迎えに来てと言ったから来ると思う」
「じゃあ、来てから焼きましょ。
まずは、粉に砂糖を混ぜます。次に卵、牛乳を入れます」
「待って、いきなり過ぎない?」
「計量から始めないだけ、やさしいと思いますよ。普通の秤使ってみます?」
こっちの世界の秤、まだデジタルじゃない。片方におもりを乗せて釣り合うようにって形なのだ。
初心者向きじゃない。
さすがに、それを見たら首を横に振っていた。
「ほんと近代化しないかな。便利な道具が恋しい」
「自転車もないんで、どうでしょうね」
「なのにドローンみたいなのはあるのよね。自転車より飛行機のほうが早く出てくるのかしら」
「あれに人を乗せるのもまだ先だと思いますよ」
手紙や鮮度が命な食材などは、空飛ぶ箒の魔法理論のもとに構成された一人乗りヘリコプターみたいなものを飛ばしてる。魔法の箒は一人が定員。それ以外はモノは運べても命は運べないらしい。重量制限ではない制約で、そのあたりを回避してどうにかするのはまだ先だろうと言われている。
案外、これの発展より普通の飛行機のほうが先に出てくるかもしれない。
よく似たように思える異世界でも、根源の理論に違いがある。ここは魔法がいまだに息づく世界ではあるのだ。
そうでなければ、聖女の力で浄化などもできないだろう。
「そうね。文明が進むの待ってたらミイラになっちゃうわ。
できるもので、工夫していきましょ」
しばし、遠い目をしていた彼女は気を取り直すとそう言った。
気合を入れすぎた聖女様が粉まみれになったり、卵をぐしゃっとやったりとトラブルはあったものの、生地はできた。
しばらく寝かせてから焼くものだと聞いたので、聖女様、お着換えタイムに入った。
家の方でお風呂も貸す話になったのだが……。
「あら、乙女のお部屋に入るなんて、許されると思ってるの?」
警備の都合上入ろうとした護衛たちを前に聖女様がすごんでましてね。
「いえ、なにかありましたら大変です」
「私、着替えするんです。男性はお断り。
だから、女性の護衛を養成すべきって言ったじゃない」
「侍女連れてこなかったんですか?」
「うん」
……いい笑顔だ。確信犯じゃなかろうかと疑うくらい、いい笑顔だ。
「ええと、入口と窓の下に人を配置してください。
なにかあったら、私が頑張ります」
仕方無しに私がフライパン片手に護衛宣言をすることになろうとは。さらに武勇伝を語ることになるとは……。一角ウサギ掃討戦とか、イノシシ撲殺事件とか……。うちの畑を狙うやつが悪いんだ。
あと偉そうな騎士ぶっ倒した。人の作ったブラウニー馬鹿にするからだ。
どういう騎士かと詳しく聞かれたのは意外だった。もしや、本当に偉い人だったのだろうか。
聖女様はご機嫌で浴室を覗いていた。
「猫足のバスタブ。可愛すぎる。シオリの趣味?」
「前に住んでた人の趣味です。浴室はこだわりを感じます」
家の中の台所も小さいながら機能的で、前店主のこだわりが見え隠れする。この店は前はレストランだったのだ。廃業理由は高齢になり、息子夫婦のところで隠居するため。隠居と言いながら、隠居先で屋台をしているそうだ。
秘蔵レシピのいくつかを教えてもらったので、いつか出してみたいけどまだ実現しそうにない。
「タオルと着替えは、ってなんですか」
腕を掴まれ、引き込まれて、がちゃりと浴室の鍵を閉められた。
「ふふふ。この機会を狙っていたのよ」
「え」
なんかやっぱり百合の人!? 貞操の危機!?
慌てる私に聖女様は詰め寄る。
「みんな、なんか、隠し事してない?」
「……隠し事?」
「シェフ、いないじゃない?」
「知らせありました?」
「ない。けど、出てくるものが違ったからすぐわかったわ」
「そんな露骨に違います?」
「ものすっごい細かいところだと思うけど、私、ニンジン嫌いなの。最初のうちに好きじゃないって言ったら、覚えていて、抜くかものすっごい小さくなってたり、そっと取りやすいようにしてくれてたの。
他も生野菜苦手とかいうと温野菜を色々考えてくれたし」
「そーゆーとこありますよね……」
シェフ、好きな食べ物はあまり覚えていないけど、嫌いは覚えておいていると言ってた。散々嫌味言われるんだと続いた。苦労してるなこの人と同情したのを覚えている。
「甘やかされてました。
ところがこの数週間、生野菜サラダ出てくる、ニンジンスティック出てきたのよ! ありえない」
……意外過ぎるところから不在がバレるとは。というか、申し送りしておかなかったの? わりと好き嫌いは重要項目だと思うけど。
ドタバタで伝え漏れかな? 出立数日前に言われたっていうし。
「それで、なんで、いないのかしら?」
「え、ええと、旅行デス」
「おかしいわね。あの人、厨房の主とも言われる人よ。つまり、不動のトップ。責任者、いなくなるのよほどのことじゃない」
「デスヨネ……」
シェフを知っている人なら旅行というのも不在というのも違和感がありすぎるのだ。
隠す気あんのか? という話である。
まあ、聖女様が厨房のことまで興味持っているなんて思っていなかったのかもしれない。この食いしん坊が、作っている人に注意を払わないとかのほうがありえないんだけど。
「あの人の性格上、不在の場合には副料理長が責任を持ちますとか言いに来ると思うの。遠まわしにわがまま言うなよ、というやつね。
私、要求多いし、アレ食べたいこれ食べたいとわがままの限りを尽くしたから」
「そうなんですか? 聞いたことないですけど」
「ふざけんなという顔はするけど、それっぽいものは作ってくるわ。適当に扱われたことない。
あ、それって職務に忠実とかできないと言いたくないプライドの問題だと思うわよ。私に好意があるわけじゃない」
「そういうのは疑ってません」
「良かった。それで、どうなの?」
「いや、でも、私も旅行としか……」
旅行としか聞いていないが、色々憶測と裏付けがいくつか取れてしまっている。弟子、優秀だった。兵糧の動きだの、馬がどのくらいいないかとか、その他、増員の打診があるとかそういうのをそろえてきている。
まあ、いざって時は行ってくるので、と軽く言いさえしていて。
行くんじゃないの、とは釘差しといたけど。
「じゃあ、なんで、そんなに暗い顔してるのかしら。
なにか知ってるんでしょ?」
「……その、憶測、ですよ?」
弟子たちから聞いたことを話すことにした。この様子だとほっといても調べそうだし。
「やっぱり。
変だなと思って見てたら、近衛からも数人いないし、殿下たちも忙しそう。それからルイス君もいなかった。偶然に長期休みや怪我が重なるわけないじゃない」
聖女様はうんうんと頷いていた。
「さて、シオリさん。あなたを見込んでお願いがあります」
「なんでしょう?」
真剣な表情でそう切り出され私は困惑した。
私ができることなんてそんなにないのに。
「私と」
そう言いかけたときにドアがどんと叩かれる音がした。あまりにも出てこないから焦れたというものではないだろう。
壊そうっていう勢いのどんである。
「あー、実力行使来たか。
来るんじゃないかって思ってたんだよねぇ」
聖女様にへらっと笑っておりますが、なんかこう、予想が当たった、みたいな雰囲気しますよ?
「プランが2つあって。
1,一緒にさらわれるコース。
2,撃退するコース」
「はぁ!?」
「おすすめは1かな。2は人数が居たら厳しい」
「え、なんで、襲撃!?」
「豊かな隣国がさらに豊かになるのが我慢できない、ってが世の中にはあるんですって。
この世界のすべての豊穣を願うと約束してるのに、納得できないんだそうよ」
「……なんか、犯行予告でもあったんですか?」
「うん」
……問題発言! しかも自分だけ把握してたっぽい。
そういう話をしている間にもどんどんと扉は叩かれて、蝶番が軋む音がしている。
「シオリが決めてもらっていい? どちらにせよ、ご一緒に、ということになるから」
「あー、じゃあ、2で。
護衛さんたち、後で大変な目にあいそうなので」
聖女の護衛なんて、死んでも守らねばならないことだ。彼らにとっては何人死んだところで、失ってはいけない。
我が家が死闘の舞台とか笑えない。
「そうね。
じゃあ、加護を与えます。あら、目覚めてないスキルある」
「スキル!?」
そんなのこの世界あるの!? 聞いてないんだけど。
「あらあら、フライパンの加護って何かな。楽しそう。はい、スキルオープン」
気軽に、軽快に、なんかスキルが生えた。
「うわぁ、きもい」
「きもいの?」
「なんか重量消えて、手の延長みたいな感じで」
素振りしたら風きり音がした。ありえない。
「では、我が騎士よ! やっておしまい!」
「なったつもりないですけど」
ぼやいても始まらない。
バットでも振るようなスイングで浴室のドアを叩いた。
「あらぁ」
感心したような聖女様の声が背後から聞こえた。
ドアはすごい勢いで吹っ飛んでいったのだ。おそらくドアを壊そうとしていた人も一緒に。
室内には他に2人いた。普通の町人みたいな恰好に短刀。隠し持ったり、室内での取り扱いには良さそうな感じではある。
彼らも唖然としたように吹っ飛んでいったドアを見ていた。
ですよね……。
でも、この隙に襲わせていただきます。
「どりゃーっ」
ごいーんっといい音がした。




